第22話 急展開

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「おう、野原、明日はジャージを忘れんなよ!」

 生徒会の会議室から廊下に出たところで、山田先生は思い切り背中をぱぁんと叩いた。


 意気消沈していた俺は、勢いで二、三歩つんのめり、情けない顔をして振り返った。

「は、はい…」

「じゃあな、遅れんなよー!」陽気に笑いながら足早に去って行った。


――ちぇっ、何なんだよ


 トデン研のみんなは、放心状態の俺を置いて、とっとと帰って行ったようだ。


「あの…、野原くん?」

「は、はい…」不意に後ろから名を呼ばれ、驚いて振り返った。


 そこに、生徒会長の岸野亜弥が、少しうつむき加減で立っていた。


「岸野会長…」

「ごめんなさい、野原くん。なんだかあなた一人が悪者みたいになってしまって…」

「ああ…、もういいですよ。それに、こうなったのは会長のせいじゃないし。別に気にしないでください。みんなさわこが、あのもののけハンターのヤツが悪いんですよ!」


――実際のところ、実行犯は俺だし、まっ、こうなったのも仕方ないか


「どうして中庭があんなことになったのか、その時の詳しい状況は私にはわからないけれど、部活のみんなで行動していたのなら、連帯責任として全員で作業の手伝いをした方がよいのではと、あの場で提案すべきでした」そう言うと、申し訳なさそうな顔で視線を落とした。


「本当に、気が付かなくてごめんなさい」

「いやあ、俺なんかにそんなふうに言ってくれるなんて、岸野会長はやさしいですね」

 俺を思いやるような言葉が嬉しくて、今までの怒りも忘れ、何だか少し元気が出て、思わず笑顔になった。


「い、いえ、そんな、私がやさしいだなんて。――本当にやさしいのは、・・・」最後の方は声が小さくなってよく聞こえなかった。    

 廊下の窓から夕陽が差し込んでいるせいだろうか、うつむく彼女の顔が、なぜだか少しだけ紅く見えたような気がした。


「あの私…。私も明日、中庭の修復作業のお手伝いに来ますから」

「えっ? いやいや、そんな、いいですよ、悪いですって、そんなの!」慌ててお断りしょうとした。

「ううん、いいんです。こういうことも生徒会長としての責務ですから」とやさしく微笑んだ。

「そう、なんですか? やっぱ生徒会長ともなると、いろいろと大変なんっすね」


「それに…、少しは私にお返しをさせてください…」そう言うと、岸野会長はくるりと背を向け、そそくさと生徒会執務室の方へ消えて行った。


「へっ?」

――お返し? ・・・なんのこっちゃ?




 生徒玄関で靴を履き替え、外に出ると、さわこが一番左端のガラス扉にもたれてスマホを見ていた。

 黙って気が付かないふりをして行こうとすると、後ろから声を掛けてきた。

「遅かったじゃない、野原くん」

 

――なんだよ。もしかして、待っていたのか? 


 それでも無視して行こうとすると、「一緒に帰ろう」と言って、隣に並んで歩き出した。


「他のみんなは?」

「先に帰ったよ」

「お前もみんなと一緒に帰ればよかったのに」

「なんで? 私たちいつも一緒に帰ってるじゃない」

「そんなの、たまたま駅が同じだからだろ」


「もしかして、怒ってる?」上目遣いでこちらを覗き込んでくる。

「別に…。もう慣れたわ。お前の無茶苦茶な言動には」表情を変えずに足早に歩き出した。

「あっ、待って!」



「だって、あの場はああでも言わないと収まらないと思ったから」

 すぐに追いついたさわこが俺を引き止めて言った。

「そうだな」



 しばらく黙って二人並んで駅へと向かう坂道を歩いて行った。


 不意にさわこが尋ねた。

「ねえ、今日のあれって、やっぱりおばあちゃんが助けてくれたんだよね?」

「覚えていないのか?」思わずさわこの方を見た。


「う~~ん、おばあちゃんの声が聞こえて、チラッと顔が見えたような気はするんだけど・・・。そしたら急に目の前が暗くなって」

「そうか」

「その後は黒子先輩に呼ばれて目が覚めるまで、何も覚えていなくて」

「ふーん。で、どうだった? 王子様に抱かれて目覚めた気分は。まあ、お目覚めのキスはお預けだったみたいけどな」大袈裟に笑いながら言った。

「なに、それ?」さわこが少しムッとして言った。


「あのさ、思ったんだけど、お前、やっぱりこれからは黒子先輩に助けてもらえよ」

「えっ?」

 学校から駅へと続く坂道の終わりで、驚いたようにさわこが立ち止まった。


「いや、黒子先輩って、やっぱすげえよ。ちゃんとした、本当に実力のある陰陽師ってやつなんだな。今日、あの結界の中に閉じ込められた時、いろんな技を見せられて、よくわかったよ」


「なんで、そんなこと…」つぶやいたさわこは、眉を寄せ俺を睨んでいる。


「やっぱり霊能者は霊能者同士で組んだ方が上手くいくって。俺なんかじゃ・・・」自嘲的な笑いを浮かべているのが自分でもわかった。


「先輩もさわことコンビ組むのに乗り気みたいだし。その方がもののけハンターとして、これからお前が活動して行くのにも何かと好都合だろ」

 言ってしまって、なんだか腹の中に溜まっていたモヤモヤを、ようやく吐き出したような気分だった。


「なんで…。どうしてそんなこと勝手に決めるの‼」

 今まで見せたことのない怒りの表情が、その美しい顔に貼りついたかのように見える。


「だって…」

「言ったでしょ! 私にはあなたしかいないって!!」

「だから、それはさ、俺の他に引き受け手が見つからなかったからだろ? 他に見つかれば、俺でなくても別に問題ないじゃん。助手じゃないけど、黒子先輩なら・・・」


「違う、そんなことじゃない‼」

「なんだよ、なにそんな怒ってんだよ」

「わかったの、私」

「なにが?」

「野原くんは、私にとって特別な人だってこと」

「お前、なに真顔でそんな恥かしいこと言ってんだよ」

 話を茶化そうとした俺の意に反し、さわこは表情を変えず続けた。



「跳んだよね、あの時。私を抱いて。普通、人はあんなふうに高く跳ばない」

 さわこが鋭い目つきで、問い詰めるように言った。


「えっ? い、いや、そんなことは、ない、ぞ。――それはお前の勘違いだ、きっと、うん」追求するような視線から逃れるように目を逸らした。


「ウソ。薄目開けていたんだから私、あの時…。――それに、道に迷って妖怪に襲われた時だって…」

「それは……」


――あ~~、どうすっかなぁ、これ



「そう、実は俺、棒高跳びやってたんだ。中学の時・・・」


「棒高跳び?」ポカンとして、さわこが首を傾げた。



「じゃ、まあ、そーゆーことだから!」軽く右手を挙げ、言うが早いか、そのまま走って、


――逃げた。



「ああ、ちょっと、待って! 棒なんてどこにあったのよ!!」叫んださわこが追い掛けて来る。



――あ、あれ? あいつ、意外と走んの速いぞ

 振り返ってそう思った時、右手に駅が見えてきた。



 不意に、少し先で踏み切りの警報音が鳴った。目の前にゆっくりと遮断機が降りてくる。慌てて立ち止まって、くるりと身を翻した。


「やん!」

 さわこは勢い余って止まり切れず、俺にぶつかって小さく声を上げた。そのままゆっくりと顔を上げる。すねたように唇を尖らせて、俺の目を見た。

「もう、助手やめるとか、言っちゃだめだからね」

 二人ともその言葉にハッとして、何だか恥かしくなって、お互いさっと背を向けた。


 いきなり、風圧を伴った轟音が響き、勢いよく目の前を電車が通り過ぎて行く。さわこの髪が軽く靡いた。


「そっか…。――そんなら弁当代を、もう少しまけてくれ」

 背中合わせのまま言った。

「いいよ、じゃ、今度から50円引ね」

「はっ? ケチ!」


 すぐに遮断機が上がり、踏切待ちだった人や車が一斉に動き出した。


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