第29話 夜間移動
夜の街道をランタンの灯りで足元を照らしながら三頭の馬を引いているのは、リンクス王国調査員のラッセル。
その横を歩く褐色の肌の女性はアメリカ人転移者のケイト。
ラッセルの上着に貼り付けたアイテムボックスの中に入って毛布に包まっているのが、俺"黒須裕二"だ。
この世界で転移者は神の使いと信じられていて、転移者は御使い様とか聖人と呼ばれ敬われている。
だが、俺の名が黒須である事から"聖人クロス"と呼ばれており、発音的には"サンタクロース"となってしまっているので、元の世界にいる本家の赤い上下に白ヒゲのおじさん達に申し訳ない思いでいっぱいだ。
毛布の中でそんな事をウダウダと考えていると、頭の中に声が聞こえて来た。
『起きてる?』
声の主はつい先日までビェラの牢に首輪を付けられて幽閉されていた奴隷仲間のケイト。
俺の頭に直接声が聞こえたのは彼女の持つテレパシーの能力による物だ。
『ああ、起きてる』
『クラウルの方から沢山の灯りが街道を移動してるのが見えるわ』
「ラッセル、後ろの様子をクロスに見せてあげて」
「はい」
ラッセルが立ち止まって後ろを向くと、街道を沢山の光がこちらへ向かって移動しているのが解る。
「この世界の人達はああやって夜中に大勢で移動する慣習があったりする?」
「いえ、ありません。間違いなくお二人への追っ手でしょう」
「私達の姿を見た兵士は始末してるし、ラッセルが馬を引いてるぐらいなら別に怪しくもないわよね?」
「いえ、魔獣に出くわす事もあるので夜中に移動をする者は殆どいません。魔獣を撃退出来る実力があるか、何かから逃げ隠れする者ぐらいです」
「なら、あれが追っ手だとしてラッセルを見たらどうする?」
少し考えるそぶりをしてラッセルは答えた。
「良くて捕縛の上で街へ連行、率いている者が短気な性格であればこの場で斬り殺されるでしょう」
「私達と関係しているって証拠も無いのに?」
「明らかに怪しいですからね」
「まぁ、それはそうか」
馬を3頭も引き連れながら夜間に一人で移動をしているのだから、怪しい事この上ない。
「それと関係する話ではあるのですが、キグナス連合王国はアルクーダを盟主とした大小24の国から成り立っていて、その中でも属国という立場の国の聖人たちはアルクーダに献上させられています」
「私もその中の1人なのよね」
「そうですね・・・。その中には未来を予知する事が出来る聖人がいると聞きますが、ご存じありませんか?」
「私はそういう情報は貰える立場になかったから判らないわ」
「昨年、我が国に降臨された聖人クロス様は降臨後に立ち寄った街で誘拐されました。まるで何年も前からウィンストンの街の近くに聖人クロス様が降臨されるのが解っていたとしか思えないのです」
「クロスの誘拐にも聖人の予知能力が絡んでいると言いたい訳ね」
「リンクス王国の調査ではそう結論付けています」
俺の異世界転移する場所が何年も前から分かっていたのなら、街の領主ごと裏切らせる事は可能か・・・
「その予知が何なの?」
「私達の行き先を予知していたりはしませんかね?」
「アルクーダ王国を出てキグナス連合王国の勢力圏から脱出しようとしたら、クラウルから船を使うか陸路でカミラ王国に入るしか選択肢が無いのよ。これは予知なんてしなくても簡単に予測出来る事だから何とも言えないわ」
「それは確かに・・・」
「今は考えても仕方ないわ。あの一団をどうするかを考えましょ」
「距離はありますが、こちらのランタンの灯りには気づいているでしょうね」
『なら、条件が良いし罠を張るか』
『罠?』
俺達のいる場所は林を突っ切る形で作られた街道の路上だ。
街道の横幅は荷馬車が通れる程度の1.6mで、それが真っ直ぐに林の出口まで続いている。
左右の真っ暗な林は下草が茂っている事もあって、灯りを所持していても夜の林を突き進むのは難しいだろう。
『上着を脱いで道の真ん中に置いて2~3歩下がる様に言ってくれないか』
「ラッセル、クロスが上着を脱いで道の真ん中に置いて欲しいって」
「はいっ」
ラッセルはアイテムボックスの張り付けた側を上にして上着を路上に置いた。
「クロスが何かするみたいだから、2~3歩下がってて」
「はい」
俺はアイテムボックスの開口部を広げ、顔と腕を出した。
「うわっ、地面から顔と腕だけが出てるとホラーな感じね。それ」
ケイトの軽口を無視して俺は路上に手を付いた。
『アイテムボックス170×2890×10、ペースト』
すると、アイテムボックスの開口口の張り付いた街道が、約29m程先まで真っ黒になった。
『これが罠なの?』
『ケイトは林の中に隠れていてくれ、街道から外れて林を抜けて来る者がいたら対処を頼む。ラッセルはそこに立って後ろの集団の目的を聞いておいて欲しい』
『伝えとくわ』
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