第20話 会議 その結末
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生徒会長の岸野亜弥の提案により、俺たちは中庭から生徒会室に場所を移した。
生徒会室は部室棟の二階、トデン研の部室とは中央の階段を挟んでちょうど反対側にある。
ただし、こちらはトデン研の部室と違い、日当たりのよい南側にあり、しかも贅沢なことに、普段生徒会役員が仕事に従事する執務室の他に、応接室と会議室の三つの部屋を有している。その中で、俺たちは今、一番広い会議室にいる。
中央の長テーブルを挟んで、教員側からは戸田先生と山田先生、それに後から来た副校長の宝田先生の三人。
その反対側の中央に生徒会長の岸野亜弥、その隣に副会長の大野真人。二人を挟んで奥に黒子先輩、美穂とさわこが、入り口側の席に橋野先輩と俺、という感じで席に着いた。
「それで岸野、生徒会からこいつ等に依頼したことってのはなんだ?」いきなり戸田先生が単刀直入に訊いた。先生は真っすぐな体育科教員らしく、まどろっこしいのは苦手らしい。
「はい。一週間ほど前から、生徒会では連休明けの一斉部会に向け準備をしていました。同時に部員数不足や活動実績のない部活、同好会の廃部勧告も行いました」
「それで?」
「その際、都市伝説研究部もそれに該当しましたので、昨年度の部員であった黒子君と橋野君をお呼びしてその旨通告しました」
そう言って、岸野会長は黒子先輩と橋野先輩を見た。
「お二人としては、都市伝説研究部をぜひとも今年度存続させたい、とのことでした。それならば、と五名以上の部員数の確保と、期限までに活動実績の報告書の提出を求めました」岸野会長はここで一旦間を置いた。
「ところが困ったことに、お二人とも昨年度の活動実績の報告といっても特に何も思い当たらない、とのことでした」
先輩たちは二人とも、神妙な顔で黙って聞いている。
「それならば、報告書の提出期限である一斉部会までが昨年度の扱いになるので、それまでに何か部活動としての活動を行い、それを報告してください、と申し上げました」
「なるほど…、それで、その活動の結果があの中庭の惨状という訳か? ふざけんな、あんな破壊行為が部活動と認められるか!!」戸田先生がドンとテーブルを叩いた。
「おお~い、きしのぉ~、お前、さっきの切り裂き魔の件、どこいった?」
「あの、それは、私たちが…」と、後ろでオブザーバー参加していた、生徒会役員、書記の西崎りえと、庶務の榊陽子の二人が小さく手を挙げた。
「活動実績の件で、黒子君と橋野君が悩んでいたんで、それなら、校内で今起きている、連続切り裂き魔事件を解決して、それを活動実績として報告したら、って言ったんです。あれって、なんだか都市伝説みたいな不思議な話だし。ちょうどいいかと思って…」と榊陽子が言った。
「私たち、アドバイスというより、冗談のつもりだったんですけど…」困惑気味に西崎りえが続けた。
「そしたらこの馬鹿が、それはいい、あれは絶対に物の怪の仕業だ、とか言い出して」ムッとした顔で副会長の大野真人が黒子先輩を睨んだ。
「それは確かに君の言う通りだが、バカ呼ばわりはいただけないな、僕は本当の事を言っただけだ」黒子先輩は腕組みをして、前を向いたまま言った。
「被害者が何人も出ているのに、いい加減なことを言うな、物の怪なんているもんか!」
「大野君、落ち着いて」岸野会長が制した。
「なるほど。それで、生徒会から都市伝説研究部に犯人捜しを頼んだと?」話を先に進めようと、宝田副校長が言った。
「いえ、僕はただそんなに言うなら、やれるもんならやってみろ、と言っただけです」
「だから、僕はトデン研で絶対に犯人を見つけて、除霊してやる、と言ったんです」
「まあ二人の間で、売り言葉に買い言葉みたいになってしまいましたが、切り裂き魔の件が黒子君の言う通り、物の怪なる者の仕業で、もしそれをトデン研の皆さんが解決してくださるのであれば、それは願ってもない話なので。正式に私から調査をお願いしました」
「きしのぉ~、お前みたいな聡明なやつが、マジで物の怪退治をこいつらに依頼したのか?」山田先生が横槍を入れる。
「犯人が物の怪であろうが、人間の仕業であろうが、この際関係ありません。たとえ犯人が人間でも、それがわかれば都市伝説研究部としては活動報告にそう記せばいいだけですし、あとは部員数さえ確保できれば問題ないかと。――それよりも、私としては、なんとしても早急にこの事件を解決しないといけない。それが急務で、そのためにはあらゆる手段を講ずるべきと考えました」
「ああ? なんでだ?」山田先生が訊いた。
「校内のあちこちに防犯カメラなんか設置されて、いちいち監視されたりしたら、堪りませんからね」大野副会長が皮肉な笑みを浮かべながら言った。
「なに、それ⁉」
「ほんとに?」
俺たちトデン研の連中だけが声を上げた。
「ああ、なんだそれ? 聞いてないぞ!」あともう一人、山田先生。
「先生…、前回の職員会議で提案があったでしょう」戸田先生がたしなめる。
「そうだっけ? 職員会議なんて、いつもつまらん話ばっかで、眠くなっちまうし、そんで気がついたら終わってるしなぁ、アハハハ!」
隣で副校長先生が渋い顔をしている。
「そんなの横暴よ!」美穂が言った。
「そうです、プライバシーの侵害です」生徒会役員の西崎と、榊も口を揃える。
「そうかぁ、お前らの言うことはよくわかるぞ。校内に適当な死角がなくなっちまったら、みんなどこで好きな相手に告れ、ってゆーんだよなぁ!」
「山田先生は少し黙っていてください」戸田先生が少し声を荒げた。
「まあまあ、みなさん。まだ決定事項ではありませんから。それに学校は警察とは違います。カメラを設置して、何が何でも犯人を捕まえて罰しようとか、そんなつもりはありませんよ。あくまでも生徒の皆さんの安全の確保が目的です」副校長が説明した。
「そうだ。生徒の監視をするのが目的じゃない」戸田先生が応じた。
「そんなこと言ったって…」
「そうよね」
「我々だって出来ればそんなことはしたくはないさ」戸田先生が言うと、
「そうだ、そうだ! 悪さしている奴が大勢見つかったら、説教すんのにこっちの仕事が増えるじゃないか。私も反対だ!」と山田先生が応じる。
戸田先生がまた頭を掻きむしったが、しかし、もはやまともに相手しない。副校長が話を続けた。
「しかしですね、――これは、ここだけの話で、今しばらくは皆さん、内密にしていただきたいのですが、よろしいですか?」
宝田副校長が会議室にいる生徒たちを見回した。全員無言で頷く。
「実は、切り裂き魔の件ではケガ人は出ていない、ということになっていますが、二人の女子生徒に、同一犯によると思われる人的な被害が出ています」
宝田副校長はここまで言って顔を歪めた。
「そんな! そのような話、聞いていません!」ガタッと椅子を鳴らして、岸野会長が勢いよく立ち上がった。
「まさか殺人事件…」美穂がつぶやいた。
「いえいえ。被害者たちは校内で倒れているところを発見され、すぐに病院に運ばれて、無事です。制服が切り裂かれている点は他の生徒と同じなのですが、制服の背中の切り口に沿って、皮膚に薄く十文字に痕が残っていたそうです。外傷はそれだけなのですが、なにしろ貧血が酷くて大量の輸血が必要だったそうです。医者は外傷がないのに、まるで交通事故かなにかで大量出血したみたいだと」
それって、他の生徒の被害とよく似ている。受けた傷が制服だけで済んだか、身体にまで及んでいるか、の違いか?
やっぱりあの妖怪たちの仕業だ。たぶん、トデン研のみんなはそう思っているに違いない。
「一応俺の方から警察にも連絡はしたんだが、学校内のことだし、二人とも輸血をして二、三日で退院できて命に別条もない。保護者も騒ぎになるのを嫌って、とりあえず被害届は出さないと言う。しかしまあ、そうかと言って、学校側としては何もしないわけにもいかない。これ以上被害者が出ないように調査、対策をするということになった。その対策の一つが防犯カメラって訳だ」戸田先生は難しい顔で腕組をしている。
「ところで黒子君、話を元に戻しますが、今までの話の流れによると、あの中庭の荒れようは、君達の言うところの物の怪を除霊したことによる、ということで間違いありませんか?」宝田副校長が黒子先輩に問うた。
「はい。その通りです」
「それで、その除霊とやらは成功したのですか?」
「ええ恐らく。妖怪は二匹。こちらの中臣さんが除霊しました」黒子先輩が隣にいるさわこを見ながら言った。
「ほう。君は確か入学式でもののけハンターの助手を募集した…」宝田副校長の視線がさわこに向かう。
「はい。中臣紗和子です」澄まし顔のさわこが答えた。
「なぁかとみぃー、それじゃあれは全部お前がやったことだってえのか? お前、そんな怪力女だったのか?
「先生、違います。あれは中臣さんの霊能力によるものです。こんなか弱い女性が素手であんなことできませんよ」
「あん? 霊能力だぁ~。んな胡散臭いもん、ある訳ないだろ、黒子。笑わせるなぁ!」
「何を言ってるんですか、先生! 彼女は数々の奇跡を起こしてきた、あの『もののけハンター』宜野湾冴子のお孫さんなんですよ!」
「はあ? 誰だよ、それ」
「おお、宜野湾冴子ですか! 私も昔よくテレビで見ていましたよ」宝田副校長が叫んだ。
「ともかく、黒子。霊能力の存在の有無はこの際置いておいてだな。中庭の損壊は都市伝説研究部がやったことで間違いないんだな?」
「はい」黒子先輩が元気よく答えた。
「まあ、中庭修復の金銭的な面は学校側で何とかするとして…、道義的な責任は、誰がどう取るつもりだ?」
この戸田先生の言葉の後、しばらく沈黙が流れた。
すると、不意にさわこが立ち上がり、
「戸田先生、あれは全部私がやったことです。私の不始末は助手の不始末。なので、助手である、ここにいるケタロウ君が全て責任を取ります!」と言った。
「えっ⁉ え~~、なんで?」驚いて俺は椅子から跳び上がった。
「いいよね、野原くん」
「そんな、助手の俺がお前の不始末の責任取るって論理、おかしいだろ⁉ 普通逆だろ?」必死に食い下がった。
――いや、確かにそりゃ俺がやったことなんだけどね。でもそれ全部俺の責任ってひどくない?
「そ~~か、よ~くわかったぁ。じゃあ、野原、明日朝8時に中庭に集合だ! そうして造園業者の方のお手伝いをするんだ。私が手配をしておいてやる。心配すんな、担任するかわいい生徒のためだ。私も明日は一緒に居てやる。――それでいいですか、副校長?」
「山田先生がそうおっしゃるなら、お任せしますが…」
「アーハッハッ、わっかりました~!! お任せください」
なんでそんなに嬉しそうなんだこの人。目が輝いている。どうやら山田先生はやはりこういったボランティア系のことが大好きなようだ。
「なるほど、そういう責任の取らせ方が。さすが山田先生、教育的配慮が行き届いていますな」戸田先生もしきりに感心している。
――えっ? なに? なに? どーゆーこと?
「いや第一、先生、明日って学校休みじゃ…」
「だぁ~からこそ、心置きなく手伝えるってもんだろ。授業に差し障ることもない。教員として、担任するかわいい生徒への最大限の配慮だ。感謝しろ」
「そんな!」
「ごめんなさい、野原くん。あなたを手伝いたいのはやまやまなんだけど、私、明日は絶対に抜けられない大事な用があるの」
「はあ? なんだそれ。俺には用がないとでも?」
「何かあるの?」
「えっ? あ、いや、別に、そんなのないけど…」
助けを求めるようにトデン研のみんなの方を見た。全員、我関せずとあらぬ方を見ている。
――そうかい、皆さんこの際、誰か一人、人身御供を出して、それで丸く収めようって腹かい・・・。
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