第27話 追跡①

「邪魔だ! どけっ」

後ろから聞こえて来た声に気付き、私達は慌てて道の端へ身を寄せた。

商店の立ち並ぶ広めの路地をシャリアと歩いていると、兵士が慌ただしく走る姿をよく見かける。

「何だかこの街の兵士の様子がおかしくない?」

「そうですね。何かあったのでしょうか」

私の問いに律儀に答えてくれるのは、私の友人にして部下のシャリアだ。

かれこれもう1年もの間、国を開けての私の我儘に付き合って貰っている。

「ウチの拠点で聞いてみれば何か判るかしら?」

ウチとは私達の国リンクス王国の事で、拠点とはリンクス王国が出資しているマルク商会の店舗兼事務所の事だ。

マルク商会はキグナス連合王国からの情報を取る為の、国営の出先機関のとしての役目を兼ねている。

「何かただ事ではない気がします。急ぎましょう」

私達は足早に路地を歩き、マルク商会へと急ぐ事にした。

けれど、私達の向かう方に人だかりが出来ている。

「何でしょう? この人達は」

立ち止まった人達は一定の距離を取って何を見ている様だ。

「姫、マルク商会に兵士が」

シャリアが小声で私に囁いた。

私は立ち止まって見物している人達を押しのけ、マルク商会の入り口へと辿り着いた。

そのマルク商会の入り口では、8人の兵士とマルク商会の従業員が押し合いをしている姿が目に入った。

「何事ですか! これは」

私は大きな声を出してその場にいる者の注意を集める。

「あ? 誰だアンタは」

兵士の1人が私に尋ねる。

私はそれを無視し、押し問答をしている者達へ向かって大きな声で問いかける。

「おやめなさい! 私はマリオン・リンクス、リンクス王国の第三王女であり、この商会の出資者です! 責任者は誰ですか!」

押し合いをしていた兵士の動きが止まり、どこからか"チッ"という舌打ちが聞こえた。

「あー、私がこの中では一番上ですが何か?」

兵士達の中から一人の男がこちらへとやって来た。

「あなたの所属と階級は?」

「はぁーっ・・・、近衛第三騎士団所属の騎士アルノー・カドリです」

アルノーと名乗る騎士は、あからさまに嫌そうな表情を顔に出している。

「商会に何用ですか? この様なマネをしなくても、話によっては協力が出来るかもしれませんよ」

「秘密です」

「・・・・」

「・・・・」

「では、お帰り下さい」

「そうもいきません」

「何故です?」

「王命だからです」

「はあ?」

騎士アルノーは入り口へと振り返ると、動きを止めている部下たちに向かって大声で指示を出した。

「おい、この女は俺が抑える。お前達は突入しろ!」

「なっ!?」

騎士アルノーは私の左の手首を両手で掴むと、腕の下を潜りながらクルリと回転して私の後ろへと回り込んだ。

ギシッ

むっ、わたくしを相手に関節を取りに来るとは!?

私は左手首を掴ませたままの状態でその場で前転宙返りをして関節技を外す。

「なにっ!」

私は着地と同時に左腕でアルノーの左手首を掴んで引く。

すると、騎士アルノーは掴まれた手首から逃れようと両足で踏ん張った。

「リンクス王族を舐めないで下さる?」

私は右腕に血統スキルを発動させると、踏ん張って動けない騎士アルノーの腹を右腕で殴りつけた。

ゴガギャッ! ガッ、ゴロゴロッ・・

身体をくの字にながら転げ飛んでゆく騎士アルノー。

「あら、この感触は鎖帷子かしら?」

「ゴハッ・・・」

「用意の良い事で・・・シャリア! 入り口の方をお願い」

「ハッ」

シャリアが向かったのだから騎士でも無い兵士なんて問題にもならない。

なら、この騎士をどうするか・・・

「ゴフッ」

「あら、意識はありますか」

私は拳を握り締めると騎士アルノーの脳天に振り下ろした。


「ここ・・は?」

騎士アルノーは左右に頭を振りながらそう呟いた。

無理やり頭に血を巡らせ、薄暗い周囲を見回す。

手足は動かない。

「お目覚めですか?」

後ろから女の声が聞こえた。

「だれだ」

振り返ろうとするが、それも出来ない。

恐らく、椅子か何かに固定されているのだろう。

「お仲間から面白い情報を頂きましてね。この街の城の地下で奴隷としていたクロスとケイトが逃亡したという話は本当ですか?」

騎士アルノーは暫くの間迷ったが、騎士身分であれば誰でも知っている内容なので答える事にした。

そもそも、出世の見込みの無いアルノーは、国に対する忠誠心はあまり高くはない。

下らない理由で拷問されるぐらいなら、話してしまった方がマシだという考えの持ち主である。

「ああ、その逃げた奴隷の捜索と捕縛が俺の受けた命令だ」

「何故、奴隷なんかをわざわざ城の地下なんかに置いていたのでしょう?」

「それは知らん、何か特別な技術でも持っていたんだろ。ガラス職人とか彫金技術とか、そんなヤツはどの国にもいるだろう?」

「それはこの国の騎士身分の者の殆どが、アイテムボックスの魔道具を持っているという事に関係ありますか?」

「あ・・ああ。どうだろう、確かにセルカークの貴族にはアイテムボックスの所有者は多いが・・・」

この女、そんな事まで知ってるんだ!?

「では最後に、数ある商会の中マルク商会へ捜査に押し入ろうとした理由はお聞きになっていますか?」

「いや、理由の説明は無かった。ただ、匿っている可能性が高いと言われただけで・・」

「正直に答えて頂けたので貴方は生かしてお返しします。ですが、この件はご内密に・・でないと不審死が1名増える事になります」

「わかった。国の内情を話したのがバレる方がマズい、この事は墓まで持って行く!」

「では、1時間後に街の子供が発見してくれるようにしておきます」




「ただいま戻りました」

マルク商会の会頭室で待つ私の元にシャリアが戻って来た。

私の向かいにはマルク商会の会頭が優雅に座っている。

「どうでした?」

「クロス、ケイト、という名の奴隷を城の地下に監禁して働かせていたのは間違いないでしょう。そして、その両名が脱走した事は事実の様で、マルク商会が逃げ込んだのではと疑っている様です。それはこの商会がリンクス王国の窓口だからであり、監禁されていたのが1年前に攫われた我が国の聖人クロス様だからだと思われます」

「そう、そうなのね。我が国の聖人様を攫って監禁? 奴隷? フ、フフフ」

「マリオン姫?」

報告を一緒に聞いていたマルク商会の会頭が、少々様子のおかしいマリオン姫の様子を気遣った。

「会頭、この国の兵士も騎士も人ではありません。捕えた者は処分しておいて下さい、助命はなりません」

けれど、目を細めた表情に怯え、返事を返す事しか出来なかった。

「は、はいっ」

先程捕えた騎士に見逃すと約束した気がするが、「まぁいいか」とアッサリ諦めるシャリオ。

「それと、会頭地図を」

「た、ただいまご用意します」

会頭は書斎から二枚の地図を取り出すと、テーブルの上に広げた。

「一緒に逃げたのが他国の御使い様だとしたら、この街はもう出ているわね。逃げるとしたらキグナス連合王国の奥地ではないわよね・・・となるとビェラから西にある港町のクラウルかしら?」

「リンクスへの船便もありますし、陸路で西を目指すにしてもここは通りますね」

「会頭、この地図貰える?」

「あ、どうぞどうぞ。お持ち下さい」

「ありがとう、会頭」

「いえいえ」

「ついでにクラウルまでの馬を用意して貰えないかしら?」

「さすがに時間がかかってしまいます、今から乗合馬車に乗られた方が・・・」

「まだあるならそうするわ。シャリア行きましょ」

「はい」

「では会頭、ご機嫌よぅ」

マルク商会を出た私達は急いで乗合馬車へと乗り込んだ。



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