第9話 トデン研
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「ともかくだ。どうかあの子を守ってやってくれ。この通りだ」
冴子が深々ともう一度頭を下げた。
「いや、だからさわこを守るって、一体なにをどうすりゃあいいんだよ。この間みたいな妖怪が現れたら、代わりに俺が戦うってことか?」
「おお、あれは見事だったな、私が用意した連中をいとも簡単に。あっぱれ、あっぱれ、うむ、合格だ!」
言いながらパンパン俺の背中を叩く。
「イテテ、じゃぁ婆さん、あれはあんたが仕組んだことだったのか?」
「ああ、そうさ。お前さんの実力を試すのに、永くあの地に住み着いている妖怪達に、ちょいと協力してもらった」
「そうか、全部あんたの仕業だったのか、道理で出てきた妖怪たちもクラシカルな連中だと思ったぜ」
「しかしお前がこの先、もののけが見えなくなってしまうというのでは仕方がないのう…。うむ、そうだ!」
――あたしの熱いベーゼで、お前さんの霊能を開化させてやろう!
「なぬ?」
「ほれ、目を閉じてこっちを向け」
そう言うと、冴子の婆さんは両手で俺の顔を掴もうとした。
「うわあ、ちょ、ちょっと待て!」
「何を騒いでおる、熟女は嫌いか?」
「いやいや、熟女って、熟れすぎて、枝から実が落ちて潰れてるっての」
ポカッ!!
「イデ!」
再び冴子のグーパンが飛んだ。
「何を言う、失礼な。これでも若い頃はさわこ同様、そりゃあもう、そこら中の男どもにモテたもんだぞ!!」
「そんな、昭和レトロの話をされても・・・、今は婆さんじゃん! ムリムリムリ…」
俺は殴られた頭を擦りながら逃げようとした。
「さっきから婆さん、婆さん、と耳障りだな、わかりやすいように、昔よくテレビに出ていた時の姿で出て来てやっただけなのに。一度死んだ人間に、本来年齢など関係ないのだぞ」
そう言って、一瞬まばゆく光ったかと思うと、見る間に冴子の姿が若返った。
「あっ!」
「ほれ、これでどうだ?」
自慢げにニヤリと微笑んだその顔は、往年の妖怪ハンター、宜野湾冴子のトレードマークだった右目下の泣き黒子以外、今現在のさわこと瓜二つだった。
「おおおっ~~!! なるほど。こりゃ、ほんとにさわこにそっくりだ」
「そうだろ、そうだろ。あの子は本当に若い頃の私によう似ておる。顔も、霊能者としての素質も。ささ、苦しゅうない、近こう寄れ」
そう言って、自分も目を閉じ、両腕を差し出した。
――う~~む、いやしかし、いくら見た目は色っぽい美人のお姉さまとは言え、ファーストキスの相手が幽霊だなんて・・・。本当にそれでいいのか、俺!? いやいやいや、ちょっと待て!
そんな想いが頭を駆け巡っているうちに、冴子の顔がすぐ目の前まで近づいて来た。
「ううぅぅ・・・」
思わず身をのけぞらした。
・・・が、キスをしようとして、俺の顔を掴もうとした冴子の手は、スカッと空振りをして通り過ぎた。
「ん? そうか、やはり実体がなければ掴めんか」
「な、なあんだ・・・」
なんだか少しホッとしながら、尋ねた。
「でもなんで? 頭は殴れたのに」
「そんなこと、あたしが知るもんか。まあ、仕方ない、やっぱりお前さんが頑張って、――さわこの唇を奪うんだな」
「そ、そんなこと出来る訳ないだろ、簡単に言うな!!」
「何を甲斐性のないことを、紗和子の方からしたくなるような立派な男にならんでどうする!」
「無茶言うなよ、婆さん」
「誰が婆さんか!」
ポカッ!!
「イテ! だから、なんで頭殴ることは出来んだよ!」
翌日、冴子の幽霊、いや残留思念?か、に悩まされ、完全に寝不足の俺は、朝から眠気に襲われて、昼休みまでずっと机に突っ伏していた。
いや、単に寝不足なだけでなく、昨夜冴子に言われたことが気になって、まともにさわこの顔を見られなかった、というのもある。
『お前さんが頑張って、――さわこの唇を奪うんだな』
ウトウトと、まどろみの中で、からかうような冴子の笑い顔と、声が再び耳に蘇えってくる。なんだかだんだんムカついてきた。クソ~~。
「・・・んなこと、出来る訳ねえだろう、このクソババア!!」
思わず顔を上げて叫んでしまった。
「誰がクソババアですって!」
気が付くと、冴子が怖い顔を目の前に寄せ、頬をつねるように、思い切り引っ張っている。
「助手のくせに生意気よ、ケタロウくん!」
「イデデデ・・・、ひゃ、ひゃめろ、宜野湾冴子!」
「冴子? なに言ってるの?」
よく見ると、「冴子」ではなく、制服姿の「さわこ」が怪訝な顔で、俺の顔を覗き込んでいる。
「あ、ああいや、何でもない」
昨夜、冴子には、残留思念となった自分の存在を、さわこにはまだ知らせないようにと口止めされていた。
「ふ~~ん、で、寝ぼけて私とおばあちゃんを間違えたと?」
「あ、ああ、そっくりだったもんで、つい」
「へえ~~、そう? でも、七十過ぎた人と私を間違えるなんて…、それはそれで、とっても失礼よねえ~~」
言いながら、今度は両手で俺の両頬を摘まんで引っ張った。
「だ、だからひゃめろって!」
――いやいや、若返った冴子婆さんは、ほんとお前にそっくりだったんだって
・・・と言いたところだが、それは言えない。
「今日からお弁当代はいらない、って言おうと思っていたんだけど、やっぱりやめた。いつもの倍ね」
口を尖らせ、まだムッとした表情で俺を睨んでいる。
「なんでそうなるんだよ・・・」
「あの、あなたがもののけハンター、宜野湾冴子のお孫さん、中臣紗和子さんですか?」
不意に声を掛けられ、俺たちは二人同時に声のする方へと顔を向けた。
見ると、声を掛けてきた男子生徒と、すぐ後ろにもう一人眼鏡を掛けた男子、さらにその隣に小柄な女子生徒が一人立っていた。
さわこはようやく引っ張っていた俺の両頬を離して尋ねた。
「あの・・・、どちら様ですか?」
「我々は『トデン研』の者です」
すぐに眼鏡を掛けている男子生徒が一歩前へ出て答え、自己紹介を始めた。
「僕は副部長の橋野勇樹。こちらが部長の
「中臣紗和子さん、あなたを見込んで、ぜひお願いします。我が『トデン研』に入っていただきたい!」
後を受けて、たった今部長と紹介された
――だけど都電研? 都電って確か、早稲田から飛鳥山とか荒川の方まで走っている、路面電車だよな。この学校にそんな研究会あったのか・・・。なんてマニアックな。でもなんでまたさわこに
「ごめんなさい。私、鉄道関係とか全然知らないし、しかも『都電』なんて言われても・・・」
さわこは少し申し訳なさそうに言った。
それを聞いて、少し後ろにいた仲代美穂が慌てて叫んだ。
「ち、違う! 私たちは鉄オタじゃない!」
「あの〜、僕たちは、『都市伝説研究部』略して『トデン研』の者です!」
副部長の橋野が笑顔で説明した。
「もう、
仲代美穂が部長の黒子に食って掛かる。
「まあまあ、美穂、これは先輩たちから代々引き継がれてきた、由緒正しい呼称なんだから」
「何が由緒正しいよ、単に誤解を生む元じゃない」
そう言って美穂はプイッと横を向いた。
「まあ、それはともかく、中臣さん、これでなぜ僕らがあなたのところにやって来たのか、わかっていただけたでしょう?」
都市伝説!? まあ大昔ならともかく、今となっては、確かに物の怪も妖怪も伝説みたいなもんか。ならばさわこを勧誘しに来るのも、あながち的外れな話でもなかろう。
「さあ、どういうことだか、まったくわからないのだけれど・・・」
さわこは本当に困惑したような表情を浮かべている。
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