第12話 思い人
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「いや、俺は別に…」
「ああ、私にはウソつかなくていいよ。だったらなぜ、みんな怖がって、誰も近寄らないあの子といつも一緒にいるの?」
「それは…」
――それにはなんと言うか、いろいろとひと言では言えない複雑な事情があるのだが
「けど、彼氏だったら、もっとしっかりしなさいよ。ちゃんと、身も心もぐっと自分に引き寄せて、離さないように」
「いや、だから彼氏とかじゃ…」と言う俺の言葉など全く聞いちゃいないようで。
「女の子はね、いつだってそういうのを求めているものなの。強い男に身も心もゆだねる。そのための準備は…、いつだって出来ているんだから!」
やや頬を赤らめながら力説する。
――いやそれって、女の子じゃなく、あなた個人の見解なのでは?
美穂はさわこに部室内を案内している二人、特に黒子のことを気にして、さっきからチラチラとそちらの方を見ている。
「とにかく、もうこれ以上あの子を恵に近づけさせないで!」
――ああ、そうか。そっちねぇ…。この子、黒子先輩のこと…
「あの、仲代さんと黒子先輩って」
そう言うと、美穂は少しムッとした表情で、眉を吊り上げて俺を見た。
「ただの幼なじみよ。…今は、まだ」
「今は…、まだ?」
「私の家の一族は、女の子が生まれると、その子が代々賀古神社の巫女を務めてきた家系なの。それで、巫女を辞めた後は、そのまま黒子家に嫁ぐっていう慣習が昔からあったみたい。だから親や親戚たちは、私たち二人を結婚させたがっているわ」
小柄だが長く美しい黒髪。なるほどこの人が巫女と言われても納得だ。
「ああ、親同士が決めた許嫁ってヤツ?」
「でも、流行らないでしょ、今時。そんなの」
「まあ、そうですかね」
「だから周りの人たちも、無理強いはしない。二人の気持ちに任せる、みたいなこと言ってはいるんだけど。だけどね、私は別に…それでもいいかな、って思ってる。でも恵は結婚とか、そんなことは別にどうでもいいような感じで…」
もじもじしながら、もはやひとり言のようになっている。
――なんなんだ、この子は。ほぼ初対面の俺に、なにやらずいぶん個人的なことを語り出したぞ
「ま、まあ、お互い高校生だし、黒子先輩も今はまだそういうこと、考えられないだけなんじゃ。ほら男の人って、特にさ…」
「男の人はそうでも、女の子としてはそうはいかないの。わかる、そこんとこ。ねえ、ケタロウ?」
「えっ、ああ…、いや、よく、わかんないかな…」
「ふん、まあ、あんたはそうでしょうね」
美穂は俺のことを上から下まで一瞥すると、鼻で笑った。なんか失礼だな、おい。だったら俺なんかにこんな話すんなよ。
「あの日、私の入学式だからって、恵もウチの親と一緒に出席したの。そしたら、突然壇上であの子が『もののけハンター』を名乗り始めて。あとで調べたらあの子、宜野湾冴子の孫だとかいうじゃない。そうとわかったら、恵ったら急にトデン研であの子と一緒に活動するとか言い出して」
「な、なるほど、そういう…」
風が吹けば桶屋が儲かる、とは言うが、まったく世の中何が起きるかわからないもんだ。
そのうちに橋野が手にした届け出用紙をヒラヒラさせて「じゃあ、中臣さん、あちらのテーブルで入部届に名前を」と、さわこを促した。
「紗和子さん、このトデン研で、物の怪のために苦しんでいる人たちを一緒に救いましょう!」爽やかな笑顔で黒子が言った。
その言葉に、一段とさわこが目を輝かした。
「野原くん、私、とりあえず名前だけトデン研に貸すことにしたわ。一年生のうちはどっちみち、どこかの部に入らないといけないんだし。野原くんも入りなさい」
「なんでだよ!」
「あなた、私の助手でしょ。当然じゃない。それとも何か他に入りたい部活でもあるの?」
さわこは急に腰に手を当てて偉そうに言った。
「いや、そんなの別にないけど・・・」
「じゃ、決まりね」
――クソ、このポンコツめぇ
今のやり取りを隣で聞いていた美穂が、蔑むような目で俺を見ている。
「何? 助手って。あんた、完全にあの子の尻に敷かれてるじゃない。付き合ってるのかと思ったら、下僕扱い? とんだ見込み違いだったみたいね」
「だから違うって言っただろ!」
「まあいい。あんたにⅯ的な嗜好があって、それであの子のことが好きだと言うのなら、それはそれで仕方ない、私がサポートしてあげる。だからしっかりあの子のこと、捕まえておきなさい!」
「いや、だから違うって…」
「間違っても、あの子が恵にちょっかいを出さないようにね!」
――いやどっちかっていうと、黒子先輩の方がちょっかい出しているように見えるんだが
入部届に記入すると、新入部員も増えたことだし、早速部会を開きたい、と黒子部長が言うので、俺たち二人を含む五人のメンバーがテーブルを囲むように席に着いた。
「まず、今後の日程的なことなんだけど…」
黒子先輩は立ち上がり、奥にあるホワイトボードに歩み寄ると、一回転させてひっくり返した。裏面には、日付と共に今後の予定がびっしりと記されている。
「生徒会の岸野会長から示された部員数の確保、切り裂き魔の犯人捜し、この二つのミッションの達成までの時間的な期限はここ。ゴールデンウイーク明けの週の水曜日だ」
そう言って『5月11日(水) 一斉部会』と書かれた、下から二番目のラインを指差す。
「ここに書いてある通り、この日は校内で一斉部会が予定されている。例年だとここで顧問の先生を含め、全員が各部で集まってメンバーの確認、部長や副部長などの役職も正式決定して、部員名簿を生徒会に提出することになっている。我々の場合は、それと一緒に活動報告書も同時に提出するよう言われている」
「ちょっと待って恵。それじゃあ、あと二週間くらいしかないじゃない」
美穂が遮るように黒子の説明に口を挟んだ。
「うん。まあ、そういうことだ」
「それにあと二日もすればゴールデンウイークが始まるのよ。連休を挟むから、校内で犯人探しができるのは実質一週間。そんなの間に合うわけないじゃない」
再び美穂が少々声を荒げて言った。
「確かに、この二人のお陰で部員数はなんとかなったとは言え、それでも美穂の言う通り、切り裂き魔の事件を解決するまでの残り時間はあまりに少なく、非常に厳しいと言わざるを得ない」
黒子はあくまでも冷静に、興奮気味の美穂をなだめるように答える。そうして、ホワイトボードの一番下の『5月18日(水)部長会議』と書かれた一行を指差した。
「ここだ。この次の週の部長会議。ここで各部の活動報告、今年の予算の決議が行われる手はずだ。だから最悪、そこがギリギリのタイムリミットだと僕は思っている」
「約三週間…」さわこがポツリとつぶやいた。
「だ、大丈夫ですよ。中臣さんも入部してくれたことだし、黒子君と二人でなら、きっとそれまでに犯人を捕まえ…、い、いや除霊することができますって!」
橋野が立ち上がって力強く言う。
「そうだ。トデン研存続のためには、やるしかない。早速、明日から被害者への聞き込みと、犯行現場の検証から、手分けしてやろうと思う」黒子がまとめた。
そうか、時間がないとか言いながら、結局明日からか。
確かに窓の外はもう薄暗くなってきている。下校時刻も迫っているし、被害者たちもすでに帰ってしまって、もう校内にはいないかもしれない。
犯行現場も暗いとどうしても見落としがあるかもしれないし、そう考えれば、まあ妥当な判断かもしれない。
「よ~~し、頑張りましょう、野原くん! トデン研、せっかく入ったんだし。なにより今からまた幽霊部員でもいい、っていう部を探すのも大変だし!」
「そういう問題なの?」
美穂があきれ顔で言った。
「なんかそれ、俺を助手にした時と同じ感覚な」
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