えがかれた手紙

 だれもかれも、自分へこの手紙の来るはずはないと予感している。書き手を失った手紙のどうやって送られてくるものか。しかしある女のところへ来た。薄い便箋で、両面テープでふさがれていた。


 彼女はとくべつではないのに、なんでこれが受け取れたのか当人とてわからない。内容を読むことは怖い。他人へ読んでもらうにも、こればっかりは自ら読むことに意義があった。なぜならその字体は、受け取り手、つまり彼女の字であり、癖まで丁寧に真似てある。しかもさらなる細工で、その人の瞳がなければ読むことかなわない特殊な加工がある。とんでもないこの厳重さがこの薄っぺらいなかにあるのだ。


 彼女はいっそ破ってしまって、自分にすら読めなくしてしまおうと感じた。しかし秘密の甘美と、真似られた自分の字という鏡写しへの好奇心は手放せなかった。開けてしまうと、ひとこと書いてある。


「感情とは浅ましいが、人がそれへ気づくことはありえない」


 まったく不文律であった。彼女は愚にもつかないこの手紙を捨て去った。捨て去ったものは拾われた。拾った人は、どうしても判読できない、できないから魔力に憑かれた。


 もとの持ち主たる女へ内容を求めた。しかし女は口にするのだって嫌である。日を重ねるごとにあの言葉が、女に不確実性と自己嫌悪を与えてくるからだった。拾った人は、だから女から瞳をうばってじぶんに嵌め込んでみた。手紙の読めた。おなじく女の字体であって、しかし内容は違っていた。


「よろびたまえ、君はいまありえない空間を覗いている。あるいは君は気づけるかもしれないが、知ったときにはもう遅い。しかし恥じることはない、これは原初から決まっている、過ちを手前で気づくことなどできない、と」


 こののち拾った人がどうなったかは知らないが、跡形もなくいなくなったことだけ確かである。また拾った人の遺書なのか、備忘録なのか確定できない書置きがあって、


「あの手紙は燃やした。もうあれは誰のものでもあってはならないし、私とてもう私ですらなく誰のものでもない。確かなことには、私のなかには、そもそもなにもなかったという現実があったことだ」


 さらにつづいて四角いものが描かれている。きっと両面テープでふさがれた便箋だったが、だれひとりこれを開けて描かれた手紙を読めたものはいない。人々の永遠の秘密への渇望だけそこに残ったのだ。

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