第28話 追跡②

陽が沈みかけた頃、私達を乗せた乗合馬車はクラウルの街へと到着した。

「二人」

「銅貨4枚だ」

シャリアが入り口で入場料を徴収する警備兵に銅貨を支払い、私達はクラウルの街へと入った。

門を離れようとした所で、街中から慌ただしく兵士達が警備兵達の元へと走り込んで来た。

「そこのお前達! 装備を整えて西門に集合しろ!」

「何を言ってるんだ! 俺達はクラウルの警備の兵だぞ!?」

装備を整えた兵士達数名がやって来て、門の詰所前にいる警備兵に向かって何やら怒鳴りつけている。

「だまれ! 袖の下を受け取るだけのクズ共が! これから1時間以内に警備隊から30名を供出しろ。従わない場合は警備隊50名を北方守備隊と丸ごと入れ替える」

「そんな!」

北方守備隊とはアルクーダ北部の山岳地帯にある砦の事だろう。

連邦との国境を睨む砦だが山中にあるので街も遠く、寒くて寂しい場所だと記憶している。

聞き耳を立てていた私に小声でシャリアが囁く。

「この街もかなり混乱している様ですね」

「捜索の兵が足りていないみたいね」

「私達ものんびりとはしていられません。リンクスの出資している商会へ行ってみましょう、何か情報があるかもしれません」

「そうね、兵士達も混乱しているみたいだし、商会が何か掴んでいるかもしれないわね」

「場所は判る?」

「港近くにある倉庫街ですね。ここからは結構離れています」

「遠いわね」

「市場の辺りで酒の小売りや酒場の経営もやっていたハズです。そちらが近いのでそちらに行ってみましょう」

「ええ」

陽が沈みかけている事もあってか、市場で露店をしていた店は殆ど片付けが終わっている様だった。

「露店は殆ど閉まっているわね。商会の名前は?」

「マルハム商会です。看板のどこかに我が国の象徴である山猫の意匠があると聞いていますが・・・」

文字の読めない者も多いので、店の看板には何の店かを示した絵が彫られているのが一般的だ。

レストランであればナイフとフォークの絵だったり、宿屋であればベッドの絵が看板になる事が多い。

「あっ」

そんな中、山猫と思われる生き物がジョッキを持っている絵の看板を見つけた。

「これでしょうか?」

「bar"オートン"ね、入ってみましょ」

私は鉄製のドアの取っ手を引いてみた。

ガチャ・・ガチャッ

けれど、押しても引いても開かない。

「カギが掛かっているのかしら、この急いでる時に・・・」

ガチャン・・・ガチャンッ! ガチャンッ! バキャッ!

ドアの取っ手を握る腕に力を籠め両手で引くと、ドアは扉ごと外れた。

どうやら、カギ側ではなく蝶番の方が外れたらしい。

「開いたわ、入りましょ」

蝶番が壊れて外れた入り口のドアを入り口の外側の壁に立てかけて、私達は店の中に入った。

店の中はカウンターの席が6つと丸テーブルの2人席が3つのbarだった。

「誰かいませんか!」

シャリアがカウンターの奥に向かって声を上げると、奥からガタガタッっという音がして、カウンター奥の扉が開いた。

「なっ、誰だアンタ達は今日は店を閉めてるんだ! 出てってくれ!」

出て来たのはヒゲ面の男。

私達を見るなり出て行けと言う。

「そうはいきません、私達はこの店と商会の出資者なのですから」

「は? いや、えっ?」

「私は近衛騎士のシャリア、こちらはマリオン=リンクス様です。これ以上の説明はいりますか?」

「こ、これは、申し訳ありません」

ヒゲ面の男は片膝を付いて頭を下げた。

シャリアは片膝を付く男に向かって尋ねる。

「このクラウルに御使い様の情報はありますか?」

「そ、それです」

シャリアの質問にヒゲ面の男は顔を上げた。

「何かあったのですね?」

「は、はい。ビェラから来た諜報員が御使い様と同行しているらしく、昨日この店に来ました」

「何ですって!?」

私はヒゲ面の男の胸倉を掴むと目の前まで持ち上げた。

「御使い様はここへいらしたのですか!? 聖人クロス様は!」

「ぐっ・・、い、息が・・・」

「姫、この男は我が国の国民です。締め上げる対象ではありませんよ?」

私はシャリアに腕を掴まれた事で冷静さを取り戻し、ヒゲ面の男から手を離した。

ドサッ

ヒゲ面の男は店の床に両手両膝を付く。

「それで、御使い様の姿は見ましたか?」

興奮してしまった私の代わりに、シャリアがヒゲ面の男に質問をする。

「い、いいえ。店に現れたのは諜報員のラッセルという男だけでした」

「その男は何と?」

「ビエラに捕えられていたお2人の御使い様の脱出と逃走に協力したと」

まさか、ビェラに捕らえられていたとは・・・

「!? それで」

「お2人の御使い様はリンクス王国へは向かわずにペリステリ王国に向かうそうです」

「ペリステリに?」

「はい、奇跡の聖人様に会いに行くのだとか。恐らく、御使い様のどちらかが大きな怪我をしているのではないかと・・・」

私の心臓がドクンと跳ねる。

奇跡の聖人を頼らなければならない程の事が、聖人様の身に何が起こっている?

「奇跡の聖人様ですか、それなら我が国へ寄らずにペリステリを目指す理由も頷けます」

「私にはその事を本国に報告する事と、本国から腕の立つ補助要員を回して欲しいと頼まれました」

「本国への報告はしましたか?」

「今朝から港に停泊している船は、アルクーダ王国軍の命令で全て出港停止にされてしまいました。急ぎ陸路に変更して報告に向かわせはしましたが、返事が返って来るまでに何日かかるのか・・・」

船を出港停止されてしまうと、リンクスへ行くには陸路しかない。

そうなると、補助要員が来るのも10日は先の話だろう。

「では、その補助要員の話、私達が引き受けましょう」

「で、ですが、王族が政治的な動きをするのはどうかと・・・」

「貴殿もリンクス国民であれば、私の事を聞いた事ぐらいはあるでしょう?」

「ええ・・お噂ぐらいは」

隊を率いて御使い様と合流しておきながら、みすみす御使い様を攫われたマヌケな姫として、私はリンクス国内では悪名が高い。

「私の王族としての籍は既に剥奪されているので、対外的には国籍不明の冒険者マリオンで通せます」

「それは!? いえ・・・・分かりました。補助要員が回せないのも事実です。そして我が国の御使い様に関する事が何より優先度が高いと考えます」

「そうですね」

「どうか、危機的状況にあると思われる我が国の御使い様をその手で助けてあげて下さい」






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