第34話 昔の話

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「お二人がここへいらしたってことは、警察は今度の深山さんの事件も同一犯の犯行だと思ってるってことですよね?」

 廊下を歩きながら、さわこは上目遣いで隣にいる二人の刑事を見上げて微笑む。


「おいおい、君はまだこの事件に興味を持っているのかい?」湯浅刑事があきれたように言った。

「いけませんか?」

「中臣さん、まあ、事件に興味を持つのは勝手だが、犯人はまだ確保されていない。おまけにこの学校の近所で、この学校の生徒が犠牲になっているんだ。近いからって、この前みたいに犯行現場を見に行こう、なんて考えるんじゃないぞ」田口刑事が懲りた様子のないさわこをたしなめた。


「大丈夫です。さっき顧問の先生からも余計なことに首を突っ込むんじゃない、って注意されたばかりなんで」

「そうかい、まあその通りだ。・・・えっと、誰だっけ?」

「ケタロウくんです! 田口刑事」さわこが茶々を入れた。

「おい、コラ!」


――刑事のくせに、人の名前くらいちゃんと覚えておいてくれよ


「今日はこの学校で起きた切り裂き魔の件も、先生方からお聞きになったんですか?」懲りないさわこが訊いた。

「そんなことまで知ってるのかい?」弱ったな、といった表情で湯浅刑事が訊き返した。

「はい。私たちトデン研でその件を調べていたので」


「トデン研?」耳慣れない言葉に二人とも怪訝な顔をした。

「ああ、都市伝説研究部の略称です」俺が補足した。


「ほう。最近は妙な部活があるんだな」田口刑事が言うと、

「まっ、我々は体育会系ですからねぇ。文化系の部活なら何でも有りなんじゃないですか」湯浅刑事が答えた。


「その話もさっき校長先生から参考までに伺ったよ。確かに制服に残った傷跡が十字状だったり、今回の事件との類似点がいくつかある。それに何者かに襲われた後、出血が多くて病院に運ばれた生徒が複数名いるということもね」

「もっと早く被害届を出して欲しかったと、先生たちには苦言を呈しておいたがね。でないと、我々は動けないからね」田口刑事の表情が硬くなった。


「私たち、見たんです。その犯人を!」

「おおい!」

 そう言ったさわこを止めようと、彼女の腕を掴んだ俺の手を振り解いて言う。


「その人たちを襲った犯人は、物の怪です!!」


「はっ、何を言い出すかと思ったら。あのね、いいかい中臣さん、警察っていうのは・・・」言い掛けた湯浅刑事を、田口刑事が制した。

「君は確か、冴子さん、宜野湾冴子さんのお孫さんだと言ったね?」

「はい」

「そうか…。十六年前の事件の時、君のお婆様も同じことを言っていたよ」

「おばあちゃんが?」




 田口刑事が少し話をしたいと言うので、俺たちは中庭近くのラウンジに移動した。部屋の隅にある自動販売機で、湯浅刑事が缶コーヒーやミルクティーを買って来てテーブルに置いた。

「お好きなのをどうぞ」


 俺が大好きなミルクティーを取ろうとすると、「ありがとうございます」と言いながらさわこがサッと先に手を伸ばした。

「お前なあ、俺がそれ好きなの知ってるくせに、わざとだろ」

「そうだっけ」とぼけた笑顔で、両手で缶を持ち、横目で俺を見た。

「たく…」仕方なくレモンティーを手に取った。

「アハハハ、相変わらず、君らはほんと仲がいいね」湯浅刑事が笑った。



「ところで、中臣さん。君はなぜその『切り裂き魔事件』?の犯人が物の怪だと思うんだい?」田口刑事が少々険しい顔になって尋ねた。


「はい。私たち、見たんです、妖怪を。そこの中庭で」そう言って、真顔に戻ったさわこが、窓の向こうに見える中庭の方を見遣った。

「ねっ、野原くん」

「えっ⁉ ああ、いや、うん…。まあ、お二人に信じてもらえるとは思いませんけど」

 どう話したらよいものか、俺も困ってしまった。

 二人の刑事は顔を見合わせ渋い顔をしている。


「その妖怪ってのを、野原くんも見たのかい?」湯浅刑事が先に切り出した。

「は、はい…」


「う~ん、確かに、この学校で起きたその事件と、今我々が担当している事件の類似性は認めるよ。それにこの二つの事件の犯行に、人間離れしている点があるのも事実だ。だけどね、その理由が妖怪ってのはちょっと」  

「湯浅、まあ何でもそう頭ごなしに決めつけるもんでもないさ」

「は、はあ…」湯浅刑事がやや不満の色を浮かべた。


「ところで、今回の二つの事件について、お婆さま、冴子さんはなんておっしゃっているか、訊いたことは?」

「いいえ…。――おばあちゃんは、祖母は亡くなりました。四年前に…」さわこが伏し目がちに答えた。

「なんだって⁉ そうか、それはすまなかったね」

 田口刑事は申し訳なさそうな顔をして、一瞬斜め上を見上げると、思い出すように話し出した。


「十六年前の事件の時、霊能力で犯人を捜しあてる、というテレビの企画があってね、当時有名だった何人かの霊能力者が集められた。その中に宜野湾冴子、君のお婆さんもいた。その時彼女は五十歳後半だったろうと思うけど、そうは見えない、とても美しい人だったよ。――そうだな、あの時の彼女を若くすれば、きっと今の君にそっくりだっただろうなぁ」

 田口刑事は懐かしそうにさわこを見て微笑んだ。


 それには俺も同意する。確かに右目の下のホクロ以外はそっくりだと思う。


「それはともかく、あの時集まった連中は、みんな好き勝手にいろんなことを言っていたよ。やれ、幽霊の仕業だ、いや、宇宙人だってね。挙句の果ては血を吸うUMA、未確認の生物が犯人だとかね。そんな中で唯一まともだったのは、宜野湾冴子だった」田口刑事は手にした缶コーヒーを一口すすって続けた。 


「彼女は、犯人は物の怪、つまり妖怪を操る人間だと言った。それを聞いて最初、俺たちはやっぱりこの人も他の連中と一緒で、あてにならないと思ったよ。――ところがだ。第二の犯行が起きた時、被害者がまだ発見される前に、彼女はマスコミにではなく、まず真っ先に我々に犯行現場を知らせてきたんだ。まさかとは思ったが彼女の言った場所を調べると、そこにバラバラにされた遺体が放置されていた」

「ごみ箱には捨てられてはいなかった?」

「ああそうだ。今回の事件同様、周辺に散らばっていた」


「それでもまだおばあちゃんをインチキだと?」

「いやいや、大慌てで連絡をして会いに行ったよ、冴子さんに」


「でも、犯人は見つからなかった、って聞きましたけど」

「ああ。その通りだ。だけど、彼女にはわかっていたらしいんだ。その…、犯人についても」


「ちょっ、ちょっと待ってください、田口さん。初めて聞きましたよ、そんな話。あのヤマは御宮入りだって…」湯浅刑事が気色ばんだ。

「ああ、そうだ。もちろん公式には犯人は捕まっていない。未解決事件だ」


「どういうことですか?」

「うむ。――彼女が、冴子さんが言うには、犯人は子供だと。正確にはその子どもが使役する『もののけ』だ、と」

「子供? ですか…。ほんとうに? あんな残忍な犯行が。そんな馬鹿な話」湯浅刑事は信じられない、といった顔をしている。


「ああ、俺だって未だに完全に信じている訳じゃない。ただその時、子供に取り憑いていた『もののけ』は、自分が祓ったから、もう同じような事件は起こらないはずだと言われた。そして、事実その後、同様の事件は二度と起こらなかった。二か月前に、あの事件が起きるまではな」


「その子供っていうのはどうなったんですか? 訊かなかったんですか、おばあちゃんに」

「もちろん、訊いたさ。ただ、教えてもらえなかった。どこの誰とも。ただ、身寄りのないかわいそうな子で、今はとある施設にいるから、そっとしておいてはくれまいかと」


「そんな、じゃあ、捜さないと! その子供、ああいや、もう大人になってるか。そいつが今回の事件の犯人かも」

「馬鹿野郎、そんな何の根拠もない、雲を掴むような話に、警察が人員を割けると思うか! 彼女の話が嘘か本当かもわからない。もし本当だとして、子供というだけで、正確な年齢も、顔も名前も、性別すらわからないんだぞ」

「それは…」完全な勇み足に、湯浅刑事が気まずそうに口ごもる。



「あれからもずっと気にはなっていたんだ。だから今回の事件が起きた時から、もう一度彼女に会って、話を聞いてみたいと思っていた。――今日またここで君に会ったのも、何かの縁かと思ったんだが。・・・けど、亡くなっていたとは…。本当に、残念だ。いろいろな意味でね」

 そう言って立ち上がった田口刑事は、空になったテーブルの上のコーヒーの缶を掴んだ。


「まあ、とにかく、君たちはこれ以上この件を詮索したりしないことだ。――それじゃ、われわれはこれで。行くぞ、湯浅」  

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ポンコツなんて言わせない!「もののけハンター」さわこさん ながいやすみ @yasumiN1

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