第25話 野宿

俺は街道から200m程に立っている3本の木にアイテムボックスを張り付けて魔道具化した。

ラッセルが小川が流れているのを見つけたので、小川に近い場所をキャンプ地にするつもりだからだ。

『ここなら追っ手が来ても気付くだろう、ラッセルに安心して休む様に言ってくれ』

空気穴程度の穴を残してそこへ布を詰めれば、虫が入って来る事も無い。

「朝まで歩いて疲れたでしょ、ラッセルは真ん中の木で休んで」

「お二人はどうなさるのですか?」

「適当に休んでおくわよ。夜になったら移動するから、ちゃんと寝るのよ?」

「あ、でしたら先に飲み水の確保をします」

「飲み水? 川の水を革袋に入れ替えるだけよね? それぐらいなら」 

チラリと川と俺を見るケイト。

「それはダメです。川の水を直接飲めば腹を壊します」

そう言ってラッセルはアイテムボックスから鍋を取り出すと、手頃な石を集めて並べると枯れ枝なんかを集めて来た。

『かまどか』

「火はどうやって点けるの?」

「魔道具があります」

ラッセルはアイテムボックスから、宝石の様に磨かれた丸い石の付いた腕輪の様な物を取り出した。

輪の部分を握って宝石を枯れ木に向けるラッセル。

すると、枯れ木の1点が眩しく光り煙を出し始める。

眩しく光っていた部分が赤くなり"ポッ"と火が付いた。

『おお、これが魔道具か』

「これってランタンの魔道具みたいな物よね?」

「はい、放出する光を一点に集中させて火を点ける魔道具です」

『虫眼鏡みたいな事か』

『だぶんね』

火は燃焼物が無いと成り立たないし、燃えやすい枯れ葉に着火させるのが精々だろう。

「私は水を汲んできますので、火が消えない様に見ていて下さい」

「わかったわ」

ラッセルは鍋を持って川へと行ってしまった。

かまどの傍に魔道具を置いて行ったのは、俺達が珍しそうにしていたからだろう。

ケイトは魔道具を手に取ると枯れ枝の火の付いていない部分に向ける。

すると、枯れ枝の1点が光りブスブスと煙をだす。

「ふぅん、握ると自動的に発動するのね」

『着火専用の魔道具か・・・』

魔道具を弄っているとラッセルが鍋を抱えて戻って来た。

「すみません、石が崩れない様に置かせて下さい・・・ああ、どうも」

お湯が沸くのを待っていると、街道を外れて馬がこちらへ向かってやって来るのが見えた。

「あら? 何かこっちに来るわね」

「え、わわっ!」

確認できるのは馬が3頭で、それぞれの馬には人が乗っている。

俺達に用事なのかは分からないが、街道を外れても馬からは降りずにこちらへと向かって来た。

今はケイトがアイテムボックスから出て来ているので、向こうはケイトの褐色の肌が見えたのでこちらへ向かってきているのかもしれない。

アフリカのサバンナで生活する人達なんかは視力が10.0だったりするらしいし、この世界の人間の視力もそのぐらいあってもおかしくはない。

迂闊だったと言えばそうだが、ケイトも俺もそこまで神経質になって隠れるつもりも無いので、見つかったのは運が無かっただけの事。

ドドッ! ドドッ! ドドッ! ドッドッドッドドッ・・・

俺達の前で先頭がの乗り手が馬の足を止めると、後続の馬達も足を止めた。

馬に乗った者達は鉄のヘルメットと胸当てを付けていて、三人共が同じ格好をしている。

まあ、そんなの兵士しかいないよな。

みんながバラバラの服装をしていたら、敵も味方も区別が付かなくなって被害がとんでもない事になるからだ。

戦場でそんな状態になれば大量の死人が出るので、敵と味方が判る装備を身に付けさせるのが向こうの世界では中世辺りからの常識だった。

恐らくこの世界でも同じなのだろう。


停止した騎兵の先頭にいた者が、馬に乗ったままこちらへと近づいて来た。

恐らく、3人の中ではこの男がリーダー格なのだろう。

「お前達が逃亡奴隷のケイトとクロスだな、死にたくねぇなら大人しくしろ」

そう言うと、先頭の騎兵とその後ろの騎兵のそれぞれが剣を抜いた。

だがおかしい。

この連中は本当に追っ手だろうか?

馬に乗っているのに腰に帯剣した細身の片手剣しか持っていない。

あんな長さの剣じゃ、俺達がしゃがんだら届かないだろう。

たぶん、コイツらは斥候とか伝令役で、俺達を捕まえろとは言われてはいないんじゃないのか?

たまたま俺達を見つけて手柄欲しさに駆け寄って来たのだろう。

「どうする?」

ケイトが兵士達を見ながら俺にスキルを使わずに尋ねてきた。

"どうする"というのは騎兵に俺達が従うかどうかではない。

兵士達からは経験値が大量に入るのだから、俺達のどっちが殺るかの確認だろう。

俺達の姿を見られているので、この兵士達を逃がす事は絶対に出来ない。

『馬を殺したくないから任せて良いか?』

「ええ、いいわよ」

ケイトがスッと先頭にいる騎兵の前に出た。

「お前がケイトとかいう黒エルフか」

「さあ?」

「フン、薄汚ねぇ肌の色しやがって、遊んでやる気にもならねぇ。おい、男はどっちがクロスって奴隷だ?」

「さあ、どうかしら」

ケイトは兵士から奪った2本の抜き身の短剣を、前方に向かってポイッと放り出した。

カランカラン・・・

「あ? 降伏のつもりか?」

ケイトの行動を訝しんでいるリーダー格の男の後ろで、騎兵の2人が突然落馬した。

「うわっ!」「なんっ」

落馬した仲間を見てケイトを怒鳴り付けるリーダー格の男。

「お前っ、何をしたっ!」

「ふーん。頭を軽く横から押しただけで落馬しちゃうのね」

「なにっ?」

落馬して起き上がろうと慌てている2人の口の中へ、ケイトが放り投げていた短剣が素早く飛び込んだ。

「ガフッ」「ごあっ」

喉奥に深く突き刺さった短剣は口の中から吐き出され、地面に転がった。

「クッ」

仲間の異変に気付いた先頭の騎兵が、馬首を翻そうと慌てて手綱を引く。

だが、馬首を巡らせた瞬間に騎兵は馬から落馬した。

「っ痛、なん」

起き上がろうとした所、ヘルメットが頭を横に回ろうとしてくる。

「視界が! く、首が」

ヘルメットのズレを防ぐための紐が首に掛かっていて、息が出来ない。

「ヘルメットの両側の2点を時計回りに動かしてるんだけど、首の骨を折る程の力にはならないみたいね」

『ああ、てこの原理か。器用だな』

ケイトにとって騎兵はカモだな、相性が良すぎる。

騎乗中の兵士の頭をケイトのサイコキネシスで横から軽く押すだけで確実に落馬してしまうからだ。

自分から前に出たのは、サイコキネシスの効果範囲に後ろの騎兵が入っていなかったからだろう。

馬を傷つけずに騎兵を排除できる最良の方法と言える。

「ラッセル、馬を回収して貰える?」

「えっ、回収するんですか?」

「せっかく生かしておいたんですもの、街で売ればいいじゃない」

「うーん・・少し安くなりますが、我々の目指しているマルセットの街の外にある貧民街なら売れるかもしれませんが」

「なら、それでお願い」

「分かりました。回収してきます」

そんな会話をしていると、ヘルメットの紐で首を絞めていた兵士が動かなくなった。

『兵士はこっちで回収する』

『ええ、お願い』

ラッセルは乗り手の無くなった馬を何とか捕まえると、街道から見えない位置へと連れて行って木にくくり付けた。

俺は昨夜の宿屋で使った死体回収のアイテムボックスに、新たな兵士の死体を放り込んで閉じる。


死体回収をし終えて川で手を洗って戻ると、ラッセルに声をかけられた。

「お湯が沸いたので、水筒を出して下さい」

どうやら、ラッセルはケイトが暴れている間も竈の火を絶やしていなかった様だ。

素早く馬を回収して木に繋いで、すぐに竈の前へと戻っていたしな。

さすがに商人のフリをしてあちこちの街を移動しているだけに、手慣れたもんだ。


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