宇宙最強の星賊、地球の高校に潜入?

ポヨン

プロローグ

 俺、アルフリード・レウィスは、宇宙にその名を轟かせる、デストロイヤー軍の構成員だ。


 今、俺たちの目の前には、それなりの規模の敵宇宙船がワープゲートから続々と集結している。


 その数、ざっと二十隻。一隻に数百人乗っているとすれば、総勢二千以上の戦力だ。しかも、時間経過とともに、その数は増え続けている。


 対する俺たちは、星間航行用小型船一隻。乗組員はたったの四名。


 しかも、そのうちの一人はとある事情で船を離れている。


 つまり、たった三人でこの絶望的な状況に立ち向かわなければならないのだ。


 常識的に考えれば、到底太刀打ちできる戦力差ではない。脱兎の如く逃げ出すのが道理だ……普通であれば。


「なぁ、ミリア。本当に戦うのか? そもそもなぜ、あれだけの数の船がこの宙域に集まってくるんだ?」


 俺は、艦長席にふんぞり返る妹、ミリリアード・レウィス――通称ミリア――に尋ねた。


 ミリアは俺の双子の妹だが、見た目はまるで違う。炎のような真紅の長髪をツインテールにまとめた彼女は、どう見ても幼い幼女にしか見えない。


(また面倒事に巻き込まれたか……)


 可愛らしい外見とは裏腹に、こいつは超が付くほどのトラブルメーカーだ。


 今、この状況を引き起こしたのも、間違いなくこいつのせいだろう。


 案の定、ミリアは勝ち誇ったように立ち上がり、つるぺたな胸をふんぞり返りながらこう言った。


「当然のことよ。我らデストロイヤー軍の前に現れた、それが奴らの運の尽き。クククッ」


 性懲りも無く調子に乗っているミリアを睨みつけると、ミリアは慌ててポケットからスペースフォンを取り出した。


「スペースネット掲示板に、わらわたちをバカにするコメントがあったのじゃ。だから、わらわはそのコメントした奴に文句を言ってやったのじゃ!」


 ミリアは「どうだ、偉いだろ」と言わんばかりに、俺の反応をチラチラと窺ってくる。


 本人は当然のことをしたつもりなのだろうが、この先の展開を想像すると頭が痛い。


「それで?」


 俺は深くため息をつきながら、ミリアに尋ねた。


「うむ。わらわが文句を言ったらあいつ……いや、あいつらは寄ってたかってわらわのことをバカにしはじめたのじゃ! そこらの有象無象如きがデストロイヤー軍の総帥たるわらわを侮辱するなど万死に値する。だから、調子に乗った者共を粛正してやろうとわらわたちの居場所を教えてやったのじゃ!」


(やはりそうか……)


 ミリアのような奴は、ネット民からすれば格好の餌食だ。煽てて面白がる輩が一人、また一人と増え続け、最終的にネット掲示板がお祭り状態になったことは容易に想像がつく。


 だが、ネット掲示板に集まっていた連中と、この宙域にやって来た連中は別だろう。



 宇宙を闊歩する荒れくれ者集団――星賊。


 そして、星賊に対抗する宇宙の法と秩序を守る組織――銀河連合。


 この広大な宇宙では、星賊たちはそれぞれ縄張りを持っており、日々勢力争いの戦争を繰り広げている。


 そんな中、俺たちデストロイヤー軍は、他の星賊とは一閃を画す存在だ。


 決まった縄張りは持たないが、その名は星賊、銀河連合のみならず、宇宙全土に知れ渡っている。


 不可侵の存在。『アンタッチャブル』として銀河連合からは莫大な懸賞金を懸けられ、星賊の間では最凶最悪の存在として恐れられているのだ。


 そんな俺たちの強さを疑う新興星賊たちが、時々ちょっかいをかけてくる。


 今回現れた星賊も、おそらくはその一つだろう。デストロイヤー軍の足取りを調べて、名を上げるチャンスを虎視眈々と窺っていたに違いない。


 そこにミリアのリーク情報がネットに拡散され、その信憑性が高いと判断して、戦力を集めてきたのだろう。


 そんなことを考えていると、俺たちのやり取りを見守っていたデストロイヤー軍の一人、ハイル・ミラーが口を開いた。


「発言、宜しいでしょうか?」

「どうしたんだ、ハイル?」


 俺はハイルに視線を向けた。


「我々の現在位置の情報が漏洩したことは問題ですが、近頃の新興星賊の狼藉は目に余ります。デストロイヤー軍を愚弄するなど、アルフリード様を愚弄するも同然。成り行きはどうあれ、ここは一度見せしめのために奴らを滅ぼしておくべきかと」


(またか……)


 俺は心の中でため息をついた。


 ハイル・ミラー。


 こいつもまた、デストロイヤー軍の構成員の一人だ。


 真面目な性格で、普段は荒事を好まない。


 だが、何故か俺のことを神のように崇拝していて、俺のことになると周りが見えなくなる。


 しかも、こいつは星術のエキスパートで、宇宙でも五本の指に入る実力者なのだ。


 星術とは、星の核から溢れ出る星力を使って、様々な現象を引き起こす力のこと。


 ハイルほどの力があれば、星一つを破壊することだって不可能ではない。


(奴らを滅ぼす? 本気で言っているのか?)


 俺はハイルの言葉に呆れながらも、冷静に状況を分析した。


「いや、だからと言って殲滅したら星賊間の勢力図はどうなる? 新興星賊と言っても、見た感じそこそこ大きな組織だろ?」

「アルフリード様が木っ端星賊如きを心配する必要などございません。愚か者共の争いなど放置しておけば良いのです」


 ハイルは、相変わらず俺を盲信している。


 とはいえ、ハイルの言葉が全て間違っているというわけでもない。


「まぁ、戦いは避けられないとして……」


 俺は呟いた。


(さすがに殲滅はしないが、しばらく大人しくしてもらう程度には、痛い目を見させてやるか)


 だが、それよりもまず、この状況を招いた張本人を黙らせなければならない。


 俺は、ハイルが味方したことで調子に乗っているミリアの元へ向かった。


「おい、ミリア。スペースフォンを出せ」

「な、なぜじゃ!」


 ミリアは慌ててスペースフォンを握りしめた手を後ろに隠した。


(まったく、懲りないやつだ……)


 俺は大きなため息をつき、ミリアに近づいた。


「この騒ぎの罰だ。そもそも俺は最初から反対だったんだ。お前たちがどうしてもと言うから一度は許可してやったが、やはりそれはお前の教育に悪影響を及ぼす」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃー!」


 ミリアは駄々をこねながら、狭い船内を逃げ回る。挙句の果てには、船の外へ飛び出そうとする始末だ。


 俺は一瞬でミリアの前に回り込んで行く手を阻み、驚いた隙にミリアからスペースフォンをひったくる。


「没収だ」


 ミリアは、まるでこの世の終わりみたいな顔で、空になった自分の手と、スペースフォンを握る俺の手を交互に見つめている。


 次の瞬間、ミリアの悲鳴が船内に響き渡った。


「うわああああああん! 鬼いちゃんがいじわるするのじゃーっ!」


 案の定、ミリアはハイルのもとへ泣きつきに行った。


 さすがにミリアが不憫に思ったのか、ハイルが慌てて俺に縋ってくる。


「アルフリード様、ミリア様も反省しているようですし、今回は大目に見てあげてもよろしいかと……」

「ハイル、お前はミリアの味方をするのか?」

「……申し訳ありません、ミリア様」


 ハイルは考えを改めて頭を下げた。


 普段は俺の妹だからという理由で、ミリアにも敬意を払っている。だが、いざとなれば、ハイルが選ぶのは俺だ。


 ミリアはハイルにも見捨てられ、顔を真っ赤にして泣き叫んだ。


「裏切り者おおおお!! 鬼いちゃんもハイルもいじめっ子なのじゃ! アイリーンに言いつけてやる!」

「あいにくアイリーンはしばらく帰ってこない。わかったら、そこで大人しく反省しろ」


 アイリーンΩ。


 この場にはいない、デストロイヤー軍最後の乗組員。


 宇宙全土にその名が知れ渡っている天才星学者だ。


 俺たちが乗っている星間航行用小型船も、アイリーン手製の物だ。


 見た目はどこにでもあるような小型船だが、その実態は宇宙最強の戦闘艇。アイリーンの作った変形機構を使えば、大型戦闘艇が束になっても敵わないほどの力を発揮する。


 デストロイヤー軍は、星術の天才ハイル。超天才星学者のアイリーン、そして俺、アルフリードの圧倒的な力を持つ三人によって、その名を轟かせている。


 ミリアは、デストロイヤー軍のマスコット的な立ち位置のただの阿呆だ。


「向こうの戦力も整って来たようだし、そろそろこっちも準備するか」

「承知しました、アルフリード様。何かご指示を」

「ハイル、お前はこの船を変形させられるか?」


 俺は駄目元でハイルに聞いてみた。


「操縦することは可能ですが、それ以外は……」


 ハイルは困ったように眉をひそめた。


「奴の技術力は確かですが、なまじ優れ過ぎているために、弊害生じてしまうのも考えものですな」

「だよな。俺も何回説明を聞いても全く理解できん。あいつにとっては簡単なことなのかもしれないが、一般的に見れば世紀の大発見レベルの技術ばかりだからな」


 本来の性能を発揮すれば無敵のこの船も、それを扱えるのはアイリーンだけ。今のこの船は、戦闘においてはただの鉄の塊でしかない。


「それじゃあ、俺が適当に何隻か沈めてくる。ハイルは船の防衛に専念してくれ」

「承知いたしました! 全身全霊をかけて役目を果たします」


 船を守ることぐらいハイルにとっては雑作もないことだろう。


 俺は、未だに泣きじゃくるミリアを放置して、船外に出ようとした。


 すると、


 ヴゥゥゥゥゥン!


 船内にけたたましい警報音が鳴り響いた。


(なんだ!?)


 この船で長いこと旅をしているが、こんな警報は初めてだ。


 俺は警戒しながら、愛剣である流星剣を握りしめた。


「ハイル、この警報の意味はわかるか?」


 ハイルは慌ててコンソールを操作するが、顔色はみるみるうちに蒼白になっていく。


「計器が全く反応しません! 原因は不明ですが、直ちにこの宙域から離脱するべきかと!」


 俺はハイルの隣に立ち、計器を確認する。


 ハイルの言うとおり、あらゆる計器が警告を発している。


「後方へ進路を取れ。何が起きるかわからないが、敵に邪魔されても面倒だ」

「しょ、承知しました!」


 船は大きく旋回し、全速力で離脱を開始する。


 しかし、星間航行用小型船の速度ではたかが知れている。


 その時、後方から轟音が響き渡り、極太のレーザーが船体を掠めていった。


(チッ、余計な手間を)


 敵は、俺たちが逃げ出したと判断し、攻撃を開始したようだ。


 ハイルに視線を向けると、拳を握って人差し指と中指を立てる。


「星碧陣、絶界!」


 ハイルの叫びとともに、眩い光が船体を包み込む。次の瞬間、敵軍と俺たちの間に、巨大な長方形の光の障壁が展開された。


 星術とは、星の核から溢れ出る星力を使って、術者のイメージを現実に具現化する力だ。命ある者はみな、体内に星力を溜め込むことができるが、その総量は才能の有無に左右される。


 ハイルが使ったような大規模な術を発動するには、詠唱によるイメージの補助が不可欠となる。


 たった二言の詠唱で、これほどの星術を行使できる者は、そうはいない。それが、ハイルが「宇宙で五本の指に入る星術の天才」と呼ばれる所以だ。


 敵は極太レーザーや対艦ミサイルを雨あられと撃ち込んでくるが、ハイルの星術の前には無力だ。障壁はびくともせず、敵の攻撃を全て防いでいる。


 だが、その時だった。


 窓から外の光景を注視していると、視界の先に一点、その空間だけがまるで水面のように揺らめいているのが見て取れた。


 最初は小さな歪みだったが、みるみるうちにそれは広がり、漆黒の球体が姿を現す。


「くっ、まさか……!」


 俺は思わず息を呑んだ。


「ハイル、障壁はもういい。全力をあげて、引力を遮断する結界を展開しろ!!」


 俺の言葉にハイルは異論を唱える事無く、すぐさま詠唱を開始した。


「星碧陣、断絶!」


 ハイルがあらゆる干渉を阻む結界を船に展開すると、流石に異常を察知したのか、ミリアが慌てて飛びついて来た。


「ななななな何が起こってるのじゃ!?」

「アルフリード様、何か分かったのですか?」


 俺は窓の外を指さした。


「あれを見ろ、恐らく『銀河穴ギャラクシーホール』だ」


 ミリアとハイルは、俺が指さした先に視線を向ける。


 漆黒の球体は、凄まじい勢いで膨張を続けている。



『銀河穴』


 宇宙三大厄災の一つ。


 あらゆるものを呑み込み、別の空間に転移させる空間異常だ。発生条件は未だ解明されておらず、遭遇した者は、この広大な宇宙のどこかに飛ばされてしまう。


 転移先が、生物が生存できる環境とは限らない。ほとんどが死地であり、生き延びたとしても、元の場所に戻れる可能性は極めて低い。


「ううぅ、うわああ! わらわたちはもうお終いじゃあああ!」


 宇宙三大厄災の名は物心ついたばかりの子供でも知っている。ミリアは、もう駄目だと絶望して泣き出した。


 先ほどまで敵対していた星賊たちは、数隻だけが運良く銀河穴から発生した引力から逃れ、ワープゲートに飛び込むことに成功した。しかし、残りの九割は逃げ遅れ、銀河穴へと吸い込まれていく。


 宙域に漂っていたデブリも、まるで渦に巻き込まれるように銀河穴へと吸い寄せられ、接触した船はことごとく大破している。


 ハイルの星術によって、俺たちの船は辛うじて引力に捕まることを免れているが、それが時間稼ぎにしかなっていないのも事実だ。


「申し訳ありません、アルフリード様。これ以上は、持ちこたえられそうにありません……」


 ハイルが跪いて謝罪する。


「そんな顔をするな。あれをどうにかできる奴なんてどこにも存在しないだろ」

「……しかし」

「言いたいことはわかる。もっと早く気づいていれば……だが、アイリーンがいない今、それは無理な話だ。俺だって気づけなかった、お互い様だ」


 確かに、もっと早く気づいていれば、ワープゲートを使って転移するか、船を捨てて脱出することもできたかもしれない。


 だが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。


「ハイル、障壁はもう解除していい。どうせ遅かれ早かれ呑み込まれる。無駄に星力を消費する必要はない。それよりも、転移先で何が起きるかわからない。ミリアに、できる限りの身体強化の星術をかけてやってくれ」

「はっ! 畏まりました」


 俺はとある事情で星術を満足に使えない。だから、こういう時はハイルに頼るしかない。


 ハイルが障壁を解除すると、船は凄まじい勢いで銀河穴へと吸い込まれていく。


 俺は、転移先で何が起きてもいいように、愛剣である流星剣を鞘から抜いた。


 もう片方の手で、星術による強化を終えたミリアの右手を握りしめる。ミリアの左手はハイルが握っていた。


 最悪なのは、転移の影響で三人バラバラになってしまうことだ。確証は何もないが、こうして身体に触れている方が、同じ場所に飛ばされる可能性が高くなるかもしれない。


「ミリア、もう泣くな。行き当たりばったりなのはいつものことだろうが」

「うぅ、だってぇ……」

「アルフリード様は相変わらずですね。ミリア様のご不安も理解できますが、このハイル・ミラー、命に代えてもお二人をお守り致します」


 ハイルが、力強く宣言した。


「転移先の環境への対処は、ハイルの星術が頼りだ。斬って済むような状況であれば俺が対処できるが……まぁ、期待できそうにないだろう。恒星に飛ばされて一瞬で消し炭、なんてこともあるかもしれんがな」


 俺は、場を和ませようと冗談めかしてそう言ったのだが、どうやら悪手だったようだ。


「……アルフリード様、このような状況で縁起でもないことを言わないでください」


 ハイルが青ざめた顔で俺に視線を向ける。


 泣き止んでいたミリアの目に再び大粒の涙が浮かんでいた。


「ほらっ、もう目の前だ! ハイル、星術の準備を。ミリアは絶対に俺の手を離すなよ!?」

「はっ!」

「うん!」


 果ての無い黒い渦が、俺たちを飲み込もうと、大きく口を開けているようだ。


 覚悟を決めた俺たちは、力強く手を繋いだまま、銀河穴へと吸い込まれていった。

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