2話


 幽霊屋敷へのリベンジを試みた夜から三日が経った。

 

 あの日、屋敷から目が離せないでいた私たちを現実に引き戻したのは、巡回中の警察官が乗る自転車のブレーキ音だった。幸いすぐに逃げたおかげで補導されることもなく、深夜の無断外出が両親にバレることもなかった。

 中学時代よりも、いまのK市の方が移民問題などもあり治安は悪化している。警察官があの時間帯の人通りが少ない場所を巡回しているのは当然のことだ。


「俺たちが肝試し行くタイミングにばっかり被せなくても……」


 別に被せたくて被せているわけではないと敦史もわかってはいたが、そう愚痴らずにはいられなかったのだろう。むしろあの辺りは度胸試しで若者が集まりやすいこともあり、他の場所と比べて巡回が多いと考えた方が納得がいく。

 正直私としては内心ホッとしていた。あそこに足を踏み入れずに済んだのだから。肝試しは失敗に終わったが、久々に友人と会えた。これだけで良い息抜きになったと。

 

 敦史からライングループの招待が来たのは、テレビのチャンネル権を父親に奪われた夜八時くらいのことだった。


「リベンジのリベンジを決行する」


 そんなメッセージの後に送られてきた最近流行りのミニキャラのスタンプが、とても憎たらしく見えた。


 グループ招待から二日経った日の夜、体調が優れないから横になると両親に言うと、私は再び家を抜け出そうとした。今日は扉を開けても、敦史はいない。背中に感じる家の空気感と、閉鎖的であると同時に守られているような温もりに後ろ髪を引かれたが、約束を思い出し家を出る。私は車の横に止めてある自転車の鍵を、なるべく音を立てないように解錠した。

 

 国道沿いのファミレスの駐輪場に自転車を止める。時刻は十九時過ぎ。まだ補導されるような時間ではないし、外から見る店内には家族連れはもちろん、同年代の人たちも多い。

 店内に入り店員を待つも、夕飯時のこの時間はファミレスにとってはまさに戦場。早々に待つことをやめ、私は店の奥へと向かった。駐輪場からは見えなかったその席に、見知った友人たちが座り山盛りポテトフライをつまんでいた。どうやら私が最後だったようだ。

 古藤由亞ことうゆあ。当時クラスで一番仲の良かった友達。当時は私よりも地味だったが二重整形をしたようで、驚くほどに垢抜けていた。インスタでダウンタイムがどうとかぼやいていた気がする。

 相澤肇あいざわはじめ。敦史と同じサッカー部だった。と言っても部活はサボり気味だったようで、当時は音楽にハマり歌手を目指していたらしい。高校に入ってからの夢はプロゲーマーだと聞いたが、おそらくその夢もすぐに変わるだろう。中途半端だけど、悪いやつではない。スポーツメーカーのダウンが、濃い顔によく似合っていた。

 津田翔太つだしょうた。所謂陰キャグループに属していたが、その中ではコミュ力が高い方で、敦史や肇とは好きな漫画が同じで意気投合していたのを覚えている。私の記憶が確かならば、幽霊屋敷に一番詳しかったのが彼だった。エンタメ全般が好きだが、特にホラーには高い熱量を持っているらしい。天然パーマと出っ歯が特徴的だ。


「久しぶり」


 気まずそうに私が言うと、ポテトについてきたケチャップとマヨネーズを混ぜ合わせながら肇が口を開き、由亞もそれに続く。


「飯食った? 俺たちまだだから揃ったら頼もうかって話しててさ」

「店員になんか言われそうだったから、とりあえずポテトだけは頼んだけどね〜」

 

 気の抜けた二人のやりとりに胸を撫で下ろし席に着くと、安堵と同時に空腹感がやってきた。


「体調悪いって嘘ついて出てきたからお腹空っぽ……メニュー見して!」

「どうだった、幽霊屋敷?」

 

 突然津田がぶち込んできたせいで、メニューを取ろうとしてくれていた敦史の手が止まる。


「それ、今すぐじゃないとできない話じゃないだろ?」

「いやいや、そのために集まったわけでしょ? それなら–––」

「だからなにもなかったって。警察がいたから逃げた。それだけ」

「こういうのは双方の話を聞かないと言質が取れないだろ?」

 

 こんなに鬱陶しいやつだったか? と思いながらも、喧嘩をする気も隠していることもないので答えた。敦史が言った『それだけ』を一字一句同じように。


「ふーん」

「津田、あんたもしかして二人が付き合ってるとかって思ったの?」

「はぁ!? そんなこと気にしてないよ! ほら早くメニュー!」

 

 由亞の指摘が図星だったのか、津田は誰よりもメニュー表を熟読していた。別に津田が私に特別な好意を抱いているとかではない。敦史と出かけたのが由亞でも、由亞と肇、私と肇という組み合わせでも同じようなことになっていただろう。津田は友人と呼べる女子のことはみんな等しく『ちょっと好き。ワンチャン付き合いたい』なのだ。だから女友達全てが恋愛対象であり嫉妬の対象だ。昔はキモいと思っていたが、いまは五人の中で一番見た目が変わらない津田を見て、少し安心していた。

 注文を済ませ料理が来るまでの間、他愛のない近況報告に花を咲かせながら、当時のことを思い出していた。


※ ※


 体育祭の打ち上げの帰り、家の方向が同じだった私たちはなんとなくまだ帰りたくなくて、公園で駄弁っていた。物音がする度にヤンキーか警察かと怯えながらも笑い、声を荒げないようにだらだらと。


「そういえば、あそこの幽霊屋敷って行ったことある?」

 

 肇が誰に言うでもなく、それを話題にした。

 みんな近所ということもあり、幽霊屋敷がどの家を指しているのかはすぐにわかった。


「前は何度も通ったことあるけど、そもそも入れるの? 鍵とか」

 

 そう私が聞くと肇は誇らしそうに言った。


「俺の兄貴が友達と行ったって!」

「肇の兄ちゃんすぐ話し盛るじゃん。喧嘩で三対一に勝ったとか、原宿でスカウトされたけど断ったとか」

「お前やめろよ!」

 

 敦史と肇がじゃれあっている中、少し不安そうに由亞が口を開く。


「あそこって、なんで幽霊屋敷って言われてるの?」

「殺人があったんだよ」

 

 津田の言葉で、空気が変わった気がした。


「子供の死体が見つかったって話だよ。その頃にはもう空き家で、どんな人が住んでたかは誰もわかんないんだ。でも」

 

 まるで怪談でも話すかのように、津田はもったいぶった溜めを作る。


「二階の窓から女が外を見てたって。噂では、その子供の母親が犯人を探してるんじゃないかって」

 

 満足げに話す津田に引いている私と由亞を他所に、敦史と肇は目を輝かせながら津田の知識に齧り付いていた。津田の話は幽霊屋敷からだんだんと逸れ、『ホラーとは』のようなうんちく披露に変わり、最終的には「最近のホラー映画は説明台詞が」とか「ジャンプスケアもさ〜」とか、何語かわからない話に帰結し、一通り知識をひけらかし悦に浸った津田を男子どもが褒め称えると


「いまから行ってみようぜ」

 

 肇がそう切り出した。正直私と由亞はそうなるような気がしてたし、一度盛り上がってしまった男子たちの熱を下げるのもなんだか空気の読めない行動な気がして、場をしらけさせたくないという気持ちだけで着いていった。

 結果は全員補導。しらけさせたのが国家権力なら誰も文句は言えないなと、親からのお説教を頭に受けながら私は思った。


※ ※


 若鶏のグリルのソースが、一緒に盛られたサラダに侵食している。こうなるとあまり食べたいとは思わない。料理から視線を移し、敦史に『リベンジのリベンジ』について話を聞いた。

 単純で予想の範囲内。敦史がこの間の一件を肇と津田に共有し、中学時代同様テンションの上がった三人が由亞にも声をかけた。しかし、由亞が来たのは正直意外だった。あの時私と一緒に男子を冷ややかな目で見ていたからだ。


「うーん、怖いけどバズるかもじゃん?」

 

 いまの由亞の中では、恐怖よりも承認欲求らしい。


「俺たちは行くけど、どうする?」

 

 あの日の幽霊屋敷が、脳裏をかすめる。同時に怠惰に過ごす私の姿も。学生らしい、普通の女子高生らしい長期休暇を過ごせているだろうか? この前の恐怖感も、肝試しの醍醐味だからこその感情だと、そう思うようにした。みんなとこうしていると中学時代に戻ったような気がしたし、いまの私はこの時間が続いて欲しいと望んでいる。

 みんなでファミレスを出たのは二十時半頃だった。自転車で並走しながら敦史が言う。


「無理すんなよ」

「全然余裕だし」

 

 ニヤつきながら私が答えると、他のみんなも微笑みながら並走してきた。その光景はまるで、出来の悪いジュブナイル映画のようだった。

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