第17話 戦闘

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「ヤバイぞ、あいつら、やられちまった」

 黒子先輩が召喚した二頭の獅子、式神のうんが光の粒になって消滅した。


「でも陰陽師ってスゲーんだな、宜野湾冴子もあんなことできたのか?」

「ごめんなさい、野原くん。私、なんにもできなくて…」さわこは下を向いて、小さく震えながら両手で頭を押えている。

「えっ?」

 まただ、なんで俺にだけ、そんなこと言うんだよ。


「私って、いつも強がりばかり言って…」

 そっと顔を上げ、見上げるその眼からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「なんにもできない。物の怪で困っている人たちを助けるどころか、私なんか居てもなんの役にも立たない」


 そうだ…。こいつ、ちょっと見栄っ張りなとこがあるだけで、本当はただの怖がりの、普通の女の子なんだよ。

 なのになんで…。こんな怖い目にあってまで、「もののけ」なんかに、自分の一番苦手なものに、どうしてそこまでこだわる。


「そ、そんなこと言ってる場合か。――大丈夫、お前だって、いつかきっと人の役に立てる時が来るさ」

「ほんとう?」俺の言葉に、驚いたように目を丸くし、小さく口を開けて見つめている。

「ああ」大きく頷いた。


 ――まっ、知らんけど。たぶん大丈夫だろう。冴子の婆さんがお前はポンコツじゃない、って言ってたしな


「でも、とりあえず今は・・・」さわこの肩に手を掛ける。

「逃げるぞ! ついて来い」

「うん!」

 もののけに背を向け、固まっているさわこを抱き起した。手を繋ぎ、一緒に体育館を目指して走り出す。


 ・・・が、すぐにそいつは身軽に俺たちの横を跳ぶように駆け抜け、くるりとこちらに向き直ると、小さく口を開けて威嚇するように鳴いた。

「キィー、キー、キー」

 赤い目がギラっと光ってさわこを射抜く。


「やっ、ダメ…」それを見て立ち止まったさわこが、再びガクっと膝をつく。

「くっそ、しっかりしろ!!」



「キィー、キー、キー、キー」

 背後でも妖怪の叫ぶ声がした。もう一匹は、黒子先輩と美穂の方へ回り込んでいる。姿勢を落とし、ゆっくりと両手の鎌を交差させ身構えている。



「美穂、下がってて」

「でも!」

「大丈夫だから、僕の言う通りに」緊張した眼差しで美穂を見つめ、しかし笑顔で言う。

「わかった…」

 俯き加減で顔を赤らめ、美穂が言われた通りゆっくりと後ろに後退って行く。


 黒子先輩が再び印を結んで呪文を唱え出す。  

「急・急・如・律・令!」


 唱えながら、人型の御幣ごへいを数枚取り出し、「ふっ」と、息を吹きかけ、しろとして宙に飛ばす。見る間に数羽の白い鳥となって舞う。

 それを見て、釣られた黒い獣が、式神たちのあとを追い掛ける。


「よし。今のうちに」

 



――チクショウ、どうする? このままじゃ… 

 そいつは目の前の俺たちをしばらく睨むように見ていたが、静かに二本の前脚を交差し、攻撃態勢に入る。


――仕方ない、やるか! 

 そう思った時「お願い、おばあちゃん、助けて、助けて…」さわこが目を閉じて下を向き、小声でぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。


――そうか、宜野湾冴子! なぁ、あんたどっかで見てんだろ? 頼む、なんとかしてくれ!!


シャリーン!!


 例の鎌をこするような音が聞こえたかと思うと、光を発して大気を切り裂く振動波が飛ぶ。

 

「ヤバっ!」

 反射的にさわこを抱いて舞い上がり、一回転して切り裂く風から身をかわす。


「えっ!?」

 一瞬、重力から解放され、目をつむっていたさわこが驚きの声を上げた。だが、それでもやはり怖いのか、目はつむったまま、開けることは出来ないようだ。


 着地して、ヤツを見る。ゆっくりと、再び攻撃態勢に入ろうとしている。


――おおい、宜野湾冴子、いねえのかぁ!? 肝心な時に。このクソババア!!!


「誰がクソババアだ!!」

 ゴチッ!! 頭の中に声が響くと同時に、誰かが俺の頭を殴った。

「イデッ!」


 不意に目の前に怒った顔の宜野湾冴子が、どアップで迫った。

「あうぅぅ‥、ば、ババぁ、近い!」思わず顔を背ける。

 しかし、俺の目に映る冴子は、その姿が薄く透けて見えている。恐らく他の人には見えないのではなかろうか、と言うくらいに。



「紗和子…」優しく、慈愛に満ちた冴子の声が聞こえた。

「えっ?」呼ばれたさわこが驚いて顔を上げ、眼を開いた。

「おばあちゃん⁉」

 目の前に、優しかった祖母の笑顔が、そこにあった。


「ごめんよ、紗和子。ちょっと、眠っていておくれ」

 笑いながらそう言うと、さわこの頭をゲンコツで殴った。

「ふんぎゃっ⁉」

 さわこが白目を剥いてガクリと気を失う。


「さ、これで思う存分戦えるだろ?」

「ちょ、いくら何でもやり方が荒っぽくないかぁ? 引くわぁ~」そのままパタリと後ろに倒れそうになったさわこを受け止めて言う。


「仕方なかろう、今のあたしにはこれが精一杯だ」そう言うと、がやおら身を起こした。

「しばらく紗和子の中にいて、この身体を支えているから。――その間に、何とかしろ、野原一樹!!」

 いつもとは違う、妖艶な笑みを湛えたさわこが、いや冴子がそこにいた。




 黒子はペンライトを取り出し、光を操って五芒星を描く。

 すると尾を曳いた光は消えることなく、二メートルほど先の地面へと移動してそのまま定着した。 

「今だ。美穂、五芒星の中へ!」

 慌てて美穂が地面に描かれた、輝く大きな五芒星の中に駆け込んだ。

 

 妖怪はつむじ風を起こして舞い上がり、白い鳥を追い掛けた。黒子は印を結んで、召喚した鳥たちを操って攻撃を試みたが、つむじ風に弾き飛ばされたり、巻き込まれて四散したりした。

「くっ、やっぱりこんなもんじゃ駄目か」




ゴギッ! メキメキ、ベキベキッ、!!! 

 何かが壊れる大きな音がした。

 その音に驚いて、黒子先輩と美穂の視線が一瞬こちらに向いた。タイル状の小さな煉瓦れんがが俺とさわこ、二人の周囲にいくつも舞い上がって浮遊している。

「あれは…。中臣さんか?」


 実は俺が念動力で通路に敷かれている、煉瓦れんがをごっそり引き剥がしたのだが、どうやら勘違いされたようだ。

 

 シャリーン!!

 音が響いて、突風の鎌が飛んで来る。

 咄嗟に、俺は宙に舞っている煉瓦を集めて壁を造った。

 いくつかの煉瓦が砕けて、ビシッ、ビシッと周囲に飛び散る。


「婆さん、煉瓦の動きに合わせて手を動かしてくれ。俺じゃなく、さわこがやってるように見せる」

「おお、なるほどな」

 さわこが腕を上げ、黒い妖怪を指さした。それに合わせ、舞い上がる煉瓦の群れを操作してつぶてのように、次々とヤツに叩きつけた。


「キッ、キィー!」

 数発命中したようだ。つむじ風を起こし、上へと逃げ出した。狂暴な獣も手傷を負い、幾分か怯んだように見える。


 とにかく、ヤツに反撃する隙を与えないよう、こちらからずっと仕掛けるしかないな。あの攻撃は危険だ。

 そう思った時、目の前が一瞬暗くなった。


(やめなさい、お前たち)


 その声にハッと我に返る。

 今、どこからか声が聞こえたような気がしたが、その一瞬の記憶が飛んでいる。


「だめよ、お前たち、もうやめなさい。戻って来なさい」微かな弱々しい声だった。

 空耳ではない。思わず声のする方を見る。

――あれは…

 例の女子生徒が、結界のとばりの外で、見えない壁でもあるかのように、両手でドンドンと叩いている。

――奴らを止めている? あの子が命じて、やらせていたんじゃないのか?


 だが、今はそれを考えている余裕はない。必死で一つ一つの煉瓦の動きに集中し、念じる。


――飛べ! ヤツを叩け!!


 俺の意志が乗り移ったかのように、タイル状の煉瓦が、群れを成して黒い獣を取り囲む。

 煉瓦はまるで生き物のように勢いよく体当たりしては舞い上がり、つむじ風に弾かれても再び獲物に向って突進していく。


――!?

 急に眩暈めまいがして、ドスンとそのまま尻もちをついた。それと同時に宙を舞っていた煉瓦が、バタバタと一斉に地面に落下した。


「どうした⁉ 一樹、大丈夫か?」さわこが、いや冴子が俺を見た。

「ああ、なんともない。ちょっと頭がくらくらして力が抜けただけだ」

 頭を左右に振って起き上がった。

 そうだ、こんなに長く、サイコキネシスを何度も使ったことは一度もない。いつまでこんなことを続けられるのだろう。なんだか全身の力が抜けていくような気がする。


「う~~む。どうやらお前さんの力にも限界はあるようだな」

 そう言われてみれば、今まで人に超能力を知られぬよう、隠すことばかり考えて、何ができるのか、どこまでできるのか、限界なんて考えたことなかったな。


「だとすると、これ以上長引くと不利だな、早めにけりをつけろ!」

「そうか、わかった」


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