第7話 切り裂き魔の仕業?
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「おはよう、ケタロウくん」
席に着こうとすると、一つ前の席のさわこが、にこやかに俺を見上げて声を掛けてきた。
「ケタロウ言うな!」そう言いながら自分の席に座る。
「だって、ホントそっくりなんだもん」
そう言って手を伸ばし、俺の頭やら、垂らした前髪やらを触ろうとする。
「うるさい! 黙れ! 触んな!」
その手を避けながらイスから飛び上がる。馴れ馴れしく触ろうとする態度にイラついて、思わず声がデカくなった。
「うっせえのはテメエだ、野原!! 始めるぞ、このボケ、早く座れ!」
すでに教室に来ていた担任の山田先生のキツイ怒鳴り声が飛んだ。先生、相変わらず強烈に口が悪い。一斉にクラス中がこちらを振り返る。
「はい。すみません・・・」
クソッ、また悪目立ちしてしまった。さわこはこちらを向いたまま、俺を見上げてニヤニヤ笑っている。
チクショウ、昨日からこいつと一緒だと、なんだか調子が狂う。「人でなし」に生まれてしまった俺は、この先もできるだけ人と関わらず、住みにくい世の中を、なんとか平穏に渡っていかねばならないというのに。
ゆうべはあの後、何事もなく無事にさわこを家まで送り届けた。何のことはない、道にさえ迷わなければ、あの公園から十分も掛からなかった。
さわこの話だと、夕べのような出来事は、以前はよくあったのだが最近ではあまりなく、久しぶりだったそうだ。
特に祖母である宜野湾冴子が亡くなってからは、物の怪と遭遇することが激減したそうだ。
さわこは「おばあちゃんが亡くなって、私の霊能力も衰退してきているのかもしれない。だから、やはり一刻も早くもののけハンターとしての活動を開始して、能力を上なければ」などと言うのだが・・・。
昨日の彼女は、どうみても単なる怖がりの女子髙生だった。このまま物の怪や妖怪なんて見えなくなってしまった方が、彼女とっては逆に幸せなんじゃなかろうか。
その日の昼休み、購買に行こうとして立ち上がりかけたのを、さわこが両手で制した。おもむろに鞄から弁当の包みを取り出して、俺の机の上に置いた。
「お弁当、ないんでしょ?」
「あ、ああ、うん」
「食べて」
――え? まさか、そんな、こ、これは・・・、お弁当イベントってやつか~~? 世の男子高校生が一度は憧れる女子の手作り弁当。まだ入学してひと月も経っていないというのに、それが俺のような「学生世捨て人」の身に起ころうとは!
しかもさわこの手作り。コイツだって黙っていれば普通に美少女で通るしな。そんな子が俺のために
「さわこ・・・。お前、本当はいい奴だったんだなあ~」
「本当は、とは何よ。さあ、いつまでも感動してないで、早く食べよう、ケタロウくん。」
さわこは自分の机をガタガタと回して向かい合わせにした。
「お、おお、そうだな。お前、初めて雇い主らしいとこ見せてくれたなぁ」
「助手にはちゃんとした物を食べてもらって、しっかり働いてもらわなきゃね」
急いで包みを解いて弁当箱を開けた。美味しそうな食材が、見た目にも美しく詰め込まれている。
「こ、これは・・・。いただきます!」
手を合わせ、箸を取り、まずは俺の好きな卵焼きを一口。
「う、うまい!! このだし巻き、ふわふわで」
その味に流石の俺も唸った。
「ふっ、そうでしょう。感謝しなさい。ケタロウくん! いつもは購買かコンビニだもんね。家の人はお弁当つくってくれないの?」
「ああ、母親が仕事で忙しいから。いらないって、言って、その分金貰ってる」
「そうなんだ、じゃあ、大丈夫ね。はい、これ」
細かい字が書き込まれた紙を一枚手渡された。
「なんだ、これ? ああ? 請求書? げっ、しかもなんかこれむっちゃ高くないか?」
「え~、そんなことないよ」
言いながら自分も卵焼きを口に運ぶ。
「うちのお父さん、『めしらん』三つ星のお店で料理人やってるから、お店で食べたらこの三倍はするんだよ。しかも弁当箱はうちにあったやつ使ったから、容器代もなし! どう考えてもこれはお得でしょう?」
「これ、さわこがつくったんじゃないのか・・・?」
「だから・・・、紗和子 ――の、お父さんがつくりました~!!」
「・・・・・・」
――おおい、俺の感動と初めてのお弁当イベントを返せ~
「お金はあるみたいし、これから毎日つくってもらってあげるね」
「いらんわい!」
「どうして? 心配ないよ。一個でも二個でも手間は同じって言ってたから」
「そんなこと心配してねえよ。俺は自分の財布の心配をしてんだ。こんな高級弁当、毎日食ってたら破産する」
「ケチねえ。女の子の前でお金ケチるとモテないよ」
「ほっとけ、どっちがケチだ!」
「ケタロウくん。タダでいいのは、ちゃんと物の怪を祓えるようになってからだよ」
「お前だって物の怪祓えないくせに・・・」
「な、何言ってんの、そのうち祓えるようになるんだから。なんたって私はあのもののけハンター宜野湾冴子の孫なんだから。バッチャンの名に懸け・・・」
「おおい、怒られる前にやめとけ。――それに、妖怪を見て気絶したくせに…」
「き、気絶って、何言ってんの、そんなことあるわけ・・・。あれはフリよフリ。気絶したフリをして、助手であるケタロウくんの実力をみてみたの」
「ほ~う、それで? どうだった?」
「えっ?」
「だから、見てたんだろ? 俺の実力」
「ま、まあまあね。それにあれはそんな大したことのない、いい方の妖怪だったから」
――大したことない、いい妖怪だと? あいつら完全に俺たち殺そうとしてたけどな。しかし超能力で撃退しましたとも言えんしな
「ねえ、ねえ、ケタロウくんの周りで、物の怪とか妖怪のことで困っている人とかいないかなあ。早く活動を開始しなきゃね」
「だからケタロウ、って言うな。あのなあ、俺の周りどころか、そんな人滅多にいないと思うぞ」
「じゃあ、やっぱりケタロウくんに神社かお寺で修行して来てもらうのが先かなあ」
「本気で言ってんのか? ええ、おい」
「ええ~、なにこれ、やだあ!」
その時、近くで誰か女子の大きな声が聞こえた。
「ちょっと絵美、そのスカートの後ろ、どうしたの?」
声のした方を見ると、女子たちが集まって何やら騒いでいる。俺もさわこも、いやクラス中が一斉にそちらに注目した。
絵美がスカートの後ろを両手で隠すように抑えている。どうやらスカートの後ろが裂けていたらしい。
「だけど、あんた今まで切られたのに気が付かなかったの?」
「全然、わかんなかった」
「え~、見せて。ああ、ほんとうだ!」
「これ、きっと例の切り裂き魔の仕業だよ!」
「え~~、どれどれ、俺たちにも見せて。隙間からパンツも見えるかな~」
「きゃあ、こっち来るな、変態!」
「あっち行け、バカ男子!」
「絵美ちゃん、山田先生に言って接着芯使って応急処置してもらったら?」
「うん。そうする。でも切り裂き魔って何?」
「知らないの? 女子のスカートを狙って、知らないうちに切っちゃう奴がいるんだって」
「ええ、うそぉ~」
その話を聞いて皆一様に怖がった様子を見せた。
「西田さん、ちょっとそのスカート見せてくれる?」
「えっ!? な、中臣さん!」
さわこはいつの間にか西田絵美に近づき、スカートを押える絵美の手をどけて、裂けたスカートの切り口をじっと見つめている。
「えっ!? ちょっと、何? 中臣さん」
「これって…」
――おいおい、何やってんですか? さわこさん
絵美も他の女子たちも、明らかに未だにさわこのことを怖がっている様子が手に取るように伝わってくる。
「見える。もののけの残滓が・・・」
さわこがそう言った瞬間、周囲にいた女子たちの表情が恐怖で凍り付いた。
「もののけ…」
「いやあ~!」
「ごめんなさい、中臣さん、許して~!!」
口々に叫んで皆教室を飛び出して行った。
さわこは逃げ出した女子たちの跡をしばらく見ていたが、ふと遠巻きにそれを見ていた男子たちに視線を移した。
すると、男子たちの間にも動揺が走り、「あっ、俺ちょっとトイレ」「そうだ、俺も用があったんだ」と、ボソボソ言いながら皆そそくさと教室を出て行ってしまった。
教室には、またいつぞやのように、俺とさわこ、二人だけが取り残された。
「なんか、みんな出て行っちゃたね」
「お前があんなこと言って脅かすから・・・」
「別に脅かすつもりは・・・。――でも、あれは嘘じゃない、本当よ。見えたの、妖怪の痕跡が」
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