第35話 市場

「マルセットに入る目的は何だ」

マルセット街門の入り口で衛兵が、ラッセルを上から下までを鋭い視線で眺めながら尋ねた。

「橋を渡って陸路でリンクス王国に行く為です」

ラッセル曰く、川に掛かった橋を渡るには一度マルセットの街への入場料を支払って入り、街の西門から出なくてはいけないらしい。

「何をしにリンクス王国へ?」

「私はリンクスに居を構える商会の者でして、この国の王都で商談をした帰りなのです」

「一人でか?」

「いえ、他の者はクラウルで出港停止が解けるのを待って海路で帰国する予定ですが、出航できるのが何時になるか判らないので私だけ陸路で帰国する事になりました」

「ああ、クラウルの港が閉鎖されてるからか・・・」

「はい」

「銅貨5枚をそこの者に支払ったら街に入っていいぞ」

「分かりました」

「つぎっ!」

ラッセルは衛兵に軽く頭を下げると、集金している者に入場料を支払ってマルセットの街へと入った。

「どうします?」

衛兵の姿が見えない場所まで移動した所でラッセルが口を開いた。

「すぐ街を出たい所だけど、この先の事を考えるとここで食料と水を買い入れておきたいわね」

「分かりました。市場に向かいます」

ケイトの指示に従って市場に向かったラッセルは、パン・干し肉・ソーセージ・塩・水・果物を買い込んではリュックに仕込んだアイテムボックスの中に仕舞い込んだ。

「ついでにポーションなんかも買っておきますね」

ラッセルの提案にケイトは疑問をさしはさんだ。

「ポーションって何?」

「ええと、怪我をした時にポーションを傷にかけると血が固まるんですよ」

「へぇ、便利な物があるのね」

「まぁ、傷が治る訳じゃありませんがね」

『ワセリン・・・いえ、凝固剤みたいな物なのかしら?』

『ゲームなんかじゃ割とポピュラーなアイテムだな。小さい怪我程度なら傷跡も残さずに治療してしまう液体状のクスリなんだが、この世界のポーションは違うらしい』

『血が固まるだけじゃ治療とは言えないわね』

『ああ、応急措置って所だろ』

そうは言っても、深い傷を負っても出血さえ止めれば何とかなる場合が多いしな。

保険として持っておいた方がいいのは確かだ。

ラッセルは市場に並んでいる屋台の一軒の前で立ち止まった。

「何かお探しで?」

店の者が足を止めたラッセルに声を掛ける。

「ポーションを10本ほど欲しいのですが」

「ああ、あるよ」

「ではそれを」

『ポーションって屋台で売ってるのか』

『あんまり日持ちがしないんじゃない?』

そんな会話をしている間にラッセルは、道具屋から小瓶に入ったポーションを何本も購入し、リュックの中のアイテムボックスに入れてゆく。

「買い物は終わりました」

「それじゃ、西門から出て橋を渡りましょ」

「はい」

市場を出て30分程の間、街の中を西へ歩くと街壁と門が見えて来た。

「あれが西門ね」

「ええ」

門の左右には衛兵が10人ずつ立っている。

『1.2.3.4......合計20人? 門番にしちゃあ、随分多くないか?』

『そうね、探ってみるわ』

ラッセルのいる場所から兵士達のいる場所までは15mぐらいの距離があるが、ケイトのテレパシーのスキルには十分な射程距離だろう。

『ああ、頼む』

「ラッセル、さりげなく止まって時間を使って」

「は、はい」

ラッセルは背中のリュックを降ろすと、中身を確かめるフリを始める。

『ああ、そういう事なのね』

『ん? 何か判ったのか?』

『ええ、門の向こうに転移者がいるみたい』

『えっ、転移者?』

『占術のスキルを持った転移者が、兵士達に私達がラッセルに同行している事やラッセルの容姿を伝えたみたい』

『そんな事が出来るのか・・・』

俺やケイトみたいに転移者には神様に貰ったレアスキルがある。

それが占いだと言うのであれば、一般人のラッセルを特定する事ぐらいは簡単にやってのけるだろう。

「・・・・・・どうやら、そこの兵士達に私達がラッセルに同行しているってバレているの」

「っ!? どうやって・・・」

「占術を持った転移者が来てるわ」

「なるほどキグナスの聖人が・・・。占術というと、占いですか」

「ええ、この場に現れる者が私達の同行者だって吹き込んだみたいよ」

「では、街中に戻りますか?」

「もう少し探りたいから、少し動かずに時間を稼いでて」

「わかりました」

ラッセルはその場でかがむと、靴の紐を全部解いて結び直し始めた。

兵士達は荷物を確かめたり靴紐を結び直したりと、一向に兵士達の方へと近寄って来ないラッセルの事をチラチラと盗み見ている。

ラッセルが近づいたら一斉に飛び掛かってくる予定だったのかもしれない。





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