第19話 脱出③
「ラッセル、この上着を着てみて」
「あ、はい」
ボックスの張り付けから中に二人が入るまでを唖然とした表情で眺めていたラッセルは、慌てて上着を手に取ると袖を通した。
『着る時に揺れた程度で問題ないな』
『これなら検問があってもバレずに済みそうね』
『念の為、上着の上に羽織れるマントかローブがあるといいが、それよりも水と食料とトイレが必要だろうな』
『そっか、乗合馬車に乗ったら私達はこの中からは出られないのよね』
『ああ、その説明を頼む』
『いいわ』
「ラッセル、上から羽織れるマントかローブが欲しいわ」
「あ、それなら持ってます」
「それじゃあ、食料と水を2日分ぐらいとトイレを二つ用意して欲しいの」
「はい、構いません」
「お金は国外に出たら魔術具を売って払うから、それまではツケでお願いね」
「わかりました。では、朝市に向かいますがよろしいですか?」
「ええ、任せるわ」
ラッセルはリュックの様な物を背負うと街の中心部へと向かって歩き出した。
「その後の行き先はどうします? 私としてはリンクス国へ来ていただけると有難いのですが・・・」
『クロスは行きたい国はある?』
『他国の事なんてよく知らないんだよなぁ』
『・・・・なら、街の人の知識の中で奇跡を起こす御使いのいる国があるって記憶を見たんだけど、そこに行ってみない?』
『奇跡?』
『切断された脚を治したとか不治の病を治したとかって話なのよ、もしかしたらクロスの舌とか足も・・・』
『いいのか?』
『どうせ私にも目的なんて無いしね。クロスが喋れる様になるまでは一緒にいてあげるわよ』
『・・・悪いな』
「行き先はどんな怪我も治すという"奇跡の聖人"がいるペリステリって国を目指すわ」
「ペリステリ・・・連邦国家の一員のペリステリ国ですか?」
「多分、そこね」
「ええと、我が国へは・・・」
「クロスの舌と脚を治せるならリンクスでも構わないわよ?」
ラッセルは悲しそうに首を横に振った。
「いえ、残念ながら我が国では聖人クロス様を治せないでしょう。ですが、リンクス王経由でペリステリの"奇跡の聖人様"に頼む事も出来ると思いますが・・・」
「ペリステリで門前払いされたらその手を使わせて貰うわ」
「・・・わかりました」
朝市の行われるという広場に着くと、ランタンの光がいくつも動いていた。
腰にランタンをぶら下げて忙しそうに動き回る人や、露店の店先にランタンを置いて準備をする人達だ。
「何かすぐに食べたいって物はありますか?」
ラッセルの独り言の様なつぶやきは、俺達に向かっての言葉だろう。
『焼きたてのパンがあれば食べたいかな・・・』
「クロスは"焼きたてのパンがあれば"って言ってるわ。私は果物でもあればいいかな」
「わかりました」
その後、食料品や水を買っては物陰で俺達のボックスの中に放り込んで貰い、買い物は殆ど終わったのたが・・・
「トイレ、ありましたよ」
露店の前で立ち止まったラッセルが声を掛けて来た。
だが、露店にあるのは木箱に入れられた黒い何か。
「これがトイレ?」
あれ? ケイトは見たことが無いのか?
『冒険者達が持ち歩いていただろ? 中身は収容所のトイレの中にいたヤツだ』
『えっ、あんなのが入ってるの?』
パワーレベリングでダンジョンに行くと、冒険者達は持ち歩ける携帯トイレで用を足していたハズなんだけどな。
携帯用のトイレは中にゲル状の生物が入っているらしく、そいつがケツにへばりついて排泄した物を吸い取って分解してくれるから、トイレットペーパーいらずのエコ生物らしい。
攫われてこの国に連れて来られる時にも使わされていたから、携帯トイレが便利なのを俺は知っている。
冒険者どもは俺の前じゃ平気で用を足していたのに、ケイトの前では使っていなかったって事か・・・
『ああ、箱ごと買って俺達のボックスに1つずつ入れる様にしてくれ』
共用にするのは気が引けるのでそれぞれの専用にして欲しい。
トイレを購入して俺とケイトのボックスに入れ終わった頃、空が白んで来た。
「そろそろ門が開きますので、乗合馬車の乗り場へ向かいますね」
「ええ、そうしましょう」
乗合馬車は街の外にあるらしく、街の外に出れば呼び込みが聞こえて来るそうだ。
門の前へ行くと開門を待っている人が2~300人はいた。
恐らく、この中の多くが農作業に出る人達だろう。
日の出と共に働くのが、電気もガスも無いこの世界では常識なのかもしれない。
俺達もその中に混じって開門を待っていた。
門の横にある建物から番兵らしき者達が現れて門の閂を外し門を開く。
番兵の一人が大きな声で待っている人達に宣言をする。
「開門!」
「その開門、待てー-っ!!」
そこへ、5人の兵士が走り込んできた。
「な、何事ですか?」
番兵が兵士に尋ねると、兵士の一人が番兵に説明をする。
「犯罪者が脱獄したのでな、この門では我々が城外に出る者の審査をする事になった。お前達も協力せよ」
「は、はい」
「探すのは褐色の肌の女と左足が不自由で舌が無い男だ。一緒に行動しているかもしれないし、バラバラかもしれない。似たような特徴の者を見つけたら列から外して俺達に声をかけろ。分かったな?」
「は、はい」
兵士との会話は俺達にもバッチリ聞こえている。
ケイトの特徴は褐色の肌だけで通じるのか。
だとすると、この辺りでもケイトの肌の色は珍しいんだろう。
20分程の間待っていると、ラッセルの番が来た。
「一人か?」
兵士がラッセルをねめつける。
「はい」
「外へ出る用事は何だ?」
「この街へは仕入れの途中で寄っただけで、このまま乗合馬車に乗ってクラウルへ行くつもりです」
「一人でか?」
「はい」
「・・・行っていい」
「どうも」
ラッセルは兵士に軽く頭を下げると兵士達の前を通り過ぎた。
『外見とかで探すでしょうから、目を付けられる事は無さそうね』
ケイトの褐色の肌や俺の負傷した左足は目立つ特徴なだけに、それ以外の者は簡単に通してしまうのだろう。
『まぁ、服に貼り付けたアイテムボックスに入っているとは想像も出来ないだろうし、俺達を見つける事は難しいだろうしな』
門から離れ、いくつもの馬車が止まっている場所へとラッセルはやって来た。
「ロークリフ! 銀貨5枚 あと3人!」
「カールトン! 銀貨6枚 あと2人!」
「王都! 銀貨8枚 あと4人!」
「クラウル! 銀貨6枚 あと3人!」
馬車の横で行き先と料金を叫んでるのは乗合馬車の御者なのだろう。
行き先と金額を叫んでいるのは分かり易くていい。
ラッセルはクラウル行きの御者に銀貨6枚を支払うと馬車に乗り込んだ。
馬車は二頭立ての御者一人の幌馬車だ。
他の行き先の馬車が乗客5人で締め切って出発していたから、定員は御者を入れて6人という事なんだろう。
同じ行き先の募集が別の馬車からも聞こえるから、同じ行き先への募集は2~3台あるみたいだ。
暫く待っていると5人目の乗客が乗って来たので、そこで締め切りとなり出発になった。
馬車は楽だが移動にはそれなりの時間がかかる。
朝一番に出発をしたけれど、クラウルに到着するのは夕方頃らしい。
俺達の入っているボックスの中には、お茶の入った容器に食料と携帯トイレが入っているので、移動中に俺とケイトが困る事は何もない。
ラッセルもフード付きの外套を着てボックスを張り付けた服を隠しているので、空気穴から見えるのは外套の布だけだ。
景色を楽しむ余裕も無いし、クラウルに到着するまでは大人しく寝るか・・・
おっと、その前に
「ステータス」
黒須裕二 ヒューマン ♂ 25歳
HP 90%
MP 102(150)
所有ジョブ
スペーサー LV 15
体力 52
腕力 45
脚力 55
敏捷 38
器用 75
動体視力 67
知識 86
知能 72
魔力 78
精神 32
運 5
マナ回復 10
所持スキル
ボックス LV 15 170×170×170
ジョイン LV 5
魔術
ー--
精霊術
ー--
あっ、レベルが3つも上がってる。
・・・看守1人と門番2人を俺が殺したからだよな。
とうとう俺も人殺しか。
まぁ、キグナス連合王国の兵士だし、心は痛まないけどさ。
しかし、ダンジョンでのパワーレベリングでも魔獣5~6匹倒しても上がるレベルは1だったのに、何で3つもレベルが上がるんだろ。
『ケイト』
『ん? 何?』
『看守と門番倒したら、レベルが3つも上がった』
『えっ!? それは凄いわね』
『人間は持ってるカルマの量が違うのかな?』
『んー、どうかな。死んだ連中が今まで稼いだカルマを引き継いだんじゃない?』
『引き継ぐ?』
『魔獣も倒した事の無い一般人なんかだったら、魔獣よりも得られるカルマは低いんだと思うわよ』
『なるほど』
それならつじつまが合うな。
『そういう事なら私も試しておきたいわね』
『平気なのか?』
『キグナス連合の兵士には恨みしか無いもの』
なるほど、2年も幽閉されてたら恨みしかないよな。
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