第4話
ぼくはゴミで、押し付けがましい心の化身。
話を聞けば聞くほどに、どんどんと心が痛んでいきます。
「見せつけないで済むように、ほかの生ごみを重ねて入れておくなりしろって感じしない?」
「隠したほうがいいものだと、気づく余裕がないんだよ。きっと」
ぼくは、ふたりの会話をきちんと聞く余裕を失いました。
「家がこんなじゃ、安心して戦場になんて出られやしないわ」
「確かに。大人には〝居場所を変える〟っていう選択肢があるけれど、あの子のような子どもにはないからね。心地いいかどうかなんて関係なく、そこへ行かなくちゃならないこともある」
「それでも、家が基地として機能していれば、なんとか戦いぬけることだってあるはずなのに」
「みんながみんな、そうではないだろうけどね」
「きっと、今のあの子には、基地が見えていないんだよ。どこもかしこも戦場みたいになっちゃってる。だから、唯一の基地である自分の部屋にこもるんだ。まだ、生きることを諦めていないからこそ、自分の部屋にこもるんだ。自分だけの場所っていう分厚い殻で自分を守りながら、鋭い刃で自分を傷つけながら、〝ここも安全だった〟って、基地って本当はこんなに広かったんだって気づける日が来ることを、じっと待っているんだ」
「見栄のない、純粋でまっすぐな想いが届けば、あの子の殻にヒビが入るような、そんな気がするんだけどね」
止まない言葉を聞き流しながら、上の階にいるだろうあの子のことを想います。
ぼくの一部は、一日ほど前までずっと、冷蔵庫の中にこもっていました。
そこは、ずっと心地いい場所ではありませんでした。
でも、いざ殻を割られた時どうなるのか、ぼくの一部はわかっていなかったこともあって、このままでいられる間はずっとこのままでいいか、と思っていました。
ぼくの一部は、殻を割るタイミングを選ぶことができませんでした。
ぼくの一部の運命を決めたのは、お母さんでした。
ぼくは、あの子はぼくの一部とは違うのではないかと思うのです。
あの子の殻は、誰かが強引に割れるものではないと思うのです。
あの子の殻は、あの子自身が割るものなのではないかと思うのです。
あの子には、ぼくの一部とは違って、手や足があるから。それは傷ついてボロボロであるけれど、殻を割るには充分なはずです。
けれど、手や足があるからこそ、殻を割ることはとても悩ましく、辛いことなのかもしれません。
誰かに強引に割ってもらえないからこそ、なかなか踏み出せないことなのかもしれません。
ぼくは、これから殻を割るために努力するのだろうあの子を、応援したいと思いました。
できることなら隣にいたいし、押せるものなら背中を押したいと思いました。
でもぼくは、あの子にとっては刃なので、あの子の近くにいることも、背中を押すこともできません。
だって今、ぼくが触れたら、あの子はより一層に傷ついてしまうだろうから。
気づけば、あたりは明るくなっていました。
お母さんは、よく眠れなかったみたいです。ボリボリと頭をかきながら、キッチンへやってきました。
流しを見つめると、大あくびに続けて大きなため息を吐きました。
透明な袋を広げると、ガンガンガン、と乱雑にぼくらを放り入れ、キュッと袋の口を結びました。
袋にとらわれたぼくらは、蓋つきのゴミ箱に落とされました。
わずかな隙間から、音が漏れ聞こえてきます。
何かを作る音。
何かを洗う音。
そうして、しばらくすると、音のない世界が広がりました。
諦めることなく、音を探してじっと耳をすませると、小さな小さな足音が聞こえてきました。
そして、ぐすんぐすんと、鼻を啜る音も聞こえてきました。
「ありがとう……ごめんなさい……」
あの子の声がしました。
あの子は泣きながら、何かを食べているようでした。
そして、ゴミ箱の蓋を開けました。
ポイッと丸めたラップを放ったあの子の目は、真っ赤でした。
頬には雫が駆けた跡がありました。
ぼくには、分厚い心の殻が、ぶるぶると震えながら、あの子のことを必死に守っているのが見えました。
あの子が殻を割るのは、遠い未来のことなのだろうな、と、ぼくは思いました。
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