第28話 ちょっとした誤解
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「お前ら何者だ! なぜさわこを襲った?」
「ご、誤解だ、いや、誤解していたのはこっちの方か、我々は警察だ」言いながら木の根元から男がよろよろと立ち上がった。
そのまま俺たち近づいて来ると、背広の内ポケットから警察手帳を取り出した。暗くてよく見えなかったが、縦に顔写真と階級章のようなものが確認できた。
「警察?」さわこがつぶやいた。
「何やら揉めていたようなので、ついそちらのお嬢さんが襲われているものと」
俺の口から思わず「はっ?」という言葉が漏れた。
「どうもその…」
「そちらの彼は見掛けも怪しかったので」二人の刑事が顔を見合わせた。
――なんだと⁉
見掛けが怪しいって、どういう意味だ。俺今学校の制服着てんぞ! ああ~もう、世の中の連中、みんながみんな、俺に対して失礼だな!
「とりあえず、ここじゃ何なので、向こうの少し明るいところまで出ましょう」もう一人の刑事が近寄って来て言った。
街灯のある舗装された道に出ると、まだそんなに遅い時間ではないはずだが、近くを通る人はほとんど誰もいなかった。
聞けば実は少し手前の東屋のある辺りから、事件後一時的にこの周辺は立ち入り禁止になっているそうだ。俺たちはその場所の少し前から、雑木林の中を分け入って来たために、それには気が付かなかったわけだ。
二人の刑事は近くにあったベンチに俺たちを座らせると、説教混じりに話し始めた。
「私は警視庁捜査一課の田口と言います。それからこちらは同じく…」
「湯浅です」軽く会釈するように頭を下げた。
田口と名乗った刑事は四十絡み、湯浅刑事の方はもう少し若く三十半ばといったところだろうか。
「それにしても君達、興味本位でこんな所に来ちゃ駄目じゃないか」
「はい…。すみませんでした」俺が素直に頭を下げると、
「あの、犯人はもう捕まったんでしょうか? 何か手掛かりとか、見つかってるんですか?」頭に浮かんでくる疑問を、何も考えずに次々とさわこが質問する。
――おいおい、これ以上こんなことに首突っ込むなよ!
「いや、犯人はまだ見つかっていない。だからこんな危険な所に来ちゃいけないよ。殺人現場を見てみたいとか、怖いもの見たさだったのかもしれんが、犯人は必ず犯行現場に戻る、っていうのを君たちも刑事物のドラマなんかで聞いた事あるだろう。あれは実際に結構あることなんだ」田口刑事が説明した。
「だから我々もですね、現場百回と言って、今日もこうやって、この場所に足を運んだりしているわけなんですよ」湯浅刑事が補足する。
「特にお嬢さん。あんたみたいな若い子が、万が一犯人に遭遇でもしたら大変なことになるかもしれないんだよ」脅かすような口調で田口刑事が言った。
「先月も別の場所で、同様の手口で若い女性が殺されているんだ」
「それって、同じ犯人の犯行なんですか?」ついつい俺も気になって訊いてしまった。
「それはまだわからんが、我々としてはその可能性は十分あると思っている。――まあとにかく、もうすっかり暗くなってしまったし、二人とも早く家に帰りなさい」
そう言うと、隣にいるもう一人の刑事に、
「湯浅、二人を出口まで送ってやってくれ。俺はもう少しだけ、この辺を調べてから署に戻る。お前はそのまま上がってもいいぞ」と指示した。
蒼白い街灯に照らされる道を先に歩いて、駅に一番近い公園の出口まで送ってくれている湯浅刑事に、さわこが尋ねた。
「あの、バラバラ殺人って、どこがどんなふうにバラバラだったんですか? 頭部は発見されてるんですか?」
「そんなことが知りたいのかい? 最近の若い女の子の考えていることはよくわからないなあ」振り返った湯浅刑事が笑いながら言った。
「そうでしょうか」さわこは少し不満気な表情を浮かべている。
「殺人現場を見たくて、わざわざあんな所まで来るなんて、君はホラー映画とかが好きなのかい? でも、現実はあんな軽々しいもんじゃない。実際はもっともっと陰惨なもんなんだよ」
「いやあ、実はこいつ、怖いものとか、まるっきりダメなんですよ、それなのに…」言い掛けた俺の尻を、隣にいたさわこが思い切りつねった。
「イッテぇ! 何すんだ」反射的に小さく跳び上がってさわこを見た。
「知らない! なにをまたバカなこと言ってんのよ」
さわこはふんっと、斜め上を向いた。
――もう、まったく、この見栄っ張りのポンコツが!
「アッハッハッ! 君達は仲がいいねえ。――まあ、こんなかわいい子が彼女だったら、君もさっきみたいに必死で守ってあげたくもなるよなぁ」
「あっ、いや、別にそんなんじゃ・・・」自分の顔が赤くなった気がして、思わず下を向いた。
「ハハ・・・。でも、君は凄く強いね、何か武術でもやってるの?」
――やばっ! いえいえ、あれは超能力なんです、なんて言える訳ないし、どうする?
「ああ・・・、いや、昔ちょっと死んだじいさんから合気道とか習ってたんで…」
「合気道? そうか、でもあんな技見たことないなあ。なんて流派だい?」
「えっ、それはちょっと、ちゃんと聞いたことないんで…。あれぇ、護身術だったかなあ…」
「野原くんって、棒高跳びの選手じゃなかったっけ?」さわこが口を挟んだ。
「ああん、何バカなこと言ってんだ、んなことある訳ねえだろ!」そう言って睨んだ。
「なによ、前にそう言ってたじゃない!」さわこは怒って逆に頬を膨らませている。
「信じるか? 普通、そんな話」
「アッハッハ、まあ、どっちでもいいよ、棒を使おうが、使うまいが、強いことには変わりないよ。」
二人のやり取りを見ていた湯浅刑事が笑い出した。
しばらく声を出して笑っていた湯浅刑事は、また前を向いた。そうして少し間を置いてから、今度は真剣な口調で話し始めた。
「そうだなあ、手脚はバラバラ、一部見つかっていない部位もある。でも、ほとんどはさっきの場所に散らばっていた」
「えっ⁉ さっきの場所‼」驚いたさわこが叫んだ。
「マジですか!」
「ああ、本当だ」チラリと後ろを振り返って、眉を寄せて言った。
「散らばっていたって、ビニール袋に入ってなかったんですか?」追い掛けるようにさわこが問い掛ける。
「ビニール袋? ああ…、そうか、君は昔の事件のことも知ってるんだ」
「はい、おばあちゃんから聞いたことが…」
「おばあちゃん?」
「はい。宜野湾冴子と言います」
「宜野湾って・・・、あの。——そうか、田口さんから聞いたことがあるよ。昔、今回と似たような事件があって、その時宜野湾冴子という霊能者が捜査協力してくれたって」
「そうだったんですか」驚いたさわこが言った。
「ああ。でも最初はテレビの企画で寄せ集められたインチキ霊能者の一人だと思っていたんだそうだ。テレビで犯人捜しをするのは勝手だが、捜査の邪魔だけはしないでくれよって。だけど、実際に会ってみたら、もしかすると、彼女だけは本物かもしれないと思ったそうだよ」
「当然です! おばあちゃんは本物の霊能力者ですから!」力強くさわこが言った。
「そ、そうか…」さわこの勢いに、湯浅刑事がたじろぐように答えた。
「まあ、結局犯人逮捕にまでは至らなかったそうだが、随分と不思議なことがいくつも起こったそうだ」
「不思議なことって?」今度は俺が尋ねた。
「ああ、そこまで詳しくは聞いていないんだ。田口さんも自分で説明できない、訳の分からないことは話さないからね」
「そうですか…」
「ただ、一つだけ気になることがあってね」
湯浅刑事は立ち止まって、俺たちの方を振り返った。そうして、これはまだ一般には公表されていないことだから、他言無用にと断ってから言った。
「昔の事件で見つかった遺体の部位からは、なぜだか、血が抜かれていたそうだ。――そして、今回の事件も同じように、見つかった遺体からは、きれいに血が抜かれていたんだ」
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