第24話 部顧問って誰?

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「どうも、お待たせしました」

 しばらくしてリュックを背負った橋野先輩が姿を現した。


 美穂は自分達だけが修復工事の手伝いをさせられることに納得がいかなかったらしく、その腹いせとばかりに橋野先輩もLINEで呼びつけたようだ。

 先輩の家は学校の近くらしく、自転車で十分もかからず駆け付けた。



「橋野先輩まで。別に無理することないのに」申し訳なさそうに俺が言うと、

「いやぁ、僕も入部したての野原くん一人に責任を押し付けてしまったようで、気が引けてたから、ちょうどよかったですよ」と笑いながら答えた。

 やっぱり橋野先輩は気さくないい人だ。


「ああそうそう、よかったらみんなでこれ、食べてください」そう言っておもむろに担いでいたリュックを下ろし、中から大きめの包みを取り出してベンチの上に広げた。


「マドレーヌを作ったんで」

「これ、橋野先輩が?」美穂が尋ねた。

「ええ、まあ。スィーツ作りとか好きなんで。今日は妹と一緒に。母に教わりながらですけどね」照れ笑いで応じる。

 先輩にそんな女子力があったなんて、意外だった。


「おおっ! はしのぉ~、気が利くじゃねえかぁ」山田先生が真っ先にお菓子の山に手を伸ばす。


「この際だから、中臣も呼んじゃえば?」隣にいた美穂が言った。

「ああ、でも、あいつ今日は絶対に抜けられない用事があるとか言ってたし」

「ふう~ん。絶対に抜けられない用事ねえ、一体何の用かしら。――もしかして、他の男とデートだったりして」ニヤニヤしながら言う。

「ああ、そうかもね」からかうような美穂の言葉に、ほとんど無表情で答えた。


「そうかもって…、それでいいの? ・・・てか、あんたって、ほんとにMなの? あの子に結構いろいろ言われたり、酷い目にあったりしてるみたいけど、そんな怒らないし」

「別に、そういうわけじゃないけど」

「そう。・・・まあ、いいけど」そう言うと、つまらなそうに向こうへ行ってしまった。


――確かに。絶対に抜けられない用事って、なんだろう?



 最後に一つ残ったマドレーヌを躊躇なく手に取って、包みを剥きながら山田先生が尋ねた。

「そう言えば、黒子。トデン研って、顧問の教員はどうなってんだ?」

「ああ、それなら、去年顧問だった中野先生が今年も引き受けてくださることになっています」橋野先輩が元気よく代わりに答えた。


「中野先生? 中野先生は去年、定年退職されたぞ」

「あ、はい。ですから今年は講師として勤務するんで、引き続き顧問を引き受けてくださると・・・」

 それを聞いた山田先生が訝しげに言った。

「聞いてないのか? 中野先生、腰を痛めて講師の話はなしになったぞ」


「えっ?」橋野先輩の目がテンになった。

「それ、ほんとですか?」慌てて黒子先輩が言った。

「知らなかったのか? そう言えば、中野先生、腰が痛くて動けないって、離任式も欠席されていたっけな」


「ど、どうしよう、黒子君!! 部員の数も揃ったし、報告書も昨日の件をまとめれば何とかなると思ったのに・・・」

「う~~ん」黒子先輩も急に難しい顔をしている。


「ほぉ~~、そうか、そうか。そういうことなら、よっくわかった。ここはひとつ、私が一肌脱ごうじゃないか。よし、私が顧問を引き受けてやる!」


「えっ!」

「はっ⁉」

「なんて?」

 トデン研の面子が一斉に驚きの声を上げる


「うんうん、そうか、そうか、うれしいか。お前ら感謝しろよぉ!」


「で、でも、先生にはボランティア部があるじゃないですか」と俺が言うと、

「いやいや、ボランティア部の顧問と兼部すれば何の問題もない」とケロッとしている。


「あ、いやぁー、先生それはちょっと…」橋野先輩が口ごもる。

「先生、お気持ちは大変嬉しいのですが、僕らの部はその、活動内容がちょっと特殊ですので、専門知識がないと・・・」黒子先輩も何とか思いとどまらせようと歯切れが悪い。


「いや、そうは言っても部顧問は昨年度末に職員会議でほぼ決定しているからなあ。恐らく私以外他に引き受け手はいないはずだぞ」


「そうなんですか?」隣にいた岸野会長に聞いてみた。

「ごめんなさい。基本、部顧問は先生方にお任せなので、私もそこまでは確認していなくて」と申し訳なさそうな顔をしている。


「それに今のところボラ部の方は部員ゼロだしな。――あっ、そうだ! 顧問が兼部するんだから、お前らもボランティア部と兼部しろ。うん、それがいい。ウァハッハッハッ!!」名案を思い付いたとばかりに、先生は上機嫌だ。


 一方、先生の言葉に、トデン研の全員が凍り付いた。


 すると、「じゃ、じゃあ、兼部は野原だけってことで」と美穂がとんでもないことを言い出した。

「はぁ⁉」

 コイツ何言ってんだと思ったら、他の二人もうんうんと頷いている。


――おい、おい、さっきは今日俺一人に任せてすまない、みたいなこと言ってませんでしたか、二人とも!


「いや、いや、仲代。何言ってんだ。一人だけじゃ、部員数不足でボランティア部が廃部になっちまうだろ~、なあ、きしのぉ~」

「えっ? は、はい。そう言うことになりますかね…」

 場の雰囲気を読める岸野会長が、気まずそうに答えた。


「と、いうことだから、お前らよろしくなあ、まあ仲良くやろうぜ!」

 場の空気を読めない山田先生の目がキランと輝いた。


「え~~!!」

 突然のことに皆、呆然としている。


「あ、あの、皆さん・・・、ボランティアって、誰かのために働くって、そんなに悪いものじゃ、いえ、人の役に立つというのは、とーっても気持ちのいいものですよ!」

 岸野会長がこの場を収めようと、少々困ったような笑顔で言った。




 中庭修復工事はその後も順調に進んで、今日の分の作業は午後三時過ぎにはどうやら終了の目途が立ってきた。


「お~~し、お前らはもうあがっていいぞー、あとは業者の皆さんの邪魔にならないように、ずいっと後ろに下がってろ!!」

 現場監督と一緒にいる、山田先生から指示があって、ようやく俺たちは作業の手伝いから解放された。


「はぁー、つかれたぁ…」橋野先輩がその場に座り込んだ。

「ああ、こんなのもう二度と御免だわ」美穂も同様にうなだれている。


 その時、すぐ傍に黒子先輩がいたので、俺は昨日からずっと気になっていたことを口にしした。

「あの、黒子先輩、実は昨日のことで一つ気になってることが…」

「うん、なんだい?」先輩は疲れを感じさせない爽やかな笑顔で振り返った。


「昨日のあの鼠のような妖怪なんですけど、あれって、この学校の生徒が関係しているんじゃないかと…」

「もしかして、あの時、この中庭の近くにいた女子のことかい?」

「は、はい」

 やはり黒子先輩もあの女子生徒のことは気にはなっていたようだ。


「だけど、もしそうだとしても、あの妖怪たちは、昨日中臣さんが祓ってくれたから、とりあえずは大丈夫なんじゃないかな」

「でも、あの時さわこが祓ったのは、俺たちの近くにいた一匹だけだと思うんです」

「もう一匹は、その女子生徒と一緒に逃げたと? 確かにこちらにいた奴は、気が付いた時にはいなくなっていたけど…。」

「それは、わかりません」


「そうよね、あんた、あの時気を失ってたもんね」

 俺たちに近寄って来た美穂が、何やら意味深な言い方をする。

「う~ん、そうか、考えられなくはないね」


「いずれにしても、連続切り裂き魔事件に、あの人が何か関係しているんじゃないかと」

「そうは言っても、僕は彼女のことは知らないし…。君たちは?」

 俺も美穂も首を横に振った。

「橋野君は?」

「ああ…、僕にはなんか話がよく見えないんだけど、みんなが消えた時、生徒玄関の近くにいた人のことだよね? だったら、僕も知らない人だったなぁ。三年生かな」


「あの、私も何のことだかよくわかりませんけど、ウチの生徒の誰かを捜しているのなら、戸田先生にお願いすれば、学校で保管している生徒の顔写真の一覧を見せてもらえるかもしれません。もちろん、個人情報になるので、簡単には見せていただけないかもしれませんけど」

 岸野会長が助け船を出すように言った。


「そうか、そんな手が」

 黒子先輩の言葉に、

「でも、そんなの見せてもらえますかねぇ」橋野先輩がもっともなことを言う。

「そうね、いくら事情を説明したって、先生たち、妖怪なんて信じてくれないんじゃない」と美穂が口をへの字に曲げる。


「それなら、こちらも筋を通して、正式にお願いしようじゃないか」黒子先輩がさっきから業者の方と話をしている山田先生の方を見た。

「さっき快く顧問を引き受けてくれた先生がいるじゃないか」


「うん? なんだ? 顧問がどうしたって? お前らなんかよからぬ相談してんじゃねえだろうなぁ⁉」教師特有の地獄耳で話が聞こえたようで、叫びながらこちらに走って来る。


 今度はトデン研の部員の方がニヤニヤしている。


 その時、ジャージのズボンのポケットに入れておいたスマホが震えた。取り出して見ると、さわこからのLINEだった。


『まだ学校? 今すぐ会いたい』

――なんだ⁉ この思わせ振りなメッセージは

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