第26話 絶対抜けられない用事
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「ただのクラスメート? 仲のいい友達? 同じ部活の仲間? ――それとも、恋人?」
問い詰めるような岸野亜弥の言葉に、珍しくさわこがたじろいでいる。
「それは…。じょ、助手。野原くんは、もののけハンターである私の助手です!」
「助手? それはビジネス上のパートナーってこと? つまり、仕事上の関係だけであって、それ以上でも、それ以下でもないと?」と追求は止まらない。
「それは…、そう、かも。・・・今のところは」最後は消え入るような声になって下を向いた。
「ふう~ん、そう。今のとこ、ね」納得のいかない表情をしている。
「そう、それじゃもし、私と一樹くんがお付き合いすることになっても、あなたに異存はないと?」
「えっ⁉ それって、どういう意味ですか?」弾かれたように顔を上げた。
「そのままの意味ですけど」あくまで表情を変えることなく言う。
「つまり、会長さんは野原くんのこと…」
「ちょ、ちょっと、二人とも、いったいなんの話してるの?」
訳の分からない話に置き去りにされた形の俺が、二人を止めるように割って入った。
「ごめんなさい、中臣さんがイマイチはっきりしてくれないから、ちょっと
岸野亜弥は今までの緊張を和らげるように笑顔をつくった。
「さっき、相手のことをもっと考えないといけない、なんて偉そうなこと言てたのにね」ベンチに置いてあった鞄を取って肩に掛けた。
「中臣さんの気持ちも、一樹くんの気持ちも考えずに、自分の気持ちだけ一方的に」
「そんなことは・・・」
「ごめんね、中臣さん」
まだ緊張気味のさわこに向って言った。
「それじゃ、私、帰るね。またね、かずきくん!」
「あ、はい。また…」
うんと頷き、小さく手を振って微笑むと、そのまま背を向け帰って行った。
「野原くん・・・」
「なに?」
「野原くんって、
――何言うのかと思ったら、そこかい!
「ああそうだよ。知らなかったのか?」
「だって、入学式でみんなが名前を呼ばれた時、山田先生、イッキって呼んでたじゃない」
「それはあの人がマジで思いっきり間違えただけだ。晴れの入学式だっていうのに。一番最後に他の先生が訂正してくれただろ」
「そうだっけ?」
「まあ、いいや。それで、随分慌てていたみたいけど、俺に一体何の用だったんだ?」
「そうだった。はい、これ」
鞄の中から大きめのハンカチに包まれた弁当箱を取り出して差し出した。
「お前の絶対抜けられない用事って、これか?」
「うん」
「ぷっ、アッハッハッハ!」
「なによ、何笑ってんのよー」
「だってさ、仲代さんがさ、絶対抜けられない用事なんて、きっと誰かとデートしてるに違いないって言うから。それが弁当つくるから来れない、ってさ」
「まあ、デートって、ある意味あたってるけど」
「えっ?」
「お父さんとだよ」
「お父さんとデート?」
「ウチのお父さん料理人だし、学校が休みの日曜や祭日って、逆に忙しくてなかなか休めないから。今日だって無理言ってやっと休みもらえたの」
「そうか、客商売ってのも大変だな。じゃあ、絶対抜けられない用って」
「料理、教えてもらう約束してたんだ。自分でお弁当つくれるように」
「それって、もしかして俺のために?」
「そうだよ。でもお父さん、やり始めたらやたら厳しくて。何度もつくり直してたら、お昼に間に合わないどころか、ほとんど夕飯みたいになっちゃって…」
「でも、一生懸命つくったんだ。・・・ねえ、食べくれる?」
「あ、ああ。ありがとう」
「どう?」
「うん、
「そう、よかったぁ」安心したように笑った。
――あれ? そう言えば、こいつがこんなふうに笑うとこ、見たことなかった気がする。
「よし。じゃあ今日のお弁当代はいつもの三百円増しね!」
「おいコラ、なに言ってんだ。プロの料理人より高い値段取るなんて」
「でも嬉しいでしょ、なにしろ今日のは私の愛情がたっぷりこもってるんだから」
「へえー、お前の愛情って、三百円で買えんだ。やっすい愛情」
「もう、なんてこと言うのよー!」
電車の中で、三人の若い女の会話が聞こえてくる。
「マジだって」
「ほんとに? Ⅰ公園って家のすぐ近くじゃん」
「ええー、怖いよねえ」
「日本の切り裂きジャックか、とか言われてんだって」
「なに? 切り裂きジャックって・・・・・・」
「Ⅰ公園の連続バラバラ殺人事件」
さわこが何気に話をしている人の方を見る。俺も何の気なしに聞き耳を立ててしまう。
電車のドアが開き、話していた人達が降りて行った。
「野原くん、知ってる? 今の話」
ドアが閉まり、再び電車が動き出す。
「バラバラ事件の話か? そう言えば、そんなのがネットニュースでトレンド入りしてたな」
スマホを出して検索する。
「これな」さわこにスマホの画面を見せた。
「ああ、そうそう、これ」
【連続バラバラ殺人事件か】
『18日未明、都内M市のK公園の雑木林の中で、
女性のものとみられる遺体が発見された。
遺体の喉元と体の複数か所に十字状に切り裂かれた痕があり、
合わせて手足も切断されていた。
警察は殺人遺棄事件とみて被害者の特定を急ぐとともに、
先月に発生した同様の事件との関連も視野に入れて捜査を進めている。』
「Ⅰ公園って、この路線の駅前だよね?」
「そうだな。K駅だから俺らの最寄り駅から四駅ほど先か」
ドア上の路線図を見上げた。
「次の駅で快速に乗り換えれば、五、六分で行けるね」
「そうだな」
「行ってみようか」
「は? なんで?」
「私、感じるんだ。この事件の犯人って、物の怪か、あるいはそれを操る人間じゃないかって」
「アホか! これは警察の仕事だ」
「現場を見てみるだけだよ。物の怪の仕業なら、何か見えるかもしれないし」
「たとえ、お前がもののけハンターだろうが、なかろうが、そんなの高校生の出る幕じゃないよ」
「そう、一緒に来てくれないんだ。わかった。なら一人で行く」
「えっ?」
軽くブレーキが掛かり、ゆっくりと電車がホームに滑り込み、目の前のドアが開いた。
「じゃあ、またね」そう言うと、バイバイと軽く右手を振って、すぐに車両を降りて行った。
「あっ! おまぇ…」
一瞬のことに動けなかった。
すぐに向かいのホームに快速列車が入って来てドアが開いた。見る間に各停に乗り換える人と、快速に乗り換える人の群れが行き交って、さわこの姿を見失う。
――あいつ!
不意に頭の中で声が聞こえた。
(紗和子をあの子を守ってくやってくれ)
――冴子の婆さんか? もう~、なんでいつもこうなんだよ!!
俺はこちらに乗ってくる人の群れを搔き分けて車両を降りると、反対側に停車している快速列車に駆け寄った。すでにさわこの姿は見当たらない。きょろよろと左右のドアを見渡す。
――いた!
一つ向こうのドアの入り口のところに彼女が立っている。慌ててそのドアを目掛けて駆け出し、飛び乗ろうとした瞬間にドアが閉まって、もろに顔を挟まれた。
思いきり鼻を挟まれてぶつけたが、電車はそのためドアに異物が挟まれたことを感知してか、すぐにまたドアが開いた。お陰でそのまま車内に乗り込むことが出来た。
「野原くん大丈夫?」
目の前にいたさわこが驚いて眼をパチクリさせ、顔を覗き込む。
「つぅ~」痛すぎて声も出ない。
周囲の乗客のクスクス笑いと失笑が車内に渦巻いている。
「ああ、平気」と鼻を押えながら言った瞬間、ゆっくりと電車が動き出した。
「ほんとに?」
『エッ、無理なご乗車、駆け込み乗車は、大変危険ですので、エッ、おやめくだっさい!』と車掌のアナウンスが流れる。
――んなこと、わ~とるわい!! でも仕方ない時だってあんだろ!
「やっぱり、来てくれたんだ。ありがとう、野原くん」
「ふん。まったく、勘弁してくれ…」右手で鼻を押えたまま言った。
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