第10話 体験入部
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部室棟二階、廊下の一番奥の突き当り、どん詰まりの所にトデン研の部室はあった。
今日の昼休み、不意に押し掛けて来た「都市伝説研究部」の三人。
部長の
ただ俺たちと同じ一年生だという仲代美穂だけは、なぜだかさわこの入部にあまり乗り気ではないらしく、終始仏頂面をしていた。
黒子と橋野の二人は、とにかく今「トデン研」が抱えている問題、直面している事件解決のために、どうしてもさわこの力を借りたいというのだ。
一体どういうことだろう?
たとえ、妖怪や物の怪の類の話であっても、冴子の婆さん言うところの、力を封印された今のさわこでは、いずれ彼らの期待には応えられまい。そう、霊能者としての彼女は、未だポンコツなのだ。
などと思っていたところに、急に話の風向きが変わった。
「そうだ! よかったら、そこの君も『トデン研』に入らないかい? 歓迎するよ」
不意に黒子がさわこの隣に突っ立って、ボケッと成り行きを見ていた俺に言った。
「えっ? 俺っすか?」
「そう、君の若い力がぜひとも必要なんだ!」
黒子が俺の手を取って言った。
「おお~~」
それを聞いたさわこが、パチパチと拍手した。
「よかったね、ケタロウくん」
「ケタロウ言うな!」
「部活に入れば友達が出来るじゃない。やったね、ようやくこれでボッチじゃなくなるかも」
さわこが親指を立てた。
「そうかぁ、じゃあぜひ。ケタロウくん!!」
黒子が俺の目の前に顔を寄せて来た。
「あ、いや、俺は…」
――ケタロウじゃねえし・・・
「『トデン研』入部おめでとう! ケタロウくん」
拍手しながらニッコリ笑ってさわこが言う。
「さわこてめえ、コノヤロ、なに言ってやがる!」
「
美穂が黒子の腕を引っ張って、自分の方を向かせて言った。
「なんで? いいじゃない、いずれ頭数は必要なんだし。この際、入部してくれるんなら、誰でも…」
――ん? 今、「誰でも」って言ったよね?
「それはそうだけど、今そっちの問題は・・・」
そう言う美穂の言葉は聞き流し、黒子はもう一度さわこの方に向き直って「とにかく中臣さん、我々の話を聞くだけでも聞いてくれないか!」と、再度さわこに力説したところでチャイムが鳴り、改めて放課後にトデン研の部室で話を聞くことになったのだった。
「なあ、なんで俺までトデン研の部室に一緒に行かなきゃならないんだ?」
少し前を歩いているのを追い掛けるように声を掛けた。
「なに言ってんの。私が野原くんの体験入部につき合ってあげているんじゃない」
振り返ったさわこが、廊下の窓から差し込んだ陽ざしで一瞬白くなる。
「ああん、お前こそ何言ってんだ。誘われたのはさわこだろ」
「そんなことないよ。熱心に勧誘を受けてたじゃない、ケタロウくん」
あの時のことを思い出したように、いたずらっぽく目が笑っている。
「へっ! 頭数揃えるのに、この際誰でもいいようなこと言ってたぞ、あの先輩。だからもともとお目当てはさわこ、お前で、俺はオマケ。そんなん行く必要ねえよ」
よくよく考えたら馬鹿馬鹿しくなってきて、思わずため息を吐いた。
「そうかなぁ。でももし、たとえそうだとしても、私の助手になってくれたんだよね、野原くん? だったら、私の行くとこにはちゃんと一緒に付いてきてくれなくちゃ。――それに…、死ぬまでずっと一緒にいて、私のこと、守ってくれるんだよね?」
そう言って俺の目をじっと見つめている。
「死ぬまで一緒???」
その言葉にちょっとドキッとした。
――それって・・・。もしかして、俺のことを…
「だけど…、死んじゃヤダよ、野原くん…」
さわこは少し視線を落とした。
「さわこ…」
――そうだったのか。お前、そんなに俺のことを…。俺、誤解していたぜ…
「だって、野原くんが悪い妖怪にやられて死んじゃったら、また『助手探し』しなきゃだし。大変なんだよ、助手探すの。前に言ったけど。みんな私を怖がって避けるから」
――は?
「だから、野原くん。わたしにはもうあなたしかいないのよ」
――あ”~~~~~、いつぞや聞いたなぁ、そのセリフ
「へ~い、へい。さいですか・・・」
「約束だからね!」
にっこりと笑う。
――チッ、そう簡単に殺されてたまるかよ!
トデン研の部室の前まで来た。
ドアには大きめの木の板に、墨で「都市伝説研究部」と縦書きに立派な字で大書された看板が掛かっている。
「ここね」と言いながらドアをノックすると「どうぞ!」と言う声が返って来た。さわこが目配せするので、仕方なく俺がドアを開けた。
ぱぁ~~ん、パァ~~ン、ぱぁ~~ん
はじけるクラッカーの音と共に、紙吹雪と紙テープが飛んで、にぎやかに俺の頭の上に降ってきた。
「トデン研入部おめでとう!!」黒子と橋野が声を揃える。
二人あっけに取られていると「さあ、どうぞ、お入りください」と橋野が俺の腕を掴んで中に引き入れる。意外に力が強くて、部室に入りながら少しつんのめった。
「中臣さんも、遠慮なさらず、さあ、さあ!!」
廻り込んだ黒子が、さわこの背を押すように声を掛けた。
部屋の奥のホワイトボードに「歓迎中臣紗和子さん」と、これまた達筆な毛筆で今度は横書きに書かれた模造紙が貼られている。よく見ると、その右下に「あんど ケタロウくん」と、どう見ても別人の字で、こちらは太字のマジックで申し訳に書き足されていた。
二人は俺たちに部屋の中央に置かれたテーブルの席を勧めると、自分たちはその反対側の席に座った。
仲代美穂は不機嫌そうに一連の様子を見ていたが、おもむろに部屋の隅に立て掛けてあったパイプ椅子を持って来て黒子の傍に座った。
「早速だけど中臣さん、我が『トデン研』へようこそ、歓迎するよ」
黒子が笑顔で言う。
「あの黒子先輩、そのことなんですが」
それを受けて、さわこが先手を打つように言った。
「私、まだ入部するとか決めた訳では。今日は野原くんの体験入部の付き添いで来ただけなんで」
「おいコラ、さわこさん! ちょっとぉ~、何を仰っているのか、よくわからんのですがぁ?」
眉を寄せながら隣のさわこを見ると、しれっと真面目な顔で澄ましている。
「そう、じゃあ、そっちの野原ケタロウくんは、入部決定ということで。美穂、入部届をお渡しして」
「あっ、いや、俺、ケタロウって名前じゃないんで。それに先輩。俺、まだ体験入部もしてないんで、ここが何をする部活なのかも知らないし…」
「ああ、そんなの大丈夫だよ。とりあえず入部して、そのあとでゆっくりと体験してくれればいいから」
――おおい、それってもう体験入部じゃないだろ?
「じゃないと、間に合わないんで」黒子が笑顔で何やら意味深なことを言う。
――なんだよ? 間に合わないって
「ささ、これに学年とクラス、名前を書いてくれればいいから。あとはこちらで提出しておくよ」
橋野もニコニコしながら仲代美穂が持って来た入部届を受け取って、俺に押し付けてくる。
「えええ~、ちょ、ちょっと」
「じゃあ、中臣さんもこの書類に名前だけでも…」
向き直った黒子が入部届を差し出した。
「申し訳ありませんけど、黒子先輩。私はもののけハンターとしての活動を最優先にしたいので、今のところ、どこの部活にも入るつもりはありません」
「やっぱりそうか! 入学式でのあの活動宣言は本当だったんだね」
思わず黒子が身を乗り出した。
興奮気味の黒子の様子を見てなお、さわこは静かに答えた。
「もちろんです」
「なら、やはり君はトデン研に入るべきだ」
そう言って黒子はニヤリと笑った。
「えっ?」
「今、我々はある事件を追っている。君らもこの学校の生徒なら、聞いたことがあるだろ? 例の切り裂き魔の件だ」
「それって・・・」
「僕は…、あれはもののけの仕業だと睨んでいる」
――なぜ、あれをもののけの仕業だと?
数日前の昼休み、同じクラスの西田絵美が、スカートの後ろを切られたことに気が付いて騒ぎ出した。
その時、さわこはその切り口を見て「もののけの残滓が見える」と言ったが、実はあの時、俺にもそれが見えていたのだ。そう、切られたスカートの切り口の周囲が微かに蒼白くなっていたのを。
さわこの言う通り、あれはやはり妖怪、物の怪の痕跡だったのだろうか。
「黒子先輩、あなたはもしかして、物の怪が見える人なんですか?」
今度はさわこが驚いた顔で黒子を見た。
それを聞いていた美穂が立ち上がった。
「ふん! なに言ってんのよ。恵は賀古神社の神主の跡取りなんだから、そんなの見えて当然でしょ!」
「賀古神社…」
さわこがつぶやくように言った。
「知ってるのか?」
「賀古神社はこの近くにある芦屋傲満ゆかりの神社よ」
「芦屋傲満? 誰、それ?」
「平安時代の陰陽師よ」
「陰陽師!?」
俺のその言葉に反応するように、黒子恵の切れ長の目がキラリと光った。
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