第30話 窮奇
30
連休明けの月曜日。月も替わって五月になった。
ゴールデンウイーク合間のこの日、授業は組まれておらず、生徒総会と全校集会、その後各クラスでのLHRのみで午前中で放課となる。
朝から全校生徒が体育館に集まり行われた生徒総会では、会長の岸野亜弥をはじめ、副会長の大野真人ら生徒会のメンバー達は、そつなく多くの議題をこなし、総会はほぼ時間通り滞りなく終了した。
そして、自分の知っている、以前の安藤亜弥とは全く違う、溌溂とした今の彼女、岸野亜弥の活躍する姿に、改めて俺は感動した。
ちなみに明日は芸術鑑賞教室で、大型連休明けまで教科の授業はない。入学間もない俺たち新入生にとっては、当初の緊張感から解き放され、ようやく一息つけるという訳だ。
「よーし、お前ら、当番が掃除すっから、机を下げてから帰れよー!」
LHR終了の挨拶の後、山田先生が叫び、皆がガーガーと一斉に机を後ろに下げ始める。
机を下げて、スクールバッグを担いでいる俺に近づいて来た山田先生が小声で言った。
「野原、中臣、掃除の監督が終わったら、例のモノを持って、後で部室に行く。黒子達にも言っとけ」
「あ、はい。よろしくお願いします」軽く会釈した。
「おう、任せとけ。じゃ後でな」
後ろの黒板にあった黒板消しを両手に持って、また前へと戻って行く。
「例のモノ?」さわこが首を傾げる。
「ああ、お前、あん時いなかったっけ」廊下へ出て、部室に向かいながら説明した。
「この前、中庭で妖怪が結界を張った時、奴らの近くに、知らない女子生徒がいたろ?」
「ああ…」思い出したようにつぶやいた。
「あの人が物の怪と関係があって、何か知ってるんじゃないかってことになって、話を聞いてみようと思ったんだけど、俺たち、誰もその人のこと知らなかったから、先生に頼んで生徒の顔写真の一覧を特別に見せてもらうことになったんだ」
「なるほど。一口にこの学校の生徒と言ったって、千人近くいるもんね。闇雲に捜してもってことね」
「そういうこと」
俺たちがトデン研の部室に入って行くと、黒子先輩たちはもうすでに集まっていて、三人で何やら古めかしい本を覗き込んでいる。
「ほら、こいつだよ」そう言いながら黒子先輩が本の挿絵を指差した。
「あっ! ほんとだ、似てる」美穂が声を上げた。
「奴らを見た時、何か見覚えがあるような気がしていたんだ」
「確かに似ていますねえ」橋野先輩も頷く。
「はしのッチって、物の怪見てないんでしょ?」黒子先輩と顔を見合わせた美穂が突っ込む。
「ああ、そうでした」照れ笑いをしながら頭を掻く。
「なに調子乗ってんのよ」
「おいおい、美穂、先輩に向ってそんな言い方ないだろう」黒子先輩が諫めた。
「だって・・・」
「ああ、いいんですよ、黒子君。僕は美穂さんになら何言われても」
橋野先輩は何とも言えない照れ笑いのような表情で言った。
「なに、それ、キモ!」即座に美穂が反応した。
「ああ…、妹にもよく言われます」
にやける橋野先輩を見て、美穂が心底嫌そうな顔をした。
「皆さん、何見てるんですか?」三人に歩み寄りながらさわこが問い掛けた。
「ああ、中臣さん、野原くん。これは
テーブルにその本を広げ、見入っていた黒子先輩が顔を上げてこちらを見た。
「せきえん?」さわこがオウム返しに訊いた。
「鳥山石燕ですよ。知りませんか? K先生の有名なミステリー小説に登場する、古書肆にして名探偵なる人物の愛読書です」橋野先輩が説明してくれた。
「知ってる? 野原くん」
「さあ」当然、普段漫画くらいしか読まない俺なんかが知るわけもない。
「あれっ、この本、ウチにもあったような気がする」
さわこがテーブルの上の細い糸で綴じられた、古びた和紙の和本を覗き込んで言った。
「ほんとうですか? これはうちの家にあった、江戸時代に出された百鬼夜行の原本ですよ」
「うん、確かこれだと思う。おばあちゃんが時々見ていたから覚えてる」
そう言って、両手が鎌の渦巻き状の鼠のような絵を指さした。
「ほら、この変な渦巻きみたいなねずみの絵、見覚えがあるもん」
「やっぱりそうですか。僕たちも今、この絵の妖怪がこの間の奴に似ているって、話していたところだったんですよ」
黒子先輩が俺の反対側にさわこの隣に回り込んで、一緒に本を覗き込む。それを見た美穂の表情が一瞬きつくなった。
「ほら、よく見てください。この両手の鎌の部分とか」
「えっ? この絵が? あの時のアレに似てる?」戸惑うような言葉がさわこの口から漏れた。
「ああー、見てないんじゃないのかなぁー、あの時。もののけが怖くて」
みんなに聞こえるよう大きな声で俺がつぶやいた。
「うるさいわね!」
それを聞いたさわこが怒って、隣にいた俺の脇腹を肘で突いた。
「イテっ…」思わず脇腹を押えて顔を顰めた。
「か・ま・い・た・ち(窮奇)・・・」
視線を本に戻したさわこが、挿絵の横の文字を読み上げた。
「あのお笑いの?」
俺のボケに、本を覗き込んでいたさわこが顔を上げ、黙って俺の頬をむぎゅっと摘まんで引っ張った。
「イテテテ、おい、ひゃめろ!」
「あの物の怪が、かまいたち!」さわこが視線を本の挿絵に戻した。
「まさに、この絵にそっくりですよね」黒子先輩も同じく本を覗き込む。
「ふうーん、そうか、絵は怖くないのか・・・」
「なによ、さっきから。いちいちうるさいわね」さわこがムッとして口を尖らせた。
「別に。なんでも」
「あんた、さっきから何やってんの」美穂が俺の腕を引っ張って耳元で言った。
「さあ…」自分でもなんであんなことばかり言ったのかよくわからない。
「中臣が
「なんだよ、大きなお世話だ。仲代さんこそいいのか」
「私は大丈夫。この間の一件で、私たち二人の絆は、これまで以上に、すっごく深まったんだから」
やや上を向いてうっとりした表情で言う。
「へえー、そう」
「何しろ
「ほー、それはそれは、よござんしたね」言いながら心の中で舌を出す。
「だ、だから、あ、あんなの、ちょっとした浮気みたいなもんよ。全然本気じゃないし、大丈夫なんだから」
しかし、そう言う美穂の声は、仲良く同じ本を覗き込む二人の様子を横目で窺いながら、とんでもなく動揺している。
「ちょっとした浮気ねえ・・・」
「そ、それより、あの時、ベンチをこちらに投げてよこしたの、あれ、あんたでしょ。一体どうやってあんなことしたの?」
「えっ? なーんのことかなぁ~」突然のことに、言いながら斜め上を見上げた。
――ここはすっとぼけるしかないよなぁ
「あんた、もしかして、なんか妙な技が使えるの? それともみんなが言ってるように・・・、そうか、あんたやっぱり妖怪なんだ!」
「なんでそうなるんだよ!!」
「よう! 待たせたな」
勢いよく部室のドアを開け、山田先生が入って来た。
「ほら、これ持って来てやったぞ!」アルバム状の冊子を三冊抱えている。
早速、みんなで手分けをして例の女子生徒を探し始めた。
「それにしても先生、生徒の顔写真と言っても、随分小さいんですね」確認作業をしながら美穂が言った。
「ん、あー、そうか? まあ、お前らの学生証の写真と同じものを、クラスごとに一枚の台紙に集めて貼っただけだからな」
「ああ、そうか。道理で」美穂が納得する。
「確かに、お前ら素人には写真が小さすぎて判別つかんかもしれねえなぁ。あたしらのようなベテラン教師にもなれば、これがあれば『あの時悪さして逃げた奴はコイツです』って一目で犯人の生徒に指をさせるぞ!」
「これって、そうやって使うためのもんなんですか?」顔を上げ、呆れたようにさわこが訊いた。
「まあ、そういう使い方もあるって話さ。それよりくろすぅ、ほんとにお前らの言う、その女子生徒があの切り裂き事件に関わっているのかぁ?」
「それはまだわかりません。でも、恐らく何らかの関係はあるかと思います」
「だから先生、とにかくその人を見つけて、まずは話を聞かないと、ってことです」例のごとく、橋野先輩が補足する。
「ん~、まあ、それで犯人が見つかって、事件が解決すれば、別にいいんだけどよ~。そうなればあたしの手柄にもなるし、昇給も間違いなしだな」
山田先生は、部室の奥の棚に飾ってあった、大きなグレイタイプの宇宙人のフィギュアを手に取って、腕を動かしたり、逆さにしたりしている。
「こんなモン備品で買えたのかぁ。よく予算通ったなあ」宇宙人のお尻に貼られている、備品の管理シールを見て言った。
「とにかく、早くしろよぉ~、あたしだって忙しいんだ。それに、職員室からそれを持ち出したのを他の先生に見つかってもヤバいんだよ」
「はい。もちろんです、先生!」橋野先輩が調子を合わせて答える。
「どう、野原、そっちは?」黒子先輩と二年の生徒を調べていた美穂が訊いた。
「う~ん、一年にはいないみたいだなあ」
「そうねえ。でも、もう一度見てみましょうか。写真が小さすぎてよくわからないし。見落としているかも」一緒に見ていたさわこが言った。
「そうだな、とても山田先生の言うようなわけにはいかないよ」
と、その時、黒子先輩が叫んだ。
「いた! この人だ」
黒子先輩の声に一同が集まり、二年E組の生徒達の写真を覗き込んだ。先輩が指さす先に、確かに見覚えのある女子生徒の顔があった。
その下には、「
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