第27話 もう一つの殺人事件
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ゴールデンウイーク前半初日の夕暮れ時、K駅前のファミレスは、カップルや家族連れといった人達で賑わっていた。
デミグラソースで煮込んだハンバーグを大きめにカットし、フォークに刺しては口に運ぶ。口元に少しついたソースを舌先で舐める仕草が妙に艶めかしい。
「なに見てるの?」
視線に気が付き、さわこが言う。
――ちょいとそのフォーク、舐め舐めさせてくんない? とは、やっぱり口が裂けても言えねえよなぁ
「やっぱりお腹空いてるんじゃない? 何か頼んだら」
「あ、いや、別にいいよ」目の前にあるロイミティーのグラスを手に取り、ストローを銜えた。
「そう? まっ、さわこ特製の愛情たっぷり弁当を食べたばっかだし、お腹いっぱい、胸一杯よね」
「ああ、愛の重さに胸焼けして、げっぷが出そうだよ」
「それ、どういう意味?」ナイフを動かす手を止めて眉を寄せた。
「それはそうと、現場の公園に行くんじゃなかったんですか? もののけハンターさん」
「だって、もうお腹すいちゃって。朝からお弁当づくりして、試食を繰り返しただけで、まともに食べていないんだもん」
「ほぉー、それはそれは」大袈裟に驚いてみせる。
「ほんと、感謝しなさいよね。――あっ! さっきのお弁当代はいいから、ここ野原くんのおごりね」
「えっ! なにそれ? そんなの弁当代より全然高いぞ!」
「大丈夫、大丈夫。月末だし、すぐに来月分のお小遣い入るでしょ!」
ナイフとフォークを動かしながら上目遣いに言う。
「勝手に人の財布の中、計算すんな!」
店を出て、まだまだ休日を満喫する人たちで込み合う大通りを、並んで公園の方へ向け歩き出す。
「ねえ、訊きたいことがあるんだけど」
「訊きたいこと?」
「野原くん、岸野会長と前から知り合いだったの?」
――ああ、それかぁ・・・
「ああ、うん…」
「どういう関係?」隣にいる俺を少し斜め上に見上げる。
「どういうって、別に。無関係・・・」まあ、嘘ではない。
「ウソ!」
すぐにムッとした顔で横を向く。
「大体、なんでお前がそんなこと気にすんだよ」
「そ、そりゃあ、助手だし、気になるじゃない。友だちはいない、とか言っといて、あんな綺麗な人と・・・」
さわこの言葉にしてはいつになくしどろで、なんとなく言い訳がましい口ぶりになっている。
「同じ中学校の先輩」事も無げに答えた。
「それだけ? そんなわけないじゃない!」まだ食い下がってくる。
「しつこいな、なんでそう思うんだ?」
「だって、あの人、野原くんの名前がイッキじゃなくて、カズキだって知ってたし」真顔で言った。
「ふざけてんのか?」あきれ顔で言った。
「でもでも、つき合うって言った。あの人。イッキ君と!」
「やっぱ、ふざけてんだろ?」
――まったく、どこまで本気で言ってんだか
「そんなことある訳ないだろ、あんな凄い人と。からかわれたんだよ、お前」
「そうかなぁ」
さわこはまだ納得のいかない顔をしている。
四十万㎡以上の広大な面積を誇るⅠ公園は、公園施設ばかりでなく、スポーツ施設やボート乗り場のある広い池、雑木林など、都心に隣接する貴重な緑の空間である。
この時間、すっかり陽が沈んでも、まだまだ来園者の数は多かった。俺たちは家路に向う人たちの流れに逆らって、公園内を歩いて行った。
「野原くん知ってる? この公園にはごみ箱がないんだよ」
「ああ、最近観光地とか、駅でもごみ箱ないとこ多いよな。ごみは持ち帰りましょう、って」
「そうじゃないよ。ここはそういう運動が始まるもっと前からなんだって」
「そうなの?」
「前にもあったんだって」
「なにが?」
「バラバラ殺人事件。この公園で」
「えっ!」
「その時見つかった遺体、手とか脚とかが、ビニール袋に入れられて、ごみ箱に捨てられていたんだって」
「ほんとか?」
「うん。その時に、公園内のごみ箱は全て撤去されたって」
「へえ~」
「もう随分昔のことらしいけど。当時も大騒ぎになったって、おばあちゃんから聞いたことがある」
「でね、その頃ブームだったのもあって、霊能力者の人たちを使って犯人捜しするって企画がテレビなんかであって、おばあちゃんもそれに駆り出されたみたい」
「なるほど。で、犯人は見つかったのか?」
「ううん、結局見つからなくて、迷宮入りになったって」
「と言うことは、――冴子の婆さんが見つけられなかったってことは、犯人は物の怪ではなく、人間だったってことかな」
「冴子の婆さん?」
口を滑らせた俺の言い方に、一瞬反応したさわこだったが、そのまま受け流して先を続けた。
「いろんな人が、いろんなことを言ったらしいけど、おばあちゃんの見解では、犯人は物の怪を操る人間だって」
「なるほど。それでお前、今回も同じように物の怪を操る人間の仕業だって思ったのか」
「うん。だからおばあちゃんなら、絶対ここに調べに来ると思ったの」
――にしても、いつもながら、思いつきが過ぎませんかねえ
すっかり陽が沈み、所どころ、疎らに置かれた街灯に火が灯る。
見上げると、月夜にはまだ空の碧が残っていて、白い雲があちこちに筋を曳いている。薄明りにさわこの横顔が浮かび上がって、一段と美しく見える。
行き交う人の群れも少なくなってきた頃、ふと思い付いて尋ねた。
「なあ、さわこ。俺たちどこへ向かっているんだ?」
「さあ…。野原くんこそ」
「はあ? また前にみたいに迷子になんのはお断りだぜ」
「アハハ、うそうそ。さっきのネットの記事に、I公園の雑木林の中って書いてあったじゃない。だからもうすぐしたら、その辺から林の中へ入って行けばよくない?」
「あのさ、お前、この公園がどんだけ広いかわかってそれ言ってんの?」
「ううん、知らない!」俺の方を見て、笑顔で言い切った。
――こいつ、やっぱなんも考えてねえだろう…。
「よし、じゃあ、ここから雑木林の中へ入って行こうか」
不意にそう言うと、舗装された道の脇から林の中へずんずん入って行った。
「あっ、おい! ちょっと待てって」慌てて後を追って林の中を分け入った。
「いくら何でも、行き当たりばったり過ぎるだろう。もう少し調べたり、考えたりして、計画的にやらないと、いつまで経っても犯行現場なんて見つけられないって!」
「大丈夫、大丈夫。今日はまだそんなに暗くないし、怖くないから大丈夫!」
「何言ってんだよ」
「野原くん、こうやって歩いてて、物の怪の残滓が見えたら、そこが犯行現場だよ」
「はあ? マジで言ってんのか? そんなんで見つかるわけないだろう」
追いついて引き止めようと足を速めた。
「大体、殺人事件の犯行現場だろ、そっちは怖くないのかよ?」
言った瞬間、落ちていた太めの枝を踏んでバランスを崩し、前に転びそうになった。
「あっ! それは怖いかも」
そう言って立ち止まったさわこの背に、滑ってそのままぶつかった。が、さわこは黙ったまま何も言わない。
じっと前を見て、静かに右手を挙げ、指をさしている。
「あれ・・・」
さわこの指さす方向に、警察が使うKEEP OUTの文字の書かれた黄色いテープ。
まさか、ここが犯行現場、あるいはバラバラ死体の発見現場か。
「きっとあそこね」
さわこが規制線のテープを乗り越えて奥へと入って行こうとする。
「待てって!」すぐさま腕を掴んで引き止めた。
「あれって、規制線だろ。入っちゃマズいって!」
「でも…」さわこが振り向いて、ニヤっと笑った。
「・・・見えてるんでしょう? 野原くんにも、アレが」
確かに、さわこの言う通り、俺の目にも、KEEP OUTの規制線の向こうの茂みに、点々と蒼白く光るものがいくつも見えている。
「だけど・・・」
「大丈夫だって」
「いや、ダメだって、黙って入っちゃ」
「平気よ、見るだけだし」俺の手を振り切り、再びテープを越えて入って行こうとする。
「それに、入れてくださいって言って、警察がはいわかりましたって、入れてくれるわけないでしょ」
「いや、そりゃそうかも知れないけど…」仕方なく今度は両肩を掴んで引き止める。
「離してよ!」振り返って俺を見上げる。
「いや、ダメだって!」
自然と行く、いや行くな、と揉み合うような形になった。
と、その時、誰かが背後から俺に近寄り、いきなり後ろから羽交い絞めにした。
「おい、大人しくしろ!」
――な、なんだ⁉
次の瞬間、もう一人が茂みから現れ、さわこの腕を掴んで連れ去ろうとした。
「いやあ、何するの、離して!!」
暴漢に襲われたさわこが、腕を振り回し、滅茶苦茶に暴れ出す。
「さわこー‼」
彼女を救おうと、後ろから俺を押さえつけていた奴の腕を、能力を使って振り解き、宙に浮かせて思い切り前へ投げ飛ばした。
が、そいつは一回転して受け身を取ると、すぐに起き上がり、いきなりこちらに向かって殴り掛かってきた。
身を躱し、その拳を間一髪で避けると、そのまま左手で地面を突いてバク宙し、右手を大きく振って、念動力で相手を浮かせ、地面に叩きつけた。
「うがぁー、なんだ⁉」
「てんめぇー!! そいつになんかしたら、ただじゃおかねえぞぉ‼」振り返って、大声で叫んだ。
さらに左腕を伸ばし、さわこの背後にいるもう一人を念動力で突き飛ばす。
瞬時に凄い勢いで背後の木の幹にぶつかり、「うっつ!」と呻いて、そのまま地面に崩れ落ちた。
その隙に、さわこが必死に逃げて、俺の胸に飛び込んでしがみついた。
「こわぁい、野原くん!!」
「大丈夫か? さわこ!」受け止めて両腕で抱きかかえる。
さわこが俺に抱き着く様子を見て、
「なんだ、君たち知り合いか?」さっき地面に投げつけた男が立ち上がって言った。
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