第11話  トデン研存続のために

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「陰陽師って、あの安倍晴明とかの?」

 俺はなんとなくうろ覚えに覚えていたことを、とりあえず言ってみた。


「陰陽師と言っても、ウチは本流からは外れているんだけどね」

 自分の目の前で、両手をゲンドウのポーズに組んだ黒子が言った。


「晴明は朝廷に仕える言わばお抱えの陰陽師。対して蘆屋道満は、言ってしまえば在野の民間の陰陽師だ。その道満の一番弟子と言われている芦屋傲満が賀古神社の開祖。うちのご先祖様と言われているんだ」


 そんなドーマンとかゴーマンとか言われても、俺にはピンとこないし、よくわからない。

「はぁ、そうなんですか」と答えるしかない。


「そう言えば、確か祖母が時々賀古神社の宮司さんの話をしていたような・・・」

「もののけハンター宜野湾冴子の活躍は、子供の頃僕もテレビでよく見ていたし、祖父も彼女とは知り合いとかで、よくその話をしていました。とっても優秀な霊能者だったと」


「そうなんですね!」

 何かがはじけたようにさわこの表情がふっと明るくなった。

「だからこそ、そのお孫さんである中臣さん、あなたにぜひ協力して欲しいのです!」

 勢いづいて黒子が前のめりになった。


「切り裂き魔の犯人捜し。…いえ、もしそれがもののけの仕業だとすると、それはもう除霊・・・」

 目を輝かし、うっとりとした顔つきで、さわこがぽつりとつぶやく。


――おいおい、なんて顔してんだ! コイツ、チョロくないか? すぐに断れ。私には除霊とか、妖怪を祓ったりなんて、できませんって!! 


「除霊。…そうです。正にそれを、我々トデン研は生徒会から委託されているのです!」

 不意に横から橋野が話に割り込んできて力説した。

「そうでないと、トデン研は廃部になってしまうのです! だから、そうならないために、中臣さん、あなたの力が必要なんです!!」

 橋野は拳を握り、軽くテーブルを叩いた。


「廃部・・・って、どういうことですか?」

 大人しそうな橋野副部長の力説する態度が気になった俺が尋ねた。


「だから、犯人が人間だろうが、妖怪だろうが、切り裂き魔の事件を解決しない限り、トデン研は廃部ってことよ」

 少々投げやりな感じで、代わりに美穂が俺の問いに答えた。

「なぜそんなことに?」

「なぜって、あんただって、この状況を見ればわかるでしょ、そもそも現在の部員数が、部の存続条件を満たしていないのよ」

「ああ・・・」


「去年七人もいた三年生が卒業して、今年、三年生はいないし、新入部員は今のところ、ここにいる美穂だけだからね。現在の部員数は三人。部の存続のために必要な人数は五人以上。君の力が必要だと、さっきから言っている意味、わかるね、ケタロウくん」黒子が力強く続けて補足した。

「だから、俺はケタロウって名前じゃ・・・」


「おまけに、去年までの先輩たち、部としての活動実績がほぼ無いときてる」黒子先輩は俺の言葉を無視して続けた。

「あの人たち、ここでお菓子食べながら、都市伝説系の話をして駄弁っていただけでしたからねぇ」

 橋野先輩もまるで遠くて懐かしい人たちの思い出でも語るように言う。


「黒子先輩も、橋野先輩も去年は何の活動もしていなかったんですか?」さわこが尋ねた。


「ああ~、恥ずかしながら僕は、都市伝説や、怪奇現象、UFOなんかの話をしたりして、それ系の動画を見ては、その都度先輩たちと盛り上がって、それでいいやって満足していたし・・・」

 今更ながらばつが悪そうに橋野が頭を掻いた。


「まあ、僕は僕で、去年はほぼ幽霊部員だったからね」

「それじゃあ廃部になっても仕方ないし、特にやりたいこともないのなら、そんなにこの部にこだわらなくてもいいんんじゃ・・・」

「ああ、そう思っていたさ、ついこの間までは。――君たちも知っての通り、この学校には一年生の間は必ずどこかの部に所属すること、というルールがあったから在籍していただけだからね」


「えっ? そんなルールあんの? 初耳だぞ。山田先生そんなこと言ってたか?」

 思わず隣にいるさわこを見ると、もちろん知っていました、という顔をして澄ましている。

「野原君、まさか知らなかったの?」わざとらしく驚いたとばかりにさわこが言った。

——コイツ、嘘つけ~ 。さっきどこの部にも入るつもりないって、言ってただろうが


「…だけど、状況が変わった」黒子が再びゲンドウのポーズに戻って言う。


――状況が変わった? 一体なんの?


「あの入学式の日、あなたが妖怪ハンターの活動を開始すると聞いた時から」


 黒子は少し間を置き、さわこの方を見て話を続けた。相変わらず失礼なことに俺のことは全く見ていない。


「僕もあなた同様、自分の持つ特殊な能力を、何とかして世の中の人のために使いたい、とずっと思ってきた。そう、あなたのお婆さま、もののけハンター宜野湾冴子のように!」


――ありゃまぁ、この人も何言ってんだか…。あんな妙ちくりんな、さわこの演説を真に受けて、真面目に聞いていた人がいたなんて! おまけにあの変人の婆さんのようになりたいだなんて


「それには中臣さん、あなたとコンビを組んで活動できれば、これ以上いいことはない。そう思った。そのためには拠点が必要だ。それなら、このトデン研は最適だ。部室もあるし」


「と、まあ、ぼくも黒子君の話をいろいろと聞かされてですね、そしたら彼が神社の跡取りで、しかも陰陽師の末裔だというじゃないですか。それだけでもう興奮してしまって。すっかり彼に心酔して、こうやって部の存続のために協力しているって訳です」


「今年も部としてトデン研を存続させたければ、部員数を五人以上に増やすこと、活動実績をつくること、この二つが生徒会から提示された絶対条件だ」

「だからですね、君たち二人が入部して、尚且つ黒子君と中臣さんが切り裂き魔の件を霊的な事象として解決できれば、それがすなわちトデン研の活動実績となり、生徒会からのミッションはクリアできるというわけです」

 橋野副部長が要点をまとめた。


 なるほど、そういうことか。道理で熱心にさわこだけでなく俺のことも勧誘するわけだ。 確かにこの人たちにとっては一石二鳥なのだろうが、事はそう簡単ではない。

 そう、問題はさわこが霊能者としては未だポンコツだという事実だ。


 切り裂き魔の正体が人だろうが、妖怪だろうが、今のさわこにこんな得体のしれない事件を解決できるとは到底思えない。

 もし望みがあるとすれば、この、目の前にいる黒子先輩だが、この人の霊能者としての実力は一体どれほどのものなのだろう。陰陽師の末裔だとか言うが、本当にアテになるのだろうか?


 などと勝手に想いを巡らせているうち、いつの間にか俺の傍に廻り込んでいた仲代美穂が声を掛けてきた。

「ねえ、ちょっと、あんた」

 気が付くと、いつの間にか黒子と橋野はさわこに部室の中を案内して回っている。


「えっ、なに?」

「あんた、あの中臣紗和子とどういう関係?」

「いや、別にどうも、こうもないんだけど…」

「つき合ってんの?」

「えっ? いやいやいや、そんなんじゃないよ!」

「ほんとうに? だけどあんた達、いつも一緒にいるらしいじゃない。もののけハンターは妖怪の少年と付き合ってるって噂だし」


――妖怪少年って俺のことか?

「なにそれ? その話、マジ? 誰がそんなことを」

「知らなかったの? みんな言ってるわよ。美女と妖怪って」


 ああ…、なんてこった。高校でも今まで通り、目立たぬよう、人目を惹かぬよう、気をつけて生きていくつもりだったけど、もうあいつのせいで台無しだ。


 しかし考えてみれば当たり前か。そもそもさわこのような、そこに居るだけで目立つ、存在感のある女と一緒にいて、目立たないわけがない。しかもただの女ではない。もののけハンターを自称する頭のイカレタ女だ。


 そんな奴と毎日一緒に弁当を食っていれば、付き合っていると噂されても無理はない。まあ、実際には料理人であるさわこのオヤジさんが作った弁当を、高値で無理矢理買わされていただけなのだが、傍から見ればそんなことわかりっこないわけで。


「それで、アンタはどうなの?」

「どうって、何が?」

「好きなんでしょ、あなた。あの子のこと」


――え~~、なんだって!! なんでそうなる?


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