第23話 予期せぬ再会

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「よーし、よく頑張った。お前ら少し休憩していいぞ」

 しばらく姿が見えなかった山田先生が、両手いっぱいに荷物を提げて現れた。

 

「ああ、やっとっすか…」生まれ持った超能力のお陰で、瞬発力はあるのだが、日頃の運動不足が祟ってか、俺には持続力がない。


 朝から青空が広がり、初夏のような陽射しが降り注いで、四月の終わりにしては、今日は暑い。額に汗が流れる。


「お疲れさま、野原くん。ひと休みしましょう」そう言って、岸野会長がこちらに笑顔を見せる。

「は、はい。会長」

 朝から岸野会長と一緒だったせいで、この重労働もそこまで苦に感じずに済んだ気がする。やはり、女の子の前での力仕事だと、ついつい張り切ってしまうのは男のさがだろうか。



 今日の朝、八時。

 俺が学校の中庭に着いた時には、生徒会長の岸野亜弥はすでに登校していて、ジャージ姿で山田先生と造園業者の方達に挨拶をしていた。

 その姿を見て、やっぱり人格者は違うもんだ、高校生とは思えないと、その時つくづく思った。



「あっ、すごい汗!」 

 岸野会長は首に巻いているピンク色のタオルは使わずに、ポケットからハンドタオルを取り出して、そっと額の汗を拭ってくれた。


「えっ!」予想外のことにびっくりして、すぐに少し後ろに飛び退いた。

「どうしたの?」逆に岸野会長が驚いて尋ねた。


「あ、いや、ちょっとびっくりして」

「うふふ、野原くんって、おかしい」声を出して笑った。


――う~む、どうせなら首に巻いたやつで拭いて欲しかったな、そしたら洗剤じゃなく、会長のいい香りがしたかも…

 やさしい笑顔の岸野会長を見て、ちょっと、いや、かなり気持ちの悪い、バカなことを考えてしまった。



「おーい! お前ら、いつまでもイチャイチャしてないで、早くこっち来い」

 山田先生が再設置の済んだ真新しいベンチに脚を組んで座り、こちらに向って叫んだ。

「せ、先生!」

「あ、はい…」岸野会長が恥かしそうに下を向いた。


「ぜ~んぶ、一人で食っちまうぞ!」

 白いレジ袋から弁当やお菓子、飲み物などを取り出して並べている。



 俺がベンチの端に座ろうとすると、「そこは岸野の席だ」と言われ、真ん中にずれようとしたら、「こら、そこは食い物置き場だ」と言われた。


「えっ? じゃ俺はどこに?」

「お前はそこにゴザでも敷いて座れ」

「えー」


「野原くん、ここ座って。私はそこにシートを借りて来て敷くから」岸野会長が作業で使っていたブルーシートを指さした。

「きしのぉー、余計なこと言わんでいいぞー」

「でも・・・」

「あ、いや、俺が下でいいです…」

「おおー、そうか、そうか、わかってんじゃないか」

「野原くん、ごめんね」岸野会長が困惑している。

「野原、この学校は昔女子校だったからな、女尊男卑が校訓だ! まあ、あきらめろ」


――ウソつけ、いくら昔女子校だったからって、そんな校訓ねえって・・・



 買って来た缶のレモンサワーを一口飲んで山田先生が言った。

「まあなんだ、言っちまえば、業者の方達にしてみれば、お前らの力なんざ、微々たるもんだろうが、まあよくやった」

 俺は午前中に作業の手伝いをして、半分ほど新しい煉瓦板に置き換わった通路を眺める。


「と言うわけでだ、あと半日くらいで終わりそうだから、この後も頑張ってくれ!」

「うえー、まだやるんですか?」敷かれたブルーシートの上から不満気に見上げる。

「あったり前だろ! それが野原お前、落とし前を付けるってこったぞ! それに、終わんなきゃ明日も明後日もある、ちょうど連休だしな」


「それ、マジで言ってます? ――でも先生は朝から応援と掛け声だけで、全然働いてないじゃないですか」

「なあに言ってんだぁ、教師が指示して生徒が働く、それが学校の基本ってもんだろ。そうやって上下関係やら何やら、社会の縮図ってやつを教えてんだ」

「社会の縮図?」

「大人になればわかる。そん時、今日のことを思い出して、お前も私に感謝するぞ、きっと」

「そんなもんすかねぇ…」


――訳わかんねえ、なんだ、それ。それに、この人が言うとなんか納得いかねえ



「だけど先生、いいんですか? こんな所でそんなの飲んで」と言うと、

「ああ? いちいちうっせぇなー、野原は」

 と飲み終えたレモンサワーの缶を、くしゃりと潰して言った。


「ちまちま細かいことばっか言ってと、女にもてねえぞー。なあ、岸野。アハハハ!」

「そ、そんなこと・・・」

 不思議なことに、急に振られた岸野会長がなぜだか顔を赤らめてる。


「今日は完全にボランティアだ。勤務じゃないからいいんだよ!」

 ポイっとし潰した缶を俺に投げつけた。


「ィッつ!」飛んできた空き缶が、コンッと軽く頭に当たり、撥ねて転がった。

「大丈夫、野原くん!」驚いた会長が手を口に当てる。

「ああ、平気、平気!」笑って頭を撫でながら言った。



「けど、岸野。いつも悪いな、ありがとよ」さっきまでとはちょっと違う、優しい笑顔で言った。

 やはり山田先生は、普通にしていればなかなかの美人だ。


「いつも?」

「ああ、岸野はいつも何かあるといろいろと手伝ってくれるんだよ。――お前らもこれ食っていいぞ」デザートに買って来たいちご大福をほお張りながら先生が言った。


「去年はボランティア部の生徒が誰もいなかったから、人手が必要な時には、私もできるだけお手伝いをしていたの」

「ああ、それで今日も」

「ええ。でも、今日はそれだけじゃなくて…」


 その時、「あ、はい、なんですかぁ?」造園業者の人に呼ばれ、山田先生はすっと立ち上がってそちらに行ってしまった。


「野原くんと、お話がしたかったから。あの時できなかった…」そう言ってベンチから身軽に身を起こし、さっき先生が投げた空き缶を拾い上げた。

 岸野会長が手にしたひしゃげた缶に、「ノンアルコール」の小さな文字が歪んで見える。


「話? あの時?」

「やっぱり、覚えてないんだ、わたしのこと」少し寂しそうな笑みが浮かんだ。

「俺たち、どっかで?」


 不思議そうな顔をしている俺を見て、

「ちょっと待って」

 そう言うと、近くに置いてあったスクールバッグの中から、眼鏡ケースを取り出して後ろを向き、中の眼鏡を掛けて振り返った。


 度の強そうな丸い黒縁眼鏡を掛けた岸野会長が俺を見た。

「どう?」

「う~~ん」と首を傾げる。

「それじゃ、これでどう?」今度は両手で前髪を持ち上げて額が見えるようにした。

「!! ・・・もしかして、安藤さん?」


「あたり! やっと思い出してくれた」今度は嬉しそうな顔で微笑んだ。

「でも、あの時と全然雰囲気が…」

「あの頃はこのド近眼目鏡に黒髪で、しかもひっつめにしていたから。正直相当ダサかったよね」眼鏡を外してクックッと笑った。

「いや、そんなことは」

「いいの、本当のことだし。あっ、でも髪をちょっとだけ染めてるってことは、先生には内緒ね」


「あの後、外国に行ったって、聞いてたんですけど。それに苗字も・・・」

「もともと父だけ単身赴任で海外にいたんだけど、ちょうど私のことがあったから、それならと急に家族みんなでむこうで暮らすことになって。――だけど両親が離婚して、大学生の姉と父を置いて、私は母と一緒に日本に帰って来ちゃった。だから岸野は母の旧姓」

「ああ…、そういうことですか」


「ごめんなさい、野原くん。あの時はお礼も言わず、黙っていなくなってしまって」


 中学の頃、安藤亜弥はそのまじめで正義感の強い性格が逆に災いして、タチの悪い連中から反感を買い、陰湿な嫌がらせを受けていた。

 もちろん学年も違うし、最初俺たちには何の接点もなかったのだが、ある日偶然彼女を助けたことから、行き掛り上その後も何度かさりげなくサポートした。もちろん、俺の能力は気取られないようにしたつもりだったのだが。



 二人並ぶようにして、ベンチに座り直した。

「お礼なんて。別に、俺は何もしてませんよ」


――やっぱり今でもそう言うんだ、野原くんは…


「あの時あなたがいてくれたから、私…」

「思い過ごしです。ほんと、俺は何も」彼女の顔は見ずに、前を向いたまま言った。

――なにもなかった。その方が

「そう…」



「ふん、なによ、ずいぶん楽しそうにやってんじゃない、野原!」

「仲代さん⁉」

 気が付くと、巫女装束の仲代美穂が、同じく白い斎服姿の黒子先輩と並んで立っていた。

「黒子先輩も。どうしたんですか?」


「別に。この近くでお祓いを頼まれて、その帰りにちょっと様子を見に寄っただけよ」そう言って美穂はプイッと横を向いた。


「やっぱり部長としては気になってね。でも今日はどうしても前から依頼されていたお祓いがあって。結果、野原君一人に任せることになってしまって、すまなかったね」

 相変わらず、爽やかな口調と笑顔で黒子先輩が説明した。


「だけど、あんた山田先生にこき使われてヒーヒー言ってるかと思えば、お弁当広げて会長さんとピクニック気分って、なんだか、いい御身分ね」イヤミたっぷりに美穂が言った。


「いやいや、今日は朝からずっと働きづめで、やっと今お昼休憩になったんだよ、ねえ、会長」

「ええ、よく働いていましたよ、野原くん」

「ふうん」

 なんだかよくわからないが、美穂は不満気な顔をしている。


「おっ! なんだ、お前らも手伝いに来たのか? 偉いぞー、そんなら午後だけでも一緒に働いてけ!」業者の方たちとの話が終わって、戻ってきた山田先生が言った。


「先生!」

 急に声を掛けられ、振り向いた美穂が慌てて言う。

「あ、あの、私たちはこの後まだ用事が…」

「いいじゃないか、美穂。手伝って行こうよ。運よく今日のお祓いは早く終わったことだし」

「う、うん…」

 黒子先輩に言われ、渋々美穂が応じた。


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