人の宝

 宝の欲しい人がいた。サファイアのようで三カラットの大きさである。それだけあったら充分なのである。人工的なのでも、なんならばおもちゃでも構わない。探せるならばなんでも。


 探し求めて、ついにみつかったが不幸にも他人がもっている。値をつり上げたところ、金では済ませられない品らしい。それもそうだ。金なぞ介在できないから、その宝なのだ。


 では命ならどうだと、凶器をだしてみる。やはり無理だと他人のいう。そうだなと納得できた。そもそもこの宝は、それの実体よりこれを持ちつづけることに肝があるのだ。


 じゃあほかをあたるよと、むしろ凶器を与えた。きっとまだすくないなかにも、宝は落っこちているはず。しかし、その人は渡した他人から魂ごと潰されてしまった。


 私だってそうするにちがいない。その人は眩んで塩くらったナメクジみたい溶けていく意識のなかで、得心する。かならず向こうだって、私のきもちがわかっているはずだ。だからいま、まるっきり絞ってない濡れ雑巾らしく泣いてくれているのだ。そうやってこの宝は守られていかなければならない。私のようなのからすこしも奪われてはいけない。


 他人が探ったら、その人は、もう宝をひとつ持っていた。もちろんその他人は奪わない。ただひとこと、あなたは亡くなってしまったけれどなにも変わらない。あなたはあなたのままで、また永く宝を守らなければいけない。だってこの宝はもともと誰のものでもないのだから。


 他人は、他人の道をすすみ、ふたたびかえって来ることはないだろう。

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