グリフィスの傷/千早茜
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からだは傷みを忘れない──たとえ肌がなめらかさを取り戻そうとも。
「傷」をめぐる10の物語を通して「癒える」とは何かを問いかける切々とした疼きとふくよかな余韻に満ちた短編小説集。
(帯より)
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どの短編も素晴らしいのですが、私は特に、悪意と心身の傷について書かれていた『竜舌蘭』と『グリフィスの傷』がお気に入りです。今日は主に『竜舌蘭』の感想を書いていきたいと思います。
“高校二年生のときだった。私はある日、とつぜん教室に存在しなくなった。”──p11より
『竜舌蘭』の主人公〝私〟は突然クラスメイト全員から無視されるようになります。何が原因なのかぐるぐる考えてみますがわかりません。気にしないようにしても難しく、だんだん成績も落ちていきます。それでも、重い重い玄関の扉を開けて存在しないものとして扱われる教室へ毎日通います。ある日、竜舌蘭の棘で負った傷をきっかけにその日常に変化が訪れて──。というのが、この小説のあらすじです。
竜舌蘭の棘ってどんな感じなんだろう? と気になったので調べてみました。検索結果の写真を見る限り、これで肌を裂かれたら絶対に痛いだろうと思うくらいに鋭利でした。
しかし、〝私〟はこの鋭利な棘に太ももを裂かれた瞬間、異変を感じてはいるものの、痛がってはいません。血がだらだらと流れるほどの、傷が残るほどの怪我だったというのに。
当時の〝私〟にとっては、太ももの傷はなんでもないことであり、それよりも存在を消されることのほうがはるかに大きい苦痛だったのです。
“血くらいで、と思った。”──p16より
この小説がいいなと思った点は、〝私〟が竜舌蘭でできてしまった傷痕に対して、否定的な感情を持っていないことです。むしろ、痕になることを懸念している母親の前で〝私〟は「いいんです、痕になっても」と言ってのけます。
なぜ〝私〟は痕になってもいいと思ったのでしょうか。その答えは小説の中に書かれているので、ぜひ読んでみてください。
“ガラスはほんとうはとてもとても頑丈だけど、目に見えない傷がたくさんついていって、なにか衝撃を受けたときに割れてしまうものだって。あなたが割ったように見えるけれど、いままでの傷がつみ重なった結果だから気にしなくていいのって。そういう目に見えない傷のことをグリフィスの傷っていうんだって教えてくれた”──p115より
「グリフィスの傷」という言葉については表題作の中でこのように語られています。
心の傷はこのグリフィスの傷と同じように人の目には映りません。だから、
“人は驚くほど、人の痛みに無自覚”──p24より
になるのかもしれません。見えないから無いものとして、見ようとさえしていないから。『竜舌蘭』のクラスメイトたちのように。
言葉で傷付いたことがあります。言葉で人を傷付けたことも、あります。
言葉を吐くとき、その相手が自分と同じ生身の人間であるということを、自分の言葉ひとつで相手の心臓を抉ることもあるのだということを忘れてはいけないと思いました。
“みんな、皮膚の下に流れている赤を忘れて暮らしている。”──p24より
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