第8話 住民は大歓迎?
私達がウィンストンの街の入り口に着くと、そこは人で溢れていた。
門へと続く農道の両脇に立っているのは捜索隊の兵士達だ。
私達の通り道を空けてくれているのでしょう。
問題はその外側です。
農道の外側に街の人達が何百人も立っていて、私達の事を・・・いや聖人クロス様の事を食い入るような目で見ています。
「オオ・・」
聖人クロス様もこの光景には驚きの声を上げていた。
農道を進んで門の前にやって来ると、街の中からシャリアが出て来たので声をかける。
「凄い状況ね」
「はい、ウィンストンの住民もあの降臨を見ていたみたいで・・・」
「まぁ、それは仕方ないわね。それで宿の手配は出来た?」
「はい、今晩はウィンストン城を使う事になりました。宿では警備しきれませんので」
「そうね・・・わかった。騎兵が先頭に立って案内して」
「はい」
私達は捜索隊の騎兵達に前後を守らせて門の中に入る。
うわっ!
私は門をくぐってみて驚いた。
街の大通りには真ん中を空けた状態で、両側に沢山の人が集まっていたからだ。
「何よ、これ・・・」
まるで凱旋のパレードね。
私達は騎兵を先頭に中央の空いた部分を引きつった顔で歩く。
沿道を埋め尽くす見物人は、門の前からウィンストンの城まで続いていた。
「疲れたわ・・・」
城門をくぐり扉が閉じた所で私は大きく息を吐いた。
「ここまで民衆が集まるとは思いませんでしたね。やはり降臨の光を民衆も見ていたのでしょう」
「そうね」
ウィンストン城の中庭を進むと、城の入り口の前で片膝をついて待っている一団がいた。
「お待ちしておりました。私はウィンストンの城主を務めさせていただいているアラン=スミスです」
んー? ウィンストンの城主?
何度か王都の城で見たことがあるハズだけど・・・ウィンストンの城主ってこんなに若かったかしら?
私が城主アランの事を記憶の片隅から何とか引き出していると、シャリアが前に出てアランへの対応をする。
「出迎えご苦労です。こちら御使い様でいらっしゃる聖人クロス様と、その案内役を仰せつかったマリオン王女にございます。本日は城を提供してくれるとの事、お二方共に大変感謝しております」
「ハッ、御使い様のお役に立てて光栄です」
流石にシャリアの言葉だけで済ます訳にもいかないので、私の口からも直接労いの言葉をかけておく事にした。
「ウィンストン城主アラン=スミス殿」
「ハッ」
「この度は急な申し入れを受けてくれて感謝します」
「いえ、御使い様の降臨の地としての名誉を頂きました。御使い様共々ごゆるりとお過ごしください」
「残念ですが、この街では警備に問題もあるので長居は出来ません。明日の朝には連れて来た隊と共に王都へと発ちますので、隊の者達と馬が休める場所を貸して頂きたい」
「かしこまりました。隊の方達は兵舎の方にご案内しますのでそちらでお休み下さい、馬は厩舎の方で馬車と共にお預かりします」
「頼みます」
「では、城の者がご案内いたします」
食事中、皆の視線が聖人クロス様に集まっていたが、ナイフとフォークの使い方に不自然な動きは無い。
むしろ平然と食事をされている。
どうやら、かなり肝の座った方である様だ。
それと、他国に降臨された御使い様の中には、食事を手づかみで食べ始める方も過去にはいらっしゃったと聞いていたので、文化の違いが少ない事に内心ホッとした。
食事を終えた私達は聖人クロス様にお願いして、聖人様の話を聞かせて貰える事になった。
どうやら聖人クロス様も国中から注目される状況は想定していなかったらしく、今後については困っていた様だ。
部屋を小部屋に移し聖人クロス様・城主のアラン・シャリア・私の四人でテーブルを囲んだ。
「まず、ここでの会話は他言しない様にお願いします」
私は城主のアランに向かって口止めを指示しておく事にした。
何か重要な話や聖人様の醜聞が広まっては困るからだ。
「はい、心得ております」
城主アランは私に向かって頭を下げた。
「聖人クロス様、私達に聞きたい事があれば何でも聞いて下さい。解かる事ならお答えします」
「アリガトウ、デハ・・・」
聖人クロス様の質問は多岐にわたった。
この世界の名前、大陸の形、国の数や力関係、各国の政治形態、現在地、月の有無、一年の周期、一日の長さ、時間の単位、長さの単位、お金の単位、季節の有無、種族の種類、
種族の分布、魔獣について、信仰について、他の御使い様について、ジョブについて、スキルについて、魔術について、レベルと経験値についてだ。
ゆっくりと片言ではあるけれど貴族言葉を使って質問をされたので、私達は1つ1つ答えを返して行った。
時折本を開いて確認をしていたのは、判らない言葉があったからだそうだ。
質問を終えると、聖人クロス様は所有するジョブとスキルを明かしてくれた。
「ワタシノジョブハ"スペーサー"レベル1デ、スキルハ"ボックス"レベル1デス」
「スペーサーですか・・・聞いた事の無いジョブですね。ボックスというのはどういったスキルなのでしょうか?」
スペーサーというジョブもボックスというスキルも聞いた事が無かった私は、聖人クロス様に聞き返した。
「ジッサイニミセマショウ。ボックス、オープン」
聖人クロス様の前に30cm×30cm程の黒く薄い板の様な物が、テーブルの上に浮いて現れた。
「これは・・・」
板に厚みは無く、黒い部分は真っ黒だ。
「ミテテクダサイ」
聖人クロス様がその黒い部分にゆっくりと右手を入れる。
すると、黒い部分に手は飲み込まれていくが、下の部分から手は出てこない。
「せっ、聖人様の腕が!?」
城主のアランが慌てて聖人クロス様に声を掛けるが、聖人様は左手を上げてそれを制した。
「ウデハキエテマセン、ベツノクウカンニイッタノデス」
そう言って、聖人クロス様は右手を黒い部分から引き抜いて見せた。
「おお」
聖人クロス様の右手が出て来た事に安堵した。
でも、これは何かに似ている様な・・・
「これはアイテムボックスですね」
事の成り行きを黙って見ていたシャリアが口を開いた。
「アイテムボックス?」
「はい、異空間に荷物を入れて運ぶ魔術具・・・いえ、魔法具の事です。過去に降臨された御使い様がお造りになった物で、魔術具として再現できない魔法具らしく、かなり高値で取引されていると聞きます」
「オオ、ウラハトウメイデナニモナイ」
聖人クロス様は黒く薄い板を掴むと、裏返したり縮めたりと色々と試している様子。
「そのスキルは物に張り付けて切り離す事が出来ませんか? アイテムボックスは製作者が亡くなった今でも動いていると聞きますし」
なるほど、シャリアの言う事は尤もだ。
アイテムボックスが過去の御使い様の作った物だとしたら、製作者との繋がりが切れていないとおかしい。
魔術具や魔法具で作成した物は製作者との繋がりを切り離しておかないと、製作者が死んだ時にアイテムボックスは消えてしまうからだ。
「ステータス、オープン。アア・・・スキル"ボックス"ノツカイカタカクニンシマス。・・・・・・ステータス、クローズ。デキソウデス、ハンカチヲカシテモラエマスカ?」
聖人クロス様が自身のステータスを見ながら私達に向かって尋ねる。
「あ、それなら。これを使って下さい」
私は手元から予備で新品のハンカチを取り出すと聖人様に渡した。
「アリガトウ。ペースト、インディペンデント」
聖人クロス様はボックスの黒い板をハンカチのサイズに大きさを調節すると、ペタリと黒い板をハンカチに張り付けた。
「ボックスクローズ。ハンカチニボックスノスキルヲハリツケマシタ。コレワタシイガイツカエマスカ? プリンセスマリオン、ヤッテミテクダサイ」
聖人クロス様はボックスの張り付いたハンカチを私に向かって差し出した。
「わ、解りました。えっと、どのようにすれば・・?」
「ヌノニフレテ、ボックスオープン、ボックスクローズ」
私はテーブルの上に広げたハンカチに手を当てた。
「ボックスオープン」
私がキーワードを言い終えると、白いハンカチの上に黒い四角の穴が現れる。
「オオ、セイコウデス」
「はい、閉じるのもやってみます。ボックスクローズ」
キーワードを唱えるとハンカチの上にあった黒に四角の穴が消えた。
「おお!! 凄い! これでアイテムボックスの魔術具が完成したって事ですか!」
城主アランが興奮した様子で聖人クロス様に向かって尋ねる。
「ハイ」
「これは・・小さくても売れますよ。流石は御使い様です」
「ソウデスカ・・・・アイテムボックスハ、プリンセスマリオンニアゲマス」
「ほ、本当に!? ありがとうございます!! 大切にしますね!」
何という事でしょう!
聖人クロス様が降臨されて、最初に作成された記念すべき魔法具を、私に譲って下さるなんて!!
ふふふ、これは一生の宝にします。
私が喜んでいると、部屋のロウソクの一本が燃え尽きて灯が一段暗くなった。
「おや、結構な時間になってしまいましたね。そろそろお終いに致しましょうか」
ロウソクの一本が燃え尽きただけだったけれど、他のローソクも燃え尽きそうになっている。
どうやら、結構な時間が経っいてたらしい。
「なぜ魔道具を使っていないのですか?」
ロウソクを使っている事を不思議に思ったシャリアが城主アランに尋ねる。
家屋の灯はロウソクではなく魔道具を使う方が安くて安全なハズ。
ロウソクはバカみたいに高いけれど、魔道具の燃料になる魔石ならダンジョンでいくらでも取れるからだ。
「時間に制限がある方が集中出来るんですよ」
「そういうものですか・・・」
「では、御使い様をお部屋にご案内した後、姫様方もお休みください」
「そうね、そうするわ」
聖人クロス様の部屋の位置が判っていないと、何かあった時に困るしね。
「朝になったら起こしに参りますね」
「ワカリマシタ」
私達は聖人クロス様を部屋まで送ると、使用人に案内されて別の客間へと案内された。
3階にある最上級の客間が聖人様の部屋で、私達は2階にある一般の客間らしい。
「この国の王女が一般の客間ですか・・・」
「私達は聖人クロス様の護衛なんだから、それでいいのよ」
シャリアは不満そうにしているけれど、私は特に気にしていない。
それに、聖人様と同等の部屋を使うのは申し訳ないしね。
「姫、明日は馬車に乗りますか? それとも馬で?」
馬の方が気楽だけれど、聖人クロス様とゆっくり話が出来る方が良いに決まっている。
「馬車にするわ。私の馬は空馬のままシャリアが引いて移動しておいて」
「はい」
「いつでも乗れる様に鞍は付けておくのよ」
私の愛馬を置いて行く訳にもいかないし、イザとなったら動ける様にはしておきたい。
「分かりました」
「それじゃあ、朝に起こしに来てね」
「はい、おやすみなさい」
部屋の中はロウソクの明かりが灯されていた。
シャリアが去った後、扉を閉めてカギを掛けると、服を脱いでテーブルに置かれたタオルを水瓶に浸して体を拭いた。
体を拭くための用意があるのは、外からやって来た人を持て成す時の常識だ。
魔術具で沸かしたお湯を張ったバスタブが恋しいけれど、出先でそんな無防備になる様な危険なマネは出来ない。
明日は聖人クロス様と馬車の中で二人きりとなるんだし、念入りに拭いておこう・・・
体を拭き終わると自前のランタンの魔術具を荷物から取り出し、剣と共にサイドチェストに並べた。
ブーツを脱ぐと、乗馬服のベルトを緩めるだけで服は着たままでベッドへ横になる。
聖人様の護衛も兼ねているのに、すぐに起きれない恰好で寝る訳にもいかないしね・・・
ロウソクの火を消すと疲れていたのか、私はすぐに意識を手放した。
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