第33話 発覚
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深山麻里子の事件は、発見当日の夕方には今までの連続バラバラ殺人事件との関連を示唆する形で第一報が報じられた。
しかし、今回は被害者が今までの二人と違って未成年の高校生であること、同じ日に有名芸能人同士の婚約発表や、大物政治家の不倫疑惑の発覚など、大きなニュースが連続したためか、メディアの扱いは意外なほど小さかった。
連休明けの月曜日、朝から一時間目の授業は中止され、全校生徒が体育館に集められた。
まずは校長先生から彼女に対するお悔やみと、事件の大まかな経緯の説明、夜には緊急の保護者会が予定されていること等、今後の学校としての対応について話があった。
しかし現時点では、その話の内容から、学校側もすでに報道されている以上のことはわかっていないようだった。
続いて戸田先生からはマスコミの取材に対する対応などに関する注意と、そして何よりも犯人がまだ捕まっておらず、この事件が連続して起きているらしいことから、登下校時を含め十分注意するよう指示があった。
先生方が生徒の動揺を鎮めるために心を砕く様子は、俺たちにも十分伝わってきたが、それでも彼女と親しかった生徒の中には、途中で泣き崩れる者が何人もいたのは無理からぬことだった。
その日の放課後、山田先生は俺たちトデン研のメンバーを部室に集め、こうなった以上、深山麻里子のことを含め、例の切り裂き魔の件について、俺たちが調べたり、関わったりすることを今後一切禁止にした。
「しかし、先生、これまでの切り裂き魔の件と、今回の深山さんの事件が関係するのかどうか、調査が必要なのではないですか?」黒子先輩が異を唱えた。
「その必要はない。校内で起った一連の騒動も、今日この後警察に全て話す予定だ。以前話のあった校内の防犯カメラの設置も決定した。従って、今更お前らの出番はない」
淡々と山田先生が説明した。
「けど、先生。先日の中庭の一件からして、切り裂き魔の犯人はカマイタチである可能性が…」
「まぁーだそんなこと言ってんのかぁ、橋野~。・・・妖怪なんて。――んな話、警察に言ったって信じる訳ねえだろが」
「そ、それは…」
当然のことながら、自分自身も妖怪を見たことのない橋野先輩には、反論することが出来ない。
「部活動として、不思議な話や都市伝説を調べたり、研究したりするのはいい、しかし、今現在起きている連続殺人事件を調査するなんぞ、許可できるかぁ! しかも、犯人は未だ捕まっていないときてる。そんな危険なことに関わるんじゃない。いいか、これは警察の管轄だ。餅は餅屋に任せとけ、ってんだ!」
「ですが、このままでは…」なおも黒子先輩が言い掛けると、
「やっかましい‼」
珍しく山田先生が真剣な表情で声を荒げ、俺たちを睨みつけた。
「もし、余計なことに首を突っ込んで、お前たちに何かあったらどうするんだ!!」
「・・・・・・」
先生のあまりの剣幕に、俺たちは何も言えなかった。
「もしもまた、それで可愛い教え子たちが傷ついたりしたら…。――深山にしたって、私たち大人がもっと早く手を打っていれば、こんなことにはならなかったかも知れない。それを思うと、悔しくてたまらない…」先生は苦しげに俯いて唇を噛みしめた。
「万が一、これ以上何かあったら…。――頼むから、私たちを悲しませるようなことだけは、どうかしないでくれ…」先生の目には薄っすら涙が浮かんでいた。
その後、俺たちはこれ以上切り裂き魔の件はもちろん、殺人事件に関する調査などは、一切行わないことを山田先生と約束した。
そうして、とにかく今までの出来事を差し障りのない形で、トデン研の活動報告として、一斉部会に間に合うようにまとめよう、ということで意見が一致した。
「なんだかスッキリしないね…」
部室を後にして、生徒玄関へ向かう途中、さわこがポツリとつぶやいた。
「まあ、仕方ないさ。山田先生の言う通り、どう考えても、これはやっぱり警察の仕事だよ」
ぼんやり前を見つめながら俺が言った。
「そうかしら…」不意にさわこが立ち止まって俺を見た。
「なにが言いたい?」
そう言って俺も立ち止まった。
「もし、おばあちゃんが生きていたら、この件をこのまま見過ごしにしたりしないってことよ」
そう言ってまた前を向いて歩き出す。
「お前なあ、まだそんなこと…」後ろから追いかけるように言った。
「だって、普通の殺人事件じゃないんだよ。物の怪が関わってるんだよ。おばあちゃんなら、物の怪のせいで困ったり、苦しんだりしている人を絶対に見殺しになんてしない」
さわこは一瞬チラリとこちらを振り返って続けた。
「自分が犯人を見つけたいとか、深山さんの仇を討ちたいとか、そんな単純なことじゃなくて、今こうしている間にも、誰かが狙われていたり、ううん、襲われたりしているかもしれないんだよ。もしも私が本当にもののけハンターを継ぐつもりがあるのなら、このまま見過ごしにしちゃいけないって、おばあちゃんならきっと言うはず」
「そんなことないさ、冴子の婆さんだって、かわいい孫のお前を、そんな危険な目に合わせたくないって思っているさ」
隣に追いついた俺が、さわこを諭すように言う。
「そうかな。だけど…、野原くんだって、本当はあの時の
「それは…」
確かに。たぶん、それは黒子先輩も美穂も、きっと思っていたことだろう。
俺たちが部室棟から本校舎へ入り、校長室の前を通りかかった時、目の前でちょうどドアが開いて、中から人が出てきた。
それを見たさわこが思わず叫んだ。
「田口刑事、湯浅刑事!」
さわこの声に、二人の刑事が同時にこちらを向いた。
「やあ、君達…。――そうか、君らこの学校の生徒だったのか」
湯浅刑事がすぐに俺たちだと気が付き笑顔で言った。
「ああ、この間の・・・」田口刑事も思い出したようだ。
「先日はどうもすみませんでした」歩み寄ったさわこが丁寧にお辞儀をした。
「ど、どうも・・・」
俺も軽く二人に向って会釈した。
「いやいや、こちらこそデートの最中に勘違いして悪かったね」湯浅刑事が冗談ぽっく笑いながら言った。
「そ、そんな、デートだなんて、ち、違いますよ」慌てて否定した。
「ん? そうかい」湯浅刑事がおどけたような顔で言う。
「違ったの?」
俺の言葉に、あの時のことを思い出したのか、さわこはなんだか不満そうな顔をしてこちらを見た。
「えっ?」
――どういうこと?
「き、君らはこの間のトデン研の・・・。中臣さん、ま、まさか君たち、今度は警察にまでご迷惑をお掛けしたんじゃあるまいねぇ」
二人を玄関まで送ろうと、一緒に校長室から出てきた副校長の宝田先生が、おろおろしながら言った。
「ああ、いやいや、先日ちょっとした勘違いがありましてね。別に二人が何か悪いことをした訳じゃありませよ、ご心配なく」田口刑事が笑顔で説明した。
「そ、そうですか・・・」宝田先生がホッとしたように言った。
「あっ、それより副校長先生、刑事さんたちを玄関までお見送りするところだったんですか? だったら、私たちが玄関までご案内しますよ」にっこりと笑ったさわこが言った。
「あ、いやそれは…」宝田先生は口ごもって少し戸惑っている。
「大丈夫です。私たち、ちょうど帰るところですし」もう一押し、とさわこが元気よく答える。
――なんだよこいつ。また何か刑事さん達から情報を聞き出すつもりか?
「先生、お忙しいでしょうし、見送りなど、本当にお気遣いなく。二人もそう言ってくれてますし、ここで結構ですよ」田口刑事が言った。
「そ、そうですか、で、では私はここで」宝田先生が二人にお辞儀をした。
さわこはしてやったり、といった顔をしている。
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