第2話 御使い様

「ああ、楽しみだわ」

そう言いながら、私は周囲の景色を見渡した。

「マリオン姫、その言葉は本日9回目ですよ」

私の呟いた言葉に対して、呆れた顔で返事を返してくるのは私の専属武官であるシャリアだ。

「だって、約100年ぶりに私達のリンクス王国に御使い様が降臨なさるのよ? 楽しみじゃないって方がどうかしてるわ」

「それはそうですが・・・我が国の占星術師がちゃんと日食が起こる日付を的中させるとは限りませんよ?」

そう言われれば返す言葉は無い。

前回の日食は我が国の占星術師の星読みには無かった為に、国中が大騒ぎになったなんて事があったからだ。

「でもでも、今回は教会による神託も出てるし確実なハズよ」

占星術による星読みの計算に間違いはあっても、教会に下った神託に間違いが起こる事とは思えない。

現に教会の出す神託は何百年もの間、ハズレる事が無かったのだし。

「しかし、神託の内容は『上黄の年、蝕起こりし時、リンクスの地に異世界より御使い降臨せり』ですよ? 日食の星読みが間違っていた場合、今日は何も起こらない可能性もあります」

どうやらシャリアは占星術師の星読みを疑っているらしい。

「・・・うーん、それはそうだけど。前回の日食を外した事で占星術師も代替わりしたし、今度は大丈夫よ」

「だといいんですが・・・」

そう言ってため息をつくと、シャリアは黒いガラス板を目の前に翳した。

黒いガラスを通して太陽神様に影が落ちるかどうかを確認する為。

このガラス無しで太陽神様のお姿を直接見ようとしてしまうと、不敬の罪で神罰が下り目が潰れると言われているからだ。

私達が立っているのは、小高い丘に設けられた木組みの監視塔の上。

周囲を見渡せる監視塔の上には私達の他に、太陽神様を観察する占星術師達と測量の技師が登っています。

測量の技師がここにいるのは、神託の通りに御使い様が降臨なさった場合に方角と距離を測定して私達に教える役目があるからだ。

御使い様は完全な日食が起こった時に、それが観測できる国へと降臨されるのがこの世界の慣例となっているからです。

なので、腕の良い占星術師がいれば、何時世界中のどの国に御使い様が降臨するかが解ると言われています。

けど、残念ながら我が国の占星術師の腕は未熟で、彼らの予測は間違う事の方が多い。

でも、今回は違います。

教会の神託が御使い様の我が国への降臨を予言し、占星術師の予測と一致しているからです。

我がリンクス王国に先代の御使い様が降臨したのは、今からおおよそ100年前。

先々代の王の招きに応じて国の運営に携わり、今のこの国の細かな制度を作り上げ、この国の発展に寄与したと聞いています。

そんな事もあって、我がリンクス王国に御使い様が降臨される順番がやって来たのですから、国を挙げてお迎えする準備を整える事になったのです。

ですが、困った事に教会の神託も"リンクス国内"とあっただけで、国内の地名までは明言されてはいません。

世界各国の過去の資料や伝承等によると、御使い様の降臨は10Km離れた場所からでも判るとされています。

そこで、私達は国のあちこちに見張り台を建て、降臨を観測する事にしました。

御使い様の降臨現象を確認したら、その場所を測定して割り出してその場所へと駆け付ける為です。

その為、私達王族は国のあちこちへと散らばって、各自が見張り台で待機しています。

降臨した御使い様を国にお招きするのは王族の役目であるので、他の者に任せる訳にはいきません。

王城周辺の中央部であれば、城で待機している国王である父上が、北部地域であれば姉様が、南部地域は弟が、東部地域であれば私が駆け付ける事になっています。

私は先代の御使い様には会った事はありません。

性別は女性で、とても温厚な方だったと聞いています。

今回の御使い様はどんな方なのでしょう・・・

「姫・・・マリオン姫」

「なに?」

周囲の景色を眺めながら御使い様について考えに耽っていた私に向かって、シャリアは手に持っていた黒いガラス板を差し出した。

「日食が始まりました」

「!? ホントに!!」

私はシャリアから受け取った黒いガラス板を太陽に向かって掲げ、"不敬をお許しください"と軽く祈りながら太陽神様をガラス越しに覗き見る

すると、ガラス板に映った太陽の端が僅かに欠けている事に気が付いた。

来たわ・・・・来た来た来た!!

「姫、皆に指示を」

おっといけない、この担当地域のトップは私だったわ。

「総員、その場で待機よ! 周囲の異変に目を配って、日食が来るわ!!」

私が太陽を指さしながらそう言うと、隊の兵士達から歓声が上がった。

「「うぉぉぉー-」」

この国の国民である兵士達も自国への御使い様の降臨は嬉しいのでしょう。

目を細めて太陽神様を見上げながら、歓喜の声を上げています。

視線をガラス板越しの太陽に戻してみると、黒い部分の面積が徐々に増えて来るのが分かった。

明るかった世界がゆっくりとではあるが暗闇へと変わってゆきます。

ヒヒーーーン!!

突然の闇に動揺したのか、馬が嘶きの声を上げている様です。

隊の誰もが黙って太陽を見つめていると、とうとうその時がやって来ました。

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