第8話 もののけハンター 宜野湾冴子
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その日の夜、俺は・・・
こんな夢を見た。
真っ暗な夜道が、月の明かりに照らされて、朧げに浮かんでいる。その道は、轍のある砂利道で、そこかしこに草が生い茂っている。
道の左右は背の低い草むらと疎林ばかりで、広々としていて、視界を遮るものは何もない。
――そうだ、この道は、この間さわこと迷い込んだあの道だ
そう気が付いた時、俺の少し前をさわこが歩いているのが見えた。すると、前を行くさわこは、ふと立ち止まったかと思うと、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。なんだか泣いているように肩が震えている。
「おい、さわこ、どうしたんだ、急に」
そう言って泣いているさわこの肩に手を掛けた。
「野原くん、何だかわからないけど、とっても悲しいの」
さわこはそう言って益々肩を震わせる。
「ん? おおい、この展開って・・・」
「あら、野原くん、知っているの? このお話」
「まさか、お前、振り返ったら、顔がのっぺら・・・」
「うふふ、そう・・・」
ゆっくりと、さわこが顔を上げた。
――うわぁっ!
・・・ところで目が覚めた。
―—夢か・・・!
目を開けて、大きく息をひとつ吐いた。と、次の瞬間、目の前に俺の顔を覗き込む不気味な老婆の顔が。しかもその老婆は、なんと俺の真上を、寝ている俺と平行に、ふわふわと宙に浮いているのだ。
「うぎゃー」絶叫して、飛び起きた。
「こらこら、そんな大きな声を出す奴があるか、おまえの家族が起きたらどうする」
老婆はそう言って、俺のベッドの上に横座りに座り直した。
「だ、誰だあんた!? どっから入った? なぜここにいる?」
「おや、私のことを知らないのかい、時代は変わったねぇ」
言いながら老婆は首を横に左右に振る。
「ん!? あれ、あんたどっかで・・・、そ、そうだ、宜野湾冴子!! ・・・て、ことはさわこのお婆さん。 ――!? いや、いやいや、有り得ない、だって、確か死んだって・・・」
「ああ、そうさ、あたしゃ死んでるよ」
平然と冴子は答えた。
「なぬ? ・・・ってことは幽霊? うわっー、悪霊退散! 悪霊退散!」
傍にあった枕を掴んで振り回して叫んだ。
「誰が悪霊だ。――こ、こら! そんな物をふりまわすな、落ち着け、幽霊を見たくらいで、エスパーのくせに意気地のない」
「なっ!? あんた、なんでそのことを知っている?」
驚いて俺の動きが止まった。
「『死人に口なし、地獄の沙汰も耳次第』と言ってね、一度死んでしまった人間には知らないことなど何もないのさ」
「聞いたことないぞ、そんなことわざ」
「それに、あたしは幽霊ではない」
「幽霊ではない?」
「ああそうさ」
「じゃあ、なんなんだよ」
「残留思念、・・・のようなもの」
「残留思念? 幽霊とどう違うんだ?」
「それはだね・・・」
「知らん、そんなこと。死んでいるからと言って、何でも知っていると思うなよ!」
「いや、あんたが今何でもわかるって言ったんじゃないか!」
――なんなんだ、この婆さん。ふざけてるのか?
「大体人間なんてえもんは、死んだらそれでおしまい。あの世だとか、霊魂だとか、生まれ変わるだとか、そんなことは一切ないんだよ。だから、人間死ぬまで必死で生きろ、ってことさ少年!!」
――ほんと、さっきから何言ってんだこの婆さん
「で、でも、あんた、死んでいるんだよな?」
「ああ 死んでるよ」
「矛盾しているじゃないか、死んだら終わりなんだろ、幽霊とか霊魂とか存在しないんだろう? じゃあ、あんたは一体何なんだ?」
「普通の人間は死んだらそれで終わり、・・・なんだが、あたしのような特殊な能力を持った者がこの世に強い未練や想いを残して死ぬと、残留思念として留まることがある・・・」
「そ、そうなの?」
「・・・と思う。とにかく、こんな例は滅多にないから、あたしにもよくわからんのよ。まだ同じ状態のヒトに会ったこともないしねえ。アッハッハッハ!」
「な、なんだかよくわからんが、まあわかった。――で、その宜野湾冴子が俺に、一体何の恨みがあって化けて出たと言うんだ!」
「こりゃ、恨みとか、化けて出たとか、人聞きの悪い言い方をするでない!」
「この前だって、あんたのポンコツな孫を妖怪から助けてやったってのに。感謝されても恨まれるいわれはないぞ!」
ポカッ!!
「イテッ! なにすんだ、このババア!」
いきなり冴子が俺の頭をグーパンしやがった。両手で頭を押えながら思った。てか、残留思念って、実態がないんじゃないのか? 実体がないのに物理的に殴られて痛いって、どうなってんだ。
「誰がポンコツだ! あの子はポンコツなんかではない!」
「はあっ? もののけハンターだとか言いながら、妖怪や物の怪が見えるだけで、あとはなんにも出来ません、って奴のどこがポンコツじゃないってんだ!」
「それは・・・、今はまだ、私があの子の潜在的な力を封印しているからな」
「潜在的な力? あんたが持っていたとかいう、『もののけハンター』としての力ってことか?」
「そんなモン、あの子の秘めた力は、私なんぞのそれとは比べ物にならん」
「な、なんだって! そんな凄い力って…。一体どんな力なんだ?」
「それは・・・」
「そ、それは・・・?」
「今は、言えん」
「人が真面目に聞いてりゃ、おちょくってんのか、このババア!」
「まあ、怒るな。だが、これだけは言える。紗和子はその能力のために、これからも妖怪たちにも、その妖怪を操る者たちにも狙われ続けることになるだろう」
「ほお~、そりゃ気の毒に」
「何を他人ごとのように言っている」
「だって、他人ごとだも~ん」
「何を言うか、助手になったんだろう?」
「そんなのさわこが勝手に決めただけだ。俺は知らん」
「そうか、ならば、私からも頼む。どうか、あの子を守ってやってはくれまいか」
今まで半分ふざけているとしか思えなかった冴子が、急に正座をして丁寧に頭を下げた。
「い、いや、そんなこと言われてもさぁ、さわこにも言ったけど、俺には妖怪も物の怪も何も見えないんだよ。あの時見えたのが初めてで」
「なら、どうしてあの時見えたと思う?」
顔を上げた冴子が真面目な顔で尋ねた。
「さあ・・・。さわこはあんたと一緒にいるうちに見えるようになった、とか言っていたけど」
「ふっ、そんな馬鹿な話が本当にあると思うかい?」
冴子は薄笑いを浮かべている。
「なにっ? どういうことだ?」
「あの子が見えるようになったのは、時が満ちてその能力が開花したからさ」
「アイツのは、持って生まれた才能ってことか? ――じゃ、じゃあ俺もあの時、物の怪が見える能力が開花したってことか?」
「いやいや、お前さんにそんな能力があれば、他の超能力と一緒に、もうとっくに目覚めていただろうさ」
「じゃあ、なんでだよ? ——あっ、いや、いい。どうせまた、『そんなこと知らん』とか
俺は横を向いて、イヤミたらしく言ってやった。
「うむ。そうさな、物の怪が見えるのは、遺伝的要因がほとんどなのだが、もう一つ他にも方法がある」
「なんだ、そんなのあるのか? で、なんだ、その方法って?」
「それは・・・」
――体液を交換することだ
「はあ? な、なんだそれ? 婆さん、頭おかしいんじゃないのか」
「つまり、そういう能力を持っている者の体液を、他人が体内に取り入れれば、物の怪が見えるようになる」
「ば、バカ言え、何を言い出すかと思えば、体液を交換だなんて。な、なんてイヤラシイ婆さんなんだ!」
「何を考えておるんだ、お前は。まあ、確かに遺伝というからには、一つにはそういうこともある訳だが、そうでなくても、例えば輸血をするとか、他にもあるだろうが」
「な、なるほど、そう言えば大怪我して臨死体験をした人が、それから見えるようになったとか聞いたことがあるな。たまたま見える人の血を輸血されて、そうなったとかかな・・・」
「うむ、そうかもしれんな。――ところで、お前さん、うちの紗和子と体液の交換をしてはおらんか?」
「ぶっ!! いきなり何を言うか!! お、俺は知り合ってすぐの女と、そんな関係になるような、そんなチャラい男ではない!!」
「何を興奮しておるんだ? まったく、これだから童貞くんは・・・」
「ど、童貞言うな~!」
「まあ、よく思い出してみろ。あの日のことを・・・」
「ん・・・? ああっ!!」
「お前、紗和子の舐めたスプーンを舐めただろ、イヤラシイやっちゃのぉ~~、ぺろぺろと」
「ご、誤解だ、あれはさわこが先に俺のパフェを取り上げて食べたんだ」
「何を慌てておる。別に責めてなどおらん。普通、あの程度で能力が発現することはないのだが、お前さんは特殊だからなぁ」
「そ、そうだったのか・・・」
「まっ、そういう訳だから、紗和子をよろしく頼む。あの子を守ってやってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何がそういう訳だ。-―い、いつまでだ?」
「何がだ?」
「その、物の怪が見えるのは。まさか一生ってことはないよな? これ以上厄介な力を持って生きていくのは、俺は・・・」
「そうさな、同じスプーンを舐めたくらいでは、時期に期限切れになるかもしれんなあ。・・・知らんけど。――まあ、その時はまた、紗和子とキッスでも何でもして仕込めばいいさね。なんならそれ以上でも構わんぞ、この私が許す。どうだ、嬉しかろう、童貞くん!」
「こんの、クソババァ~、いつか殺す!」
「それは残念じゃったな、もう死んどるわ」
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