幻の男
女は男のまえへあらわれるだけで役割を終えた。だからただ恋の作用だけ置いて逃げてしまった。
男は女の幻へとりつかれて追いかけた。しかしそうすると幻は、あらゆる女を、その女に仕立ててしまった。それで男は本物をさがすつもりがなくなって、幻影のひとりと一緒になった。
それから数年し、子供ももうけたとき手遅れがやってきた。本物の女がやってきて、
「あなたは私を追わなかった。むしろ私から逃げてしまった。その子供は、ほんとうなら私が産むはずだった。返してもらう」
こうして子供は浚われてしまった。本物の女の足どりはつかめなかった。きっとそれは子供の足どりでもあったのに。男はそこで一緒になった幻へすら覚めてしまう。ただ子供への渇望だけあった。あらゆる子供が、じぶんの子である幻へこんどは囚われた。
そこでなんとか養子をとった。二十年もして最愛の養子が大人となったとき、それはあの本物の女と瓜二つであった。それが夫をもうけ、孫を産んでくれる。しかしそこで養子がいう。
「あなたは本物を追わなかった。けれど、それも仕方がないわ。だって去ったものだけが本物で、じぶんの手元に置いておけるなら幻なの。だから私たち、あなたの本物になろうと思うの」
それから、男の養子もその夫も孫も姿の消した。けれど案ずることはない。男の人生は、もう幻も追えないほど老いてしまっている。そしてまた男もいつか本物となる。幻だったように消えて。その間際ひとつ男は気づいた。
「私はこれまできっとほんとうの現実へ出会っていなかったのだ」
と。
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