第13話 謁見
「おい、起きろ」
「え?」
「そろそろ着く」
馬車の中で居眠りをしていた俺に、見張り役の兵士が声をかけてきた。
「ああ、そう」
俺の拘束や猿轡はウィンストンを出発して2日後には、2つの理由で解かれていた。
1つは、騒がれても問題の無い場所までの移動が既に終わっていたからだ。
2つ目は、馬車の中にはスライムを入れた箱型のトイレがあり、俺に自主的に使ってもらわないと面倒な事になるというのが理由だ。
まぁ、簀巻きにしたまま漏らした場合、掃除するのは兵士達だからだろう。
そんな事をするぐらいなら、拘束を解いて俺を見張る方がいいとの考えからだ。
馬車通っている道の前方の両側にはボロい屋台が軒を連ねていた。
その先には大きな門があり、その門の両脇から伸びる街壁はかなりの長さがある。
「大きな街ですね」
「ビェラだ」
「ビェラ?」
「アルクーダ王国の国内で二番目に大きな都市の名前だ」
「へぇー」
この兵士はちゃんとした教育を受けていないのだろう、カタコトの英語なので俺には分かり易い。
馬車は皆が並ぶ正面の門へは行かず、街道を右へと逸れてゆく。
どこへ行くのかと見ていると、頑丈そうな鎖の付いた跳ね橋が見えて来た。
跳ね橋は城壁の堀に掛かっており、街壁に開いたのアーチ型の入り口に続いている。
街壁の入り口や跳ね橋は、大型の馬車1台ぐらいは通れそうな大きさだ。
恐らく、この跳ね橋の鎖を中から引く事で、戦争にでもなった時には跳ね橋が蓋になって街壁の入り口を塞ぐ仕組みになっているんだろう。
門の前で馬車が止まると、馬を降りたアランが門番に駆け寄ってゆく。
アランが門番の兵士にこちらを指さしながら説明を始め、暫く待っていると門が開いた。
「許可が出た。このまま進め」
アランの指示に従って、馬車は門の中へと入っていく。
一般人の姿が無いし、これは裏門かな?
貴族とか軍事関係だけが使える門って所か。
裏門を潜り、街壁の中に入るとすぐに城らしき建物の前に出た。
「こっちだ、付いて来い」
先頭で馬に乗るアランを門番の一人が先導しているらしい。
門番に続いて行くと、城の通用口みたいな門に出た。
「ここから入って、馬と馬車を預けてくれ」
城壁の中に入ると馬車は止まり、俺は馬車から降ろされた。
身に着けている物はシーツを結んで服に見せて着ているだけのシロモノだ。
服はあの城に置き去りになっちゃったしなぁ。
「俺と来い」
俺はアランに連れられて城の中へと入って行った。
ウィンストンよりもでかくて広い城だ。
城の中に入るとアランに案内が付き、待合室の様な所へ案内された。
そこで暫く待たされた後、アランに付いて中へ行くように言われる。
何故かを聞くと、俺がアランの戦利品だからだという。
・・・イヤな予感しかしない
扉の前で立ち止まってみたが、後ろから押されて扉の中へと進まされる。
慌てて後ろを見ると、二人の槍と鎧で武装した兵士が俺の後ろに立っていた。
アランの手下にはいなかったし、ここの兵士か?
扉の中はホールになっていて、ホールの中央の辺りまで赤いカーペットは続いている。
レッドカーペットってやつ?
ホールの奥は2段程の段差があり、段差の上には目立つ大きな椅子があった。
あれって玉座か?
椅子には40台ぐらいの年齢のの男が座っていて、その横にはローブみたいな服を着た男が立っている
どっちも派手な飾りの付いた服を着てるな。
アランがカーペットの上を進み、真ん中辺りで立ち止まると片膝を付いた。
ホールの両脇には槍を持った兵士らしき者達と、派手な衣装を着た物が数名立っている。
「grow dawn」
俺がボーッとその場に立っていると、玉座の横にいるローブ男が俺を指さしてそう言った。
えっ? そんな英語表現聞いた事が無いぞ?
辞書を取り出して調べようと動いた瞬間
ズガッ!
突然、足を払われて床に転ばされた。
「あぐっ、いてっ」
床に倒れた所を後ろ手に押さえつけられ、顔を床に押し付けられた。
「何をす」
「shut up」
これは分かる。
俺は口を閉じておく事にした。
すると、アランと玉座の横の男とのやり取りが始まった。
やり取りは、アランが城主の座を捨ててまで、俺を連れてここまで来たという苦労話だというのが辛うじて理解できる。
その後、アランは俺のジョブとスキルを玉座の男に報告し、アイテムボックスという魔術具の有用性を説いた。
そして、報酬の希望としてどこかの街の領主にして欲しいと言ってアランからの説明は終わる。
聞き取れた部分を繋ぎ合わせると
「お前にはポティキをやる」
「ありがとうございます」
「もう行って良い」
「失礼します」
こんな感じだろう
ポティキが街なのか都市なのかは判らないが、アランはそこの領主貴族にでもなったんだろう。
アランは俺を見てニヤリと笑うと、ホールを出て行ってしまった。
そこからはローブ男の言葉を何とか聞き取った内容によると
ここはキグナス連合王国のアルクーダ国の第二の都市ビエラで、正面の豪華な椅子に座ってにいるのがキグナス連合王国の盟主であるフラン・クロフォードという人物で、その横に立っているのがローブの男が宰相のベニー・ウィルソンというらしい。
「私がここへ連れてこられた理由を聞かせて下さい」
俺が発音の怪しい英語で聞くと宰相の男から返事が返って来た。
「お前はbootyだ」
「booty?」
bootyってのは何だ? 俺の事か?
分からない単語が多すぎて、会話が繋がらない。
「お前にはキグナス連合王国の為に働いて貰う」
「何で俺が」
「おい、持ってこい」
「ハッ」
カチリ・・・バチン
ローブ男の指示で取り押さえられて身動きの出来なくなっている俺の首に、別の兵士の持って来た金属製の輪が首に嵌められ、つなぎ目の部分に南京錠の様な錠前をかけられた。
何だこれ・・・まるで犬の首輪じゃないか。
「おい、何だこれは!」
「それはslave collarだ」
slaveって確か奴隷の事だよな?
だとするとこれは・・・奴隷の首輪?
兵士達は俺を立たせると、手を離して俺から距離を取った。
1人の兵士が四角く黒いプレートを玉座の横のローブ男に渡す。
ん?・・・あの黒い石は何だ?
宰相は兵士から受け取ったプレートを手に取ると、プレートの上を指でなぞる。
その瞬間、首の辺りから何かが弾ける様な音がして、視界が真っ白になった。
バチッバチバチバチッ!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁー---!!!」
俺はその場に立っている事が出来ず、床へと転がった。
「な・・んだ・・・これ・・は、体が・・言う事を・・・聞かない・・・」
あの攫われた時と同じ様な感じ・・・これは電撃か?
けど、兵士は俺から手を離していたし、誰も俺に触ったりしていなかった。
だとすると・・・この首輪だろう。
ローブの男は黒いプレートを掲げると、これ見よがしに俺に見せる。
どうやらローブ男の持っている黒いプレートで、この首輪に電撃を流す遠隔操作が出来るらしい。
「な・・何で」
「slave treatmentしておけ」
スレーブトリートメント?
ローブ男の命令で兵士達は俺をうつ伏せにひっくり返すと、俺の両手足を押さえつけた。
「や・・めろ」
ダメだ体が痺れていて動かない。
兵士が黙って剣を抜く。
剣!?
な、何をする気だ! やめろ!!
剣を構えた兵士は俺の左足のかかとの辺りを斬り裂いた。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁー--」
足首の辺りから鋭い痛みが伝わって来る。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
俺の足首から血があふれて来ている。
杖の様な物を持った女性が駆け寄ってくると、俺の斬られたかかとに向かって杖を当てた。
「なにを・・する・・んだ」
杖は淡い緑の光を放つと、光が俺のかかとを照らす。
すると、出血していた血が固まってボロボロと崩れ、斬られた傷が塞がり固まってゆく。
もしかして、魔法? 傷が治るのか?
だが、傷口は深く斬られたV字形の傷が残ったまま固まっている。
出血は無いが、かかとがズキズキと痛い。
止血しただけ?
動くかどうかを試しておきたいが、体が痺れたままで未だに動けない。
くっそ・・・
「まて、disobedience に舌なんていらんだろう」
玉座に座る男がニヤついた笑みを俺に向けると、俺に向かって舌を突き出して指で斬る様な仕草をして見せた。
disobedience って単語がよく分からないが、コイツが俺の舌を切り落とす様に兵士達に指示を出した事は判った。
「や、め」
俺は痺れて動かない体を無理やりに動かし、その場を這って逃れようとした。
だが、ほんの数cmしか動けない。
やめろやめろやめろやめろーーーーっ!
すぐに兵士達に取り押さえられると、口輪の様な物を入れられ口を無理やりに広げられる。
「あー、あー」
口輪の所為で喋る事が出来ない。
頭を押さえられた状態で、大きなペンチみたいな物が口の中に差し込まれる。
グチッ
ぐあっ!
金属製のペンチが俺の舌をガッチリと挟み込む。
は、離せっ! い、痛い!
兵士はペンチを俺の舌に食い込ませると、無理やりにペンチで舌を引っ張りだした。
「んー! んー!」
痛い! 痛い! やめろー---!!
俺の舌が口の中からペンチで引っ張り出されると、先程俺の足の腱を切った兵士が舌へ向かって剣を振り下ろした。
ザシュッ!
「ん゛ん゛------!!」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁー---!!
斬りやがった!!
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!
舌からは血が噴き出し、俺の体を押さえていた兵士達にかかる。
「ゴフッ、ゴフッ」
溢れる血で息が詰まる!
口に溜まっていた血と肺に入りかかっていた血が、咳と共に吐き出され床はあっという間に血だらけになった。
「よし、止血しておけ」
「はいっ」
先程の女性が俺の口の中に向けて再び杖を翳す。
すると、舌からあふれ出していた血が固まり、出血が止まった。
だが、痛みは無くなってはいない。
痛い、痛い、痛い、痛い!!
クソッ!
こいつら・・・
俺はローブの男と玉座の男を睨みつけた。
「収容所へ連れて行け、自殺なんてさせるなよ」
「ハッ」
両脇を掴まれ、兵士達に無理やり立たされる。
「・・・・」
俺は朦朧とする意識の中で、キグナス連合王国の盟主フラン・クロフォードと宰相ベニー・ウィルソンの顔を記憶に刻み込んだ。
「よし、連れていけ」
「ハッ」
俺は兵士達に抱えられながら玉座のあるホールを後にする。
兵士達は俺を地下にある牢屋みたいな部屋へ運び込むと、ベッドの上に放り出して去っていった。
足首がズキズキと痛む。
・・・俺はもうまともには歩けない!
舌の付け根がジンジンと痛む。
・・・俺はもうまともには喋れない!
あああ、くそぉぉぉぉー---っ!!
「ヴーー、ヴー----」
声を上げてみたが、声にすらならない。
俺はベッドの上で足首と舌の痛みに耐えながら、この世界に来る前に神様から"自殺禁止"にされていた事を思い出した。
くそっ、そういう事か。
神様はこうなる事を知ってたんだろう。
これからはは言葉を話せない上に、片足で生活しなくてはいけない。
絶望感が俺を襲う。
クソッ! クソッ! クソッ!
"いつかあの男達を殺し、この国を潰してやる"という黒い感情ばかりが頭の中を渦巻いている。
ああ、そうか、それでいいんだ。
自殺が出来ない?
上等だ生きてやる。
この国に、あいつらに復讐する事を生きる糧にしてやる。
覚えてろ・・・
その晩、俺は痛みにもがき苦しみながら一睡も出来ずに朝を迎えた。
「おい、起きろ」
バチッバチバチッ!
男の声が聞こえたと同時に、全身に痛みが走った。
「ヴーーー! ヴー---!!」
俺の叫び声はもう言葉にはならなかった。
うがぁぁぁぁぁ、な、何だ!? か、体が、痺れて動か、ない。
これは、雷撃か!?
声のした方を見ると、見知らぬ男が開いた扉の前で黒いプレートを持って立っていた。
あのプレートはあの男が持っていた首輪の遠隔操作!!
コイツ! 首輪を遠隔操作で起動しやがったのか!
「俺は奴隷部屋の看守のダニエルだ。今日からお前には朝昼晩にスキルを使って魔術具の製作をして貰う」
「・・・・」
「ちゃんと仕事をすれば食事を与えてやるが、サボればコイツで罰を与える事になるからそのつもりでいろ」
そう言ってダニエルと名乗った看守は、黒いプレートを左右に振ってみせた。
ああ、そうか・・・俺は自分の立場を理解した。
俺はキグナス連合王国の奴隷となって働く事になったのだと。
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