第19話 モヤモヤした気持ち
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「おーい、お前ら、一体どうしたってんだ。大丈夫かぁ?」大声で叫びながら、誰かがこちらに駆け寄って来た。
「山田先生…」
座り込んだままの俺を覗き込む先生の顔を見上げて言った。
「んん? なんだお前、野原じゃないか。こんなとこで何やってんだ?」
「いや、なにやってるも何も…」そうつぶやいて、もう一度中庭の様子を見渡した。
通路に敷かれたタイル状の
――やっべえ~、こんなの俺がやりました、なんて先生に言ったらとんでもないことになるぞ… こりゃぁ、すっとぼけるしかないな
「な、何が起きたのか、そんなの俺の方が訊きたいくらいですよ」
そう言って制服の汚れをぱんぱんと手で払いながら立ち上がった俺の目に、ぐったりとして、黒子先輩に抱きかかえられているさわこの姿が映った。
――宜野湾冴子。もうここには居ないのか…。それにしても。さわこ、あいつ、大丈夫か
「何も覚えてないのか、野原…、気の毒に。倒れた時、きっと頭を打ったんだな。顔ばかりか頭まで悪くなって…」
山田先生が眉を寄せ、真剣な面持ちで言った。
「どーゆー意味ですか! 頭なんて打ってませんよ!」
「アハハハ! そうか、それはよかった。悪いのは顔だけで済んで、何よりだ」冗談なのか、本気なのか、大笑いしている。
――この野郎…
「おい誰か、この状況を説明できる奴はいないのか?」戸田先生がこちらを遠巻きに見ている生徒たちに声を掛けた。
言われた生徒たちは、顔を見合わせてざわざわするだけで、申し出る者はいない。
戸田先生には悪いが、これらの事が起こったのは全て結界の中でだ。ここにいる連中に、それを説明できる者はいないだろう。俺たち四人以外には。いや、もう一人、いるか…
「中臣さん! 紗和子さん、しっかりしてください!」さわこを抱きかかえた黒子先輩が、軽く揺さぶりながら何度も呼び掛けている。
さわこは、ようやく黒子先輩の声に反応して目を開けた。
「先輩…」
「ああ、よかった、やっと目を覚ましましたね⁉」ホッとしたような表情で言った。
「もののけは?」
怯えたような顔で辺りを確認するように見渡している。
「もう大丈夫。あなたが祓ってくれたおかげですよ!!」感激したようにさわこの手をとって黒子先輩が言った。
「えっ? それって…」
驚いた表情で黒子先輩の眼をじっと見つめる。
「やっぱり、霊能力者は霊能力者同士ってとこですかねえ。通じ合うところがあるんでしょう、きっと」
二人の様子を見て、近寄って来た橋野先輩がポンと俺の肩を叩いた。
「そ、そうですね…」
答えながら、少しよろけた。
黒子先輩がそっとさわこに肩を貸しながら、二人笑顔で一緒に立ち上がった。
確かに、美男美女のあの二人、お似合いなのかも知れない。霊能力などない、俺なんかが彼女の助手をするより、陰陽師の末裔である黒子先輩とコンビを組む方がきっとふさわしいに違いない。その実力をまざまざと見せつけられた今となっては尚更だ。
そうだよ、もののけハンターの助手なんて、最初から俺にはそんなの荷が重い話だったんだ。
でも、なんかスッキリしない。目の前のあの二人の姿を見て、心のどこかに割り切れない気持ちが、何だか
――ん? ああ、そうか! 仲代さん 忘れてた、そういうことか
黒子先輩に想いを寄せる彼女にとっては、あの二人がこれ以上接近するなど、あってはならないことだろう。
なんだかスッキリしない、心のどこかに引っ掛かっていた、もやもやした気持ちの正体は、俺がさわこの助手をするとか、しないとか、そんな事ではなく、そうか、これだったのか。
そう気が付いて、後ろの方にいる彼女を振り返った。
見ると、美穂はさっきから同じ場所に、そのままずっと立ったままだった。てっきりあの二人の様子を見て、はらわたが煮えくり返っているかと思いきや、なぜだかそちらの方は全く見ていなかった。
しかも刺すような美穂の視線は、そう、どう見ても、これは俺に注がれている?
――なに、なに? なんであの子、こっち見てんの?
ずっとその場に突っ立ったままだった美穂が、俺と目が合ったのを機に、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
「あの、仲代さん、あの二人、あのままでいいのかな?」
なんだか気まずくなって、ニヤつきながら近づいて来た彼女に言った。
その言葉に美穂は答えることなく、怒ったような顔で俺を見上げて一瞥した。そうして、すぐに視線を逸らすと、
「あんた…、一体、何者なの?」と言った。
「えっ⁉」咄嗟のことに俺は返事が出来なかった。
一瞬立ち止まった美穂は、そのまま俺の横を素通りして行ってしまった。
ところが、一旦そのまま通り過ぎた美穂は、不意にこちらを振り返った。
「でも…、ありがとう。助けてくれて」
笑ってはいないが、さっきより少し表情が和らいでいる。そう言うと、俺に背を向け、そのまま二人の元へ走って行った。
――⁉
ポカンとして、俺はしばらく彼女の行く手を視線で追っていた。
「ちょっと、めぐむー、何やってんのよー! 離れなさい!」
――まさか…。これって。バレた、のか…?
「とにかくだ。最初からこの場所に居たのはこの五人、ってことで間違いないか?」生活指導部長の戸田先生が言う。
体育科、女子バレー部顧問の戸田先生は、トデン研の部員を中庭の真ん中に集めた。他の教員たちも数人駆けつけ、俺たちは取り囲まれてしまった。
「お前ら何やってたんだ? 何なんだこれは、無茶苦茶じゃねえか! 犯人は誰だ! 一体何をどうやったらこんなことになるんだ?」
紺色のジャージを腕めくりした先生は、イライラした様子で頭を掻きながら問い
なんだか知らないが、先生はたまたま真正面にいただけの俺の目をじっと見ている。
仕方なく「あっ、いや、それは…」と思わず言って口ごもり、助けを求めるように隣にいた橋野先輩を見た。
先輩は首を傾げながら、それまであらぬ方を見ていたが、我に返ったように、
「ぼ、僕は、何にも、知りません…」と小さくつぶやいて、黒子先輩の方を見る。
それを受けて黒子先輩は一歩前へ出て、部長としての責を果たすように話し始めた。
「先生方には大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。確かにこの状況は、我々トデン研の活動に伴って生じた事象ではあります。ですから、その点に関してはいくらでもお詫び致します。しかしですね、これは、物の怪の調伏のために除霊が行なわれた結果、致し方なく
「ああ~、黒子! お前が真面目に話すといつも回りくどくなって、俺にはよくわからん。もっと簡潔に言ってくれ」戸田先生は益々イライラした様子で、頭を掻きむしる。
「それでしたら、その件に関しては私から説明致します」
この様子を見ながら、遠巻きにしている生徒の群れの中から声がした。その場にいた全員が、声のした方に一斉に注目する。
そこには生徒会長の岸野
――この人どこかで…。ああそうか、入学式でさわこが挨拶する前に、在校生代表として、新入生歓迎の挨拶をした人だ
岸野亜弥はやや栗色がかったショートヘアのよく似合う、さわことも美穂ともまた違ったタイプの美人だった。
「なんだぁ、きしのぉー。なんで生徒会長のお前が説明すんだよー?」山田先生が訊いた。
「はい。実はこのような状況になったのは、生徒会から都市伝説研究部へ依頼した件に関係しているのではないかと思われるからです。ねえ、黒子君、そうなんでしょう?」
岸野会長がにこっと笑って黒子先輩を見た。
「ああ、そうそう! そうだとも。岸野さん!」思わぬ援軍を得た黒子先輩が勢いづく。
「と、言う訳で…、場所を変えませんか、先生方。他の生徒たちの目もありますし。――なにしろ、その生徒会からの依頼というのは、例の切り裂き魔に関するものですし」
岸野会長が笑みを浮かべ、何やら思わせぶりに言った。
「な、なにぃー⁉」
山田先生が素っ頓狂な声を上げた。
「そうか、わかった。じゃあ、そうしよう」
戸田先生は一瞬眉を曇らせて頷いた。
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