第1話 地球人と遭遇!?

 それはこれまで味わったことのない不思議な感覚。


 まるで自分が自分でないような、五感を何も感じずハイルとミリアが近くにいるかどうかも定かではない。


 声も出せず、身体も動かせない。まるで、時間が止まってしまったかのように。


 永遠にも感じるほどの長い時間だったかと思えば、一瞬のできごとのようにも思える。時間の感覚すら曖昧になる、奇妙な感覚だ。


 そんな時、唐突にその瞬間は訪れた。


 暗闇が突如として光に呑み込まれる。眩い光が、俺の全身を貫くように広がっていく。


 視界が開けると、再び世界が色と音と匂いに満ち溢れる。冷たく湿った空気が肺を満たし、地面を踏みしめる感触が足の裏から伝わってくる。同時に左手を握るミリアがいることに安堵し、その隣には星術の構えを取るハイルがいた。


 三人がバラバラの場所へ飛ばされるという最悪の状況は回避できたようだ。


「ここは……どこなのじゃ?」


 不安げに俺の服の裾をぎゅっと掴んでくるミリアを横目に、あくまでも冷静を心掛けて状況を確認する。


 見慣れない家具や機械が置かれた、殺風景な部屋。壁際には、簡易的なベッドのようなものが一つ。部屋の隅には、数世代前の映像装置らしきものが鎮座している。


 用途不明の小物が散乱しているが、人の生活の痕跡は確かに感じられる。ここは、この惑星の原住民の住居なのだろう。


「どうやら俺たちと同じ人型種の生物が住む惑星に飛ばされたようだ。十分な空気もある。惑星特有の有害物質が含まれるかもしれないから浄化星術は維持するとしても、概ね生活に支障はない環境だな」

「そ、そうなのか? わらわたちは死なないで済むのじゃな!?」

「現時点で、だがな」

「どういう意味なのじゃ?」

「この惑星の原住民と友好な関係を築けるかどうかで、今後の方針は大きく変わる。仮に敵対するとなれば状況は最悪だ」

「敵対する者など殲滅してしまえば良いではないか」

「お前なぁ……俺たちは何も知らない場所にこの身一つで飛ばされて来たんだぞ? 生きて行くために必要な食料はない、住む場所もない、この惑星の勢力図も分からない。そんな状況で誰の支援もなく生きて行くのは至難の技だろうが」

「うむむむ、難しいことは分からないのじゃ」

「はぁ……要はこの惑星の人間と仲良くなれればいい」

「なるほどのう! ならばわらわに任せるがよい」

「お前に任せるわけがないだろうが阿呆!」


 調子に乗り始めたミリアの頭に少々きつめの拳骨を加えておく。阿呆を調子付かせるほど怖いものはない。


 ふとハイルに目を向けると、眉間に皺を寄せて神妙な面持ちで何かに集中していた。


「どうしたんだ、ハイル?」


 何か問題が発生したのかと尋ねると、ハイルは青ざめた顔で、額に冷や汗を浮かべながら俺を見た。


「この惑星の原住民への警戒を、最大限まで高めるべきだと進言します」

「何故だ? 警戒し過ぎて相手を刺激してしまっては元も子もないだろう」

「それは理解できます。しかしこの惑星は普通じゃありません。危険すぎます」

「どういう意味だ?」

「この惑星の星力の規模を調べていたのですが……この惑星の星力は宇宙の平均レベルを優に超えています。恐らくですが、この惑星の星力は惑星アムドの十倍以上に値するでしょう」


 ハイルの言葉に、俺は言葉を失った。


 惑星が生み出す星力の規模は、その惑星の軍事力を測る物差しとなる。


 星力は星術に必要なのはもちろんのこと、宇宙の技術のほとんどが星力のエネルギーを動力に設計されている。


 惑星の星力が強いほど利用できるエネルギーも増大する。それは軍事産業にも直結するため、星力の強い惑星ほど軍事力が高いとされる。


 現に宇宙最大勢力を誇る銀河連合が拠点を構える惑星アムドは、宇宙の歴史上最大の星力を持つ惑星とされている。


 その十倍を超える星力となれば、この惑星の異常さは理解できるはずだ。


「いったいここは何処なんだ? それだけの規模を持つ惑星が存在するなんて聞いたことがないぞ」

「私も存じ上げません。隠蔽技術に長けていたとしても、宇宙全土の目を欺くことができるなど、にわかに信じられません。一刻も早くこの惑星からの離脱を試みるべきと考えますが……」

「……宇宙船がない、か」


 銀河穴には宇宙船ごと呑み込まれたのだが、俺たちがいるのは船内ではない。


 すぐ近くに宇宙船も飛ばされてきたと考えるのは、都合が良すぎるだろう。


 宇宙船さえあれば、食料の心配もなく、この惑星から脱出することもできたかもしれない。


 星術を使えば、生身でもこの惑星から脱出できる可能性はある。だが、あまりにも危険すぎる賭けだ。


「ハイル、お前はどう思う?」

「はっ! まずは情報収集が最優先でしょう。この惑星がどの銀河にあり、どの太陽系に属しているかも不明です。現在位置が判明すれば、帰還の目途も立つかもしれません」

「そうだな、現状はあまりにも情報が無さすぎる」

「原住民族に関してですが、これだけの規模の星力の恩恵があれば、一般レベルの兵士ですら相当な星術の使い手だと推測できます。銀河連合以上の軍事力だと仮定して対策を講じるべきかと」

「それには俺も同意する。やむを得ない場合を除き、極力こちらから手を出すのは厳禁だ。お前の心配はしていないが、問題なのはこいつの存在だな」

「な、なんじゃ、わらわだって空気を読むぐらい雑作もないわ」

「ハイル、頼んだぞ」

「……はっ、お任せを」


 長年の付き合いであるハイルは、俺が何を言いたいのか、すぐに察してくれたようだ。


『笑い事じゃないよ明里……こっちだって本当に困ってるんだから』


 ハイルと目を合わせていると、部屋の外からこちらに向かって近づいてくる者の声が聞こえた。


「アルフリード様」

「ああ、分かっている。この惑星の原住民だろう。交渉は俺が行う」

「承知いたしました」


 俺は手にした流星剣を鞘へ納めると、扉へ向かって一歩前へ出た。


 ハイルはミリアと共に俺の後ろで待機している。荒事は避けるつもりではあるが、万が一戦闘になった場合に備えての位置取りだ。


 緊張感が張り詰める中、固唾を呑んで扉が開くのを待つ。


「えっ、今から!? 無理だって、私だってちょうど今帰って……」


 声の主と俺の視線が交差する。


 肩に触れそうな長さの艶やかな黒髪が、揺れるたびに微かに甘い香りを漂わせる。身長は俺よりも低い、百六十センチほどの女性だろうか。


 人型種でも惑星の環境によっては身体の一部が変質していたり、翼や尾を生やす場合もある。


 しかし見た限りでは、目の前の彼女は正統な進化を遂げた極一般的な人型種のようだ。


 彼女の瞳は大きく見開かれ、息遣いは荒い。明らかに恐怖を感じているようだ。相対してすぐに敵意を持たれなかったのは幸いだったが、このままでは埒が明かない。


 俺は、緊張を悟られないように、穏やかな声で話しかけた。


「突然の事で戸惑うのも無理はないだろう。だが、こちらに敵対する意思はない。落ち着いて話を聞いてもらえないだろうか?」

「ひゃっ!?」


 彼女は悲鳴を上げ、後ずさりした。


「だ、誰!?」


 相手の仕草、特に両手の動きを見逃さぬように注意深く観察するが、まだ疑わしい動きはない。


 武器らしき物は今のところ所持していないが、仮に星術を発動する人差し指と中指を合わせる構えを取った場合、反撃は極力控えるにしても最低限、防御の体勢を取らないと危険だろう。


『もしもーし、どったの名雪? もしもーし』


 彼女が手に持った板状のスペースフォンらしき物から、別の原住民と思われる声が聴こえてくる。反射的にそれを注視してしまう。


 その些細な仕草が相手を驚かせてしまったのか、彼女の手から板状の機械が床に滑り落ちる。


 それは、まるで導かれるように、俺の足下に転がってきた。


 詳細は分からないが、これがスペースフォンのような通信機の役割を持っているのは明白だ。


 となれば状況は芳しくない。この場での交渉が失敗に終われば、通信機を介して俺たちの存在が別の原住民に知られてしまうことになる。


 俺は葛藤しながら、冷や汗を拭った。


 現状で考えられる手段は二つ。


 足元に転がる通信機を破壊して目の前の地球人を始末したのち、再び別の原住民との接触を計る。


 もしくは通信機を原住民に手渡すことで敵意がないことを示し、交渉を進める。


 どちらの手段を取るべきか。


 俺は悩んだ末、床に落ちた通信機を手に取り、彼女に向けてそっとそれを差し出した。


 彼女は戸惑ったように手を伸ばしては引っ込めを繰り返していたが、やがて意を決した様子で俺の手から通信機を奪い取った。


「ご、ごめんね、明里。ちょっと今、手が離せないから……また後でね!」


 どういった意図で通信を切ったのかは分からないが、一先ず俺は交渉を始めることにする。

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