第33話 マルセットの貧民街

昼間を避けた夜間の街道を移動をしていると、いつの間にか街道の左右の平地は殆どが畑になっていた。

「畑が増えて来たので、もうそろそろマルセットです。マルセットの貧民街に立ち寄って馬を売りましょう」

マルセットまでもう少しという所でラッセルが声を掛けて来た。

「貧民街って街の外にあるの?」

俺もケイトもこの世界の常識には疎いので、貧民街がどんな物かはよく知らない。

「外壁の中に住めるのはマルセットに市民権を持つ者だけです。市民権を持たない者達は街の外に入れて貰えませんが、住人を相手に物を売り買いをして生活の糧をているのでしょう。そういう者達がたくさん集まって出来たのが貧民街です。中には関税を避ける為に街の外で商売する商人達も沢山いますので、その商人達の中でも馬を扱う商人に接触したいと思います」

「夜が明けるのを待つ?」

「いえ、このまま行って商人を起こしましょう。明るくなってから1人で馬を3頭も引いている姿は目立ちますので」

「そうね」

「身軽になった所で街に入るか街を避けるかは決めましょう。ただ、あの街の向こう側には川が流れているので、橋を通るには街を抜けて橋を渡るか上流の村で渡し舟を探すしかありません」

「マルセットって連邦国家群のカミラ王国との国境になるのよね?」

「はい。川が国を隔てる天然の防壁になっているので、どちら側の国も容易には攻め込めないのです」

この世界では国境にいちいち城壁を作ったりはしないだろう、万里の長城みたいな物を作ろうとすれば内政はメチャクチャになるからだ。

だが、川が天然の防壁代わりになるって事はそれなりに水量の多い川なのだろう。

「渡し舟なんてあるの?」

「船を持っている村人にお金を払って渡して貰うんですが、引き受けてくれる人がいるかどうか・・・」

「見つかるとマズいの?」

「アルクーダの兵に見つかれば打ち首にされるかもしれません」

「それは・・・引き受ける人も少ないか」

そんな危ない橋を渡ってくれる人を堂々と声を掛けまくって探す訳にもいかないだろうしな。

「出来ればマルセットの街に入って堂々と西の門を抜けて橋を渡りたいですね。私の顔がバレているとは思えませんし」

「そうね・・・渡し舟は橋を渡れないと判ってからにしましょうか」

『俺もマルセットに入るという案に賛成だ』

「クロスもそれで良いそうよ」

「では、貧民街に向かいます」


それから暫くの間ラッセルが馬を引いて街道を歩いていると、街道の両側にテントや木造のあばら家が増えて来た。

「これが貧民街? クラウルの街の外にはこんなの無かったわよね?」

「クラウルにも以前には貧民街があったのですが、クラウル領主が奴隷商と結託して貧民を捕まえて奴隷にしていた事で、クラウルから貧民街は消えたと聞いています」

「領主がそんな事して平気なの?」

「国に治める税がキチンと収められていれば国の官僚は何も言いませんので、街の領主は税以外の事は何でも好き勝手に出来るんですよ」

「どこの国もそうなの?」

「我が国や連邦国家の国では領主にここまでの裁量権はありませんが、キグナス連合王国内の領地では大体はそうだと思います」

そんな事を話してラッセルが街道を進んでいると、街道の両側にはボロい木造の建物が増えて来た。


街の門には篝火が焚かれているのか、街道の続く先に明るく浮かび上がって見える。

ブヒヒン ブルル

「沢山の馬の気配がしますね。門も近いですし、恐らくここでしょう」

ラッセルがランタンを向けると、広場になった場所の奥に沢山の小屋が並んでいるのが見える。

これは馬小屋か?

「随分と街の入り口に近いのね」

「街に入れない馬や遠乗り用の馬や馬車の替え馬は、こういう場所で販売や管理をしています。乗合馬車もこの広場が乗車場になりますね、朝になれば乗合馬車がここで客待ちをするハズです」

沢山の馬小屋が立ち並ぶ一角の周囲には柵が立てられていて、入り口と思われる場所には槍と防具で武装した男が2人立っている。

「あれは兵士?」

「いえ、馬泥棒対策の警備員でしょう」

ラッセルは3頭の馬を引き連れたまま警備員に話しかけた。

「こんばんは、こちらの馬を買い取って欲しいんですが、担当の方はいらっしゃいますか?」

「こんな時間にか? 夜が明けてからにしたらどうだ?」

「そこを何とか、担当の方を呼んで頂けませんか?」

「悪いな、商売の話が出来る者が夜は金を持って街に入っちまってるから、夜の間は馬の売り買いは出来ないんだよ」

「そうなのですか・・・」

「まぁ、俺達も夜は馬を守るので手一杯だしな」

「なるほど」

馬の取引が出来る程のお金を持った商人が、こんなセキュリティの殆ど無い場所に寝泊まりしてはいないのだろう。

『居ないのならしょうがないわね、朝まで待ちましょうか』

『ああ、ラッセルにそう伝えておいてくれ』

『ええ』

「・・・・・では、近くで待つことにします」

「それなら柵の内側で待つか? そこらで寝込んだら置き引きに全部持って行かれるぜ」

「それならお願いします」

「なら、その辺りとか。俺達から見える所でなら寝てても平気だぞ」

「ありがとうございます」

ラッセルは馬3頭を引いて敷地の中に入ると、杭に馬を繋いで馬小屋の建物の横に腰を下ろした。



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