第2話:2-B
ついに遥斗の出番がやって来てしまう。
始業式では常にグレゴールの隣で、遥斗の存在に気づいた生徒はチラチラと様子を覗って来て居心地が悪かった。その物珍しげな視線にネガティブな感じがしなかったのが唯一の救いだろう。
教室の上にかかった室名札プレートには「2-B」と書かれていた。今日から自分は2年B組に振り分けられる。新しい学校生活に胸躍らせるよりも不安の方が勝っていた。
「じゃあ、入りなさい」
教室の中からグレゴールの声がして、遥斗はガチガチになりながら教室内に入る。すると、グレゴールは教卓の前で椅子に座っていた。教室で座っている教師は初めて見たがそれは致し方ないことだろう。グレゴールの身長はざっと3メートルはある。教室のドアをくぐる時は狭そうに肩身を狭めていたくらいだ。立ったままだとスレスレになるからだろうかと遥斗は勝手に結論づけて納得していた。
遥斗は緊張した面持ちでグレゴールの横に立つ。すると、聞き覚えのある驚いた声が遥斗の名前を呼んでいた。
「あぁああああ! やっぱり、狼塚君だ!」
「ほ、星月さん!?」
「同じクラスなんだね!」
同級生たちがなんだなんだとセレンと遥斗を交互に見てくる。知っている顔があって良かったとは思うが、今度は好機の視線に晒されて遥斗は俯いていた。
「なんだ、二人は知り合いだったのか」
「はい、先生。今日学校に来る時に会ったんです」
「そうか。なら、星月の隣の席が空いてるしちょうどいいな?」
「はい、分かりました」
ガチガチになったまま、遥斗の右手と右足が同時に出る。教室の中にくすくすと笑い声が盛れ、遥斗は自分が笑われているのだと感じていた。だが、直ぐに一番前の席に座るまさに優等生ですと言った感じの生徒が声を上げた。
「先生、まだ自己紹介をしてません」
「おっと、すまんすまん。一度前まで戻ってくれ。いやぁ、こう言うのは初めてでなぁ、ガッハッハッ」
しっかりしてよと生徒の囃し立てる笑い声が教室中に満ちていく。気づけば遥斗の顔にも笑顔が戻っていた。教卓の前に自然と遥斗も笑顔になっている。不安でいっぱいだったが、このクラスなら上手くやれそうな気がしていた。
日本初のオークの教師だが、ほとんどの生徒がグレゴールの見た目より竹を割ったような性格もあってか受け入れている様子だ。
数人を除いて。
最後列に座っている男子生徒は舌打ちして不満そうな顔をしていた。
「それじゃ、狼塚遥斗君、自己紹介を!」
「いや、俺が言う前に先生がもう名前言っちゃったじゃないですか」
思わず遥斗は突っ込んでしまう。
すると、教室中からまたドッ笑いの波が起こった。グレゴールはバチリと遥斗にウィンクをしてくる。
既に遥斗の肩の力は抜けていた。
グレゴールの計らいのおかげか、遥斗は教壇の上に立つと教室の中を一望した。そして、自己紹介を始めた。
「初めまして、狼に塚と書いておいのづか、遥か遠くの遥に北斗七星の斗で遥斗。狼塚遥斗です。趣味は……読書と映画くらいかな……」
教卓の上のタブレットに、タッチペンで文字を書いていくと、後ろの電子黒板にもその文字が表示されていく。珍しい苗字と読み方で同級生たちはなかなか一致しないという顔をしていた。
「ふぅん、狼塚君ってそう書くんだ! 日本語難しいね!」
へにょっとした顔で小首を傾げたセレンの言葉に、確かにと声が上がる。なんだか助けられたなとセレンの方を見ると、満面の笑みでブイサインを向けてきていた。
グレゴールとセレンの手助けもあってか、自己紹介まではつつがなく終わった。安心した遥斗の背中を褒めるようなグレゴールの手がバンバンと叩く。種族差もあるせいか多少は痛い。
「それじゃ、今度こそ席に着いてくれ。今日はホームルームが終わったら放課だが、寄り道しても遅くなるなよ。遅くなるにしても、バレずにやること!」
いや、教師が言うなよと内心突っ込むと、列の中程のセレンの左隣の席に座る。やっと落ち着けると思ったが、今度は周りの同級生から丸められた紙くずが飛んできた。
──セレンちゃんの彼氏?
──セレンちゃんとどんな関係なの?
──拙者セレン殿すこすこ侍よって処す。
中を開いて手紙を読んだ瞬間、遥斗は大声をあげていた。変な手紙が混じっているが、概ねどれもセレンとの関係を知りたがるものばかりだ。ただの顔見知り程度と思っていた遥斗からしたらとんでもない勘違いだ。
「はあああああ!?」
「どうした、狼塚? 先生の好物がショートケーキってそんなにおかしいか?」
「あ、いや、すみません……」
「冗談だ。だが、話を聞いていなかったようだね。仕方ない、ホームルームが早めに終わったら直ぐに放課にするからみんな大人しく話を聞いてくれるかね?」
怒った様子もなくグレゴールはそう告げる。すると、現金なもので、教室の中のざわめきは止まり静かになった。つつがなくグレゴールの話が十五分残して終わり、約束通り早めの放課となった。
「じゃあ、明日から遅刻しないこと! いいね!」
爽やかな笑顔で──あくまでグレゴール目線で、実際はイカつい──グレゴールは颯爽と教室を後にした。すると、直ぐに遥斗の周りに人だかりができてしまう。やはり、話の話題の中心はセレンとの関係のようだ。
矢継ぎ早に色々と聞かれるも、関係も何もあったものではない。ただのクラスメイト以前の顔見知り程度のものだ。セレンはどう考えているのだろうと思っていると、先にセレンの方が答えていた。
「友だちだよ! 今日の朝会ったんだよね〜」
あ、またかみたいな表情をしているクラスメイトに、遥斗はなんとなくセレンのフレンドリーな理由を理解していた。恐らく、会話した相手を全員友達というタイプの陽の光の下にいる属性だ。
どちらかと言えば口下手で、インドアで一人で過ごす方が好みである自分とは別の世界の住人だと遥斗は理解した。変に勘違いしなくてよかったと安堵したのは言うまでもない。
矢継ぎ早に尋問にも似た──と言っても遥斗の感想だが──質問会がある程度落ち着くと、今度はグレゴールの話題に移っていく。
「そう言えば、オークの教師って見たことなくない?」
まさにギャルと形容するのが適当な三人組にセレンと一緒に取り囲まれてしまった。正直、早く帰ってライトノベルの続きを読みたいのもあって席を立ちたいが、良い先生だと感じている遥斗はそのまま他の生徒の評価も聞いてみることにした。
茶髪のジャケットを腰巻にした女子が難しい顔をして話し出す。
「オークってパワー系じゃん? なんか、あれみたいよね。なんだっけ、アレ」
「もうボケちゃったの、リンリン? ハルクっしょ?」
「そうじゃないって、メイコ! 違うくて、ハルクじゃなくてさぁ」
遥斗はジャケットを腰巻きにしているホビット女子がリンリン、狐の耳を生やした亜人の女子がメイコだと一応覚えて置くことにする。
「じゃあ、ソー? クリス・ヘイムズワースがやっとるやつ」
ああー、とリンリン以外は納得して声をあげている。だが、直ぐにリンリンは違うと否定して、考え込み出した。そのお前たちが手に持っているスマホはただの板かと突っ込みたくなるが、遥斗は黙ったままスマホを開いていた。
「いや、シリカの言ったやつも違うくて……」
なるほど、関西訛りのあるギャルがシリカと言うのかと遥斗は理解した。一度全員が自己紹介したが、すぐに覚えられるほどの記憶力はない。
「じゃあなんなん? ウチあんま詳しくないから」
「じゃあ、スマートハルク、かな?」
遥斗はネット検索をしてスマホの画像を向けてリンリンに見せた。
すると、画面に写ったメガネをかけたハルクの姿を見て、声を上げて笑いながらリンリンは答えた。
「そうそう、これこれ! マジでそっくりじゃん!」
「せやな、確かに!」
「でもさ、なんかいい先生だったね」
セレンの一言でその場にいた全員が同意していた。
だが、そこに水を差す一言が投げかけられる。
「でも、オークだろ? なんでオークが教師なんかしてんだよ。人がやるべきだろ」
ミディアムヘアの黒髪の男子生徒が嫌そうな顔をして言い放った。中性的な顔立ちで、入学以来学年問わず見た目だけは女子から人気のある男子だ。
そう、見た目だけは、だ。
「おい、狼塚。俺は櫻井蓮。忠告してやるけどさ、友達は選んだ方がいい。同じ人族なら人族といるべきじゃないか?」
そう言って蓮は手を差し出すが、遥斗は無視して立ち上がった。そして、怒りを隠したまま蓮に返事を告げた。
「友達くらい自分で選ぶよ。人族至上主義なんて今どき流行んないぞ」
「ちっ……何が教師だよ。脳筋種族に務まる仕事じゃないだろ? あんな化け物、せめて体育教師が関の山だろ」
「体育教師だって、運動ができるだけじゃあなれないって、櫻井は知らないのか?」
「──っ」
話すだけ無駄だ。
そ考えて遥斗は呼び止めようとする蓮を無視して教室を後にする。
蓮のせいでシラケた、とギャル組も解散していく。セレンも席をたち、教室から出ていこうとするが振り返ると一言言い放った。
「私も君の言う亜人なんだけど?」
「星月は違うだろ? ほら、なんというか人に近いからさ」
「私も一緒だよ。君がヨボヨボのおじいちゃんになっても私はまだ二十代くらいの見た目だし。君の言うあんな化け物と同類だよ」
冷たく言い放つとセレンは教室から出ていってしまう。負け惜しみのように、蓮は「違うだろ」と呟く。だが、誰も彼の話を聞いていなかった。
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