8 種目決めとジンクス

 翌日になった。重い足取りで、教室に向かう。

 家に帰りたい……。

 ガラッと勢いよくドアを開ける。

「おはよう、陽依ちゃん!」

「おはよう、凛音ちゃん」

 席につくなり、凛音ちゃんが話しかけてきた。凛音ちゃんは、わたしの隣の席なんだ。

「ねぇねぇ陽依ちゃん、あのジンクス聞いたことがある?」

 わたしの方にずずーっと近寄って言った。

 う、顔が近い! 

 凛音ちゃんは瞳を輝かせている。凛音ちゃんは、ウワサ好きで、その中でも特に恋愛系のウワサが好きらしい。

「……ジンクス?」

 首を傾げる。そんなの聞いたことない。

「うん! 体育祭の後夜祭で行われるダンスで最後に踊った人とはずーっと一緒に居られるってジンクスッ!」.

 フンッと鼻息が、わたしの頬にかかる。

 前のめりに言うものだから、どんどん海老反りの体勢になっていく。

 この体勢はかなりツラい!

「へー、そんなジンクス聞いたことないなぁ……」

「あたし独自の調査によると、最後に踊りたい人ランキング1位は、ダントツで氷高先輩! そして、その次が蓮見先輩なんだよ!」

 手帳サイズのノート片手に、凛花ちゃんは告げる。声は弾んでいて、とても楽しそう。

「ね、陽依ちゃんって生徒会役員でしょ。いいなぁ、生徒会のメンバーって、みんな美形じゃんっ」

 確かに。生徒会長のアオくんをはじめとして、わたし以外は全員美形だ。

「誰かさそう予定とかはないの?」

 ノートを丸めて、わたしの方に向けた。マイクの代わりかな。

「ないかな」

「えー、もったいない!」

 もったいないって……。

 じとーっとした視線を、凛音ちゃんに向ける。

「あははっ!」と高笑いをして、凛音ちゃんは自分の席に着いた。

 ジンクス、かぁ……。アオくんも誰かと踊りたいって思っているのかなぁ……。

 そう考えると、胸がズキリと痛み出した。

 ……ん? ズキリ? 

 突然芽生えたよくわからない感情に戸惑う。

 すぐに先生が来たから、感情にフタをする。

 そこからホームルームが始まった。

「今日は、体育祭の種目を決めたいと思う」

 先生がだるそうに言った。わたしたちの担任は斉藤(さいとう)先生といって、30代前半の男性。無精ヒゲを生やして、ちょっとだらしながない。

「葛西と高橋(たかはし)、あとは任せてもいいか」

「はい」

 斉藤先生が美咲ちゃんを指名する。美咲ちゃんは、学級委員長を務めているんだ。高橋くんは、副学級委員長を勤めている、七三分けの男の子だ。

 高橋くんは教卓に着くと、黒板に種目名を描き始めた。美咲ちゃんらしい、四角い字。

 書き終わると、教室内をぐるりと見渡した。

「この中で、やりたい種目はありますか。今から種目名を読み上げるので、やりたい種目の番がきたら手を挙げてください」

 黒板の方を見つめながら、「うーん」とうなり声を上げる。

 なるべくだったら個人競技で、他の人に迷惑がかからない種目がいいなぁ……。ひとりいてもいなくても変わらない種目はないかなぁ……。

「ねぇ、陽依ちゃんはどの種目にする?」

 となりの席から身を乗り出して、凛音ちゃんが聞いてきた。

「今すごく迷っているところ。凛音ちゃんはどの種目にするの?」

「あたしは、クラス対抗リレーかな」

「凛音ちゃん、足が早いもんね。いいな〜、わたしも足が早くなりたい」

「足首に輪ゴムをつけると早くなっていうよね! ぜひ、試しみて!」

 凛音ちゃんとこそこそと話す。

 すると突然、凛音ちゃんが「ひえっ」と小さく悲鳴をあげて、自分の席に戻ってしまった。

 どうしたんだろう? って思ってたら、真横から声が聞こえてきた。

「ひ〜〜よ〜〜。私の話を聞きなさい!」

 いつのまにか美咲ちゃんが近くに来ていて、ドスの聞いた声を上げた。

 まゆが吊り上がっていて、かなりコワイ。

「ひよも早く帰りたいでしょ? さっさと決めて帰りましょう」

 ため息まじりに、美咲ちゃんがいった。

 わたしは、黙ってコクコクとうなずく。

「まずはじめに、二人三脚をやりたい人はいるかしら?」

 二人三脚って、二人の片足をひもで結んで走る種目だよね。

 やってみたい気持ちもあるけど、迷惑をかけちゃうんじゃないかなって思っちゃう。

 ──そのときみたいに。

 ずっと封印していた、“あの時”の記憶がよみがえりそうになった。

「……っ」

 ドキドキと、心臓が高鳴り出す。

 考えちゃダメ。思い出さないようにしなくちゃ。

 そうだ、楽しいことを考えよう! 楽しいこと、楽しいこと……。どうしよう、全く思いつかないよ!

「どうしたの、陽依ちゃん!? 顔色が悪いよ!?」

 凛音ちゃんに指摘されて、はじめて気が付いた。

 美咲ちゃんが駆け寄ってきて、「ひよ、大丈夫?」って声をかけてくれる。

 返事をしなくちゃ。分かっているのに、言葉が出てこない。

 ……どうしちゃったんだろ、わたし。

「ひよ、ひとりで立てる? 保健室に着いていこうか?」

「心配してくれてありがとう。ひとりで歩けるよ。ちょっと、保健室に行ってくるね」

「なにかあったら、すぐ大声で呼んでね」

 美咲ちゃんが、心配そうな顔を浮かべた。

「先生が保健室の先生に連絡しておくから、ゆっくりしてきなさい。くれぐれも無理はしないように」

「……ありがとうございます」

 なんとか、声を絞り出す。

 ヨロヨロの状態で、保健室に向かう。

 わたしたちのクラスは三階にあって、保健室は1階にある。

 ということはつまり、階段を下らなければいけないわけで。

 転ばないように気をつけながら、ゆっくりと降りる。

 壁伝いに、ゆっくりと、ゆっくりと……。

「きゃっ!?」

 大股で降りてしまったせいで、階段を踏み外してしまう。

 落ちる……!!

 反射的に、目をつむる。衝撃に耐えようと、自分の身体を両手で包み込む。

 …………あれ?

 待てども、痛みはやってこない。

 おそるおそる目を開けると、かれんさんが頑張ってわたしの腕を掴んでいた。

 かれんさんは壁にある手すりに掴まって、踏ん張っていてくれている。

「大丈夫、今助けるからね」

 かれんさんは、大きく息を吸うと、

「おりゃあああああ!!!!」

 今まで聞いたことのない雄叫びを上げて、思いっきり引っ張ってくれた。

 身体がフワッと浮いて、踊り場に投げ出される。

「ご、ごめんっ! 怪我してない!?」

 かれんさんが、あわてて駆け寄る。

「いたたた……。なんとか生きてます!」

 顔の前にグッドサインを作ってみせると、かれんさんは「よかった〜」とため息のようにこぼした。

「びっくりしたよ。図書館から教室に向かおうとしたら、陽依ちゃんが階段から落ちかけているんだもん。間に合ってよかった」

「助けてくださり、ありがとうございます」

「ふふ、当然のことをしたまでだよ。……あれ? 陽依ちゃん、顔色が悪いんじゃない?」

 かれんさんにまで、指摘されちゃった。

 自分が思っている以上に、気持ちが沈んでいるみたいだ。

「はい、実はちょっと体調を崩していて」

「それは大変! ひとりで立てる?」

「はい、……っ!?」

 立ち上がった瞬間、視界が真っ白になった。バランスを崩して、床に倒れかける。

「大丈夫じゃないみたいね。陽依ちゃん、わたしの手をしっかりと握ってね」

 かれんさんの言葉に従う。

 そのまま、ふたりで保健室に向かうのだった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

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