第18話 闘い終わって

  18


 もののけが発した風の刃で、最後の一羽が真っ二つになり、元の御幣に戻ってひらひらと舞い落ちる。

 黒い獣はつむじ風を身に纏ったまま地上に舞い戻った。


――さて、どうする? この結界が解ければもののけたちの力も弱まるのだろうが…

 チラリと向こうの二人の方を見た。


 一旦はすべて地に落ちた煉瓦の群れが、再び二人の周囲に浮かんでいる。よかった、どうやら彼らもまだ無事のようだ。

 全員が五芒星の中に避難した後、彼女と力を合わせて結界を解くことが出来れば、奴等を祓えるかもしれない。

 黒子がそう思った時、美穂が五芒星の中を抜け出し、こちらに駆けてくるのが見えた。


「めぐむー! 大丈夫⁉」

 狛犬たちに続き、さっき飛ばした鳥の式神までも粉砕されてしまったのを見て、黒子のことが心配で、居ても立っても居られなかったようだ。


「美穂こっちに来るな、五芒星の中にいるんだ!」

「でも・・・」

 黒子の声に一瞬立ち止まった。


 だが、それを見逃すような奴ではなかった。どうやら美穂の方を見て、攻撃対象を変更したようだ。弱いものから片付ける。それが獣の本能らしい。


「美穂、早く五芒星の中へ戻れ!」叫んだ黒子が美穂に向って駆け出す。

 

 黒い不気味な物の怪が、赤い目を光らせ、自分を狙って冷たい視線を送っているのに気が付いた。慌てて戻ろうと背を向ける。

 それを見て、機敏に物の怪が駆けて大きく回り込む。気が付くと、姿勢を低くしてあっという間に正面に陣取っている。

「やだ、なにコイツ…」つぶやいて立ち尽くす。



 飛び回る相手に、何度も煉瓦のタイルで波状攻撃を試みてみたが、身に纏っているつむじ風に巻き込まれ、弾かれ、上手くいかない。次第に俺の息も上がってきた。


「ふぅ~! チクショウ。あいつ、火炎玉で焼き殺していいか?」

 隣で両手を上げ、戦っているふりをしているさわこ、いや、冴子を横目で見ながら言った。

「馬鹿者、そんなことをしたら、あの二人にお前の超能力が知られてしまうではないか。せっかくさわこの霊能力のように見せかけているというのに」

「だけど、そろそろそんなことも言っていられないかもしれない」力が抜けて、少しよろけた。


「そうか…。一分、いや、三十秒でいい。あいつの動きを止められぬか?」

「動きを止める?」

「そうだ、その場に動かぬように縛りつけろ。物を動かせるのだから、動いているものを止めることもできるだろう?」

「簡単に言うなよ! やったことねえよ、そんなの」

「なら、物は試し、今やってみい。その間に私があいつを祓う。行くぞ!!」

 さわこが一歩前に進み出る。

「えっ? 待てよ! さえ‥、さわこぉー!!」

 

 ――まったく、もう!! このババアは

 サイコキネシスを解除する。飛びまわっていた煉瓦が次々に落下する。ヤツの周囲を舞っていた煉瓦も、つむじ風に巻かれて四散した。

 物の怪を凝視し、地上に降りた瞬間を待って、意識を集中して念じる。


――ト・マ・レー!!


 獣は一瞬びくんと反応して、そのまま動きを止めた。その身は動かぬものの、狂暴そうな赤い瞳だけは、まだギラつかせている。


「よし! よくやった」

 叫んだ冴子が飛び出して、物の怪と対峙する。両の手を合わせて何やら呪文のように囁く。さわこの全身から陽炎のように、ただならぬオーラが立ち昇っている。


「・・・汝、もののけよ、荒ぶる汝が魂に命ず・・・」

 滔々と発せられる冴子の言葉に、動きを封じられた獣が身悶えし始めた。


――なんだ、この感じ。

 まるで、俺の身体の中でヤツが暴れ回っているような感覚。目に見えないもう一つの俺の身体が、無理矢理ヤツを包み込んで抑え込んでいる、といった感じだ。


「さえ…、いや、さわこ、まだか!? ――そろそろ、限界だぞ…」

「・・・我のこの言の葉によりて・・・」 

 言いながら、冴子が片手を俺に向けてもう少しと合図する。

「・・・今よりこの地より去り、汝が居場所へ帰れ!」


 ――マジかぁ、気が遠くなってきた


「やめて…、こっち来ないで! イヤー、助けて!!!」美穂の叫び声が聞こえた。


――なんだ!?

 ハッとして声の方を見た。遠退く意識の中で、もう一匹が前脚を交差し、今しも美穂に向け、真空の鎌を放とうとしているのが見えた。驚いて目をみはった。

——だめだ、間に合わない…


「散!!」

 冴子が最後の呪文を唱えると、祓われた獣は、光の粒となって消滅していった。



 恐怖で脱力したように、美穂がその場に座り込んだ。

「ミホー!!」

 大声で叫びながら、黒子が座り込んでいる美穂に飛び着いて、そのままかばうように覆いかぶさった。


シャリーン!! 

 同時にあの独特な不快音が響き、次の瞬間、光を発して空気の刃が飛んだ。


られる…」

 そう思った黒子の視界を遮り、突然渡り廊下に設置されていたベンチが、真横になって飛んできた。

 スパッと斜めに二つに斬れた木製のベンチは、大きな音を立てて、左右に二人の横を二、三回跳ねて転がった。

「なんだ!? 今の」

 驚いて黒子が立ち上がると、薄暗かった周囲が次第に明るくなってきた。見ると目の前に居たはずの物の怪の姿もない。どうやら結界が解けたらしい。


 すぐに屈んで、まだ座り込んでいる美穂に声を掛けた。

「大丈夫かい? 美穂」

 美穂はペタリと地面にお尻をつけて座ったまま、呆然として向こうの二人を見ていた。

 視線の先に、あの二人が倒れていた。




「黒子君、美穂さん、大丈夫ですか?」

 橋野が中庭で座り込んでいる二人に駆け寄って来た。

「ああ、橋野君。大丈夫、何ともないよ。――美穂、立てるかい?」黒子は美穂を支えながら一緒に立ち上がった。


「一体どうなってるんですか? 急に四人ともいなくなってしまうなんて」

「うん、どうやら妖怪の張った結界に取り込まれていたみたいなんだ。それより、先にあの二人を」黒子は向こうに倒れている二人の方へ歩み寄りながら言った。


「あっ!」倒れている二人を見た橋野が驚いて声を上げた。

 美穂は倒れている二人を見つめたまま、まだ呆然としてる。


「だけど、こりゃあ、いつの間にこんなことになったんだ!」橋野が変り果てた中庭の様子を見て言った。

 結界の外に取り残された橋野にとっては、短い間のほんの一瞬の出来事で、四人の姿が急に消えたと思ったら、次に気が付いた時にはこの惨状だ。驚くのも無理はない。


 校舎から体育館へ続く煉瓦敷きの通路は、デコボコにタイル状の煉瓦が剥ぎ取られ、あちらこちらに散乱している。

 植え込みの木々の枝が折れていたり、倒れかかっているものまである。おまけに中庭のベンチが一つ、二つに割れて近くに転がっている。


 中庭周辺のただならぬ様子に、放課後とは言え、次第に人が集まってきた。


「わぁー、なんだこれは!!」

 呆れたような叫び声をあげて、山田先生が校舎の方から走ってきた。

「こりゃ酷い」遅れて生活指導の戸田先生も、辺りを見回しながら近づいて来る。


「おい、これは一体どういう状況だ⁉」戸田先生が問う。


「お前たちの仕業か、って訊いてんだコラ、ああん!!? 」

 山田先生は前屈みになって腰に両手をあて、近くに突っ立ている橋野に向って怒鳴りつけた。

「えっ⁉ い、いえ、違います。僕じゃありません、僕は何にも知りません!」山田先生の剣幕に、慌てて橋野が目の前で右手を左右に振りながら否定する。


「ああん!? じゃお前か?」今度はまだ呆けた様子の美穂を見て尋ねた。

 美穂は黙って、向こうの二人、いや三人を指さした。

 指さす方を見遣った山田先生は「うん? あっ! 誰か倒れているじゃねえか」そう言いながらそちらに走って行く。




「中臣さん、大丈夫ですか? しっかりしてください」

 さわこを抱き起し、何度も繰り返す黒子先輩の言葉が聞こえてきて、俺も意識を取り戻した。ゆっくりと身を起こして周囲を見回す。


 さわこに乗り移った宜野湾冴子がもののけを祓ったお陰だろう、どうやら結界は消えて明るくなっていた。

 それはいいのだが、もう一度中庭の様子を見ると、自分がやったこととは言え、とんでもないことになっている。


――うわぁ~~、なんだ、これ…


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