7 本性と2回目の会議
今日に入ると、真っ先に美咲ちゃんの元に向かう。
美咲ちゃんは、自分の席本を読んでいた。鈍器になるんじゃないかな、ってぐらいに分厚い。
「おはよう!」
美咲ちゃんに声をかけると、本に栞をはさんで、振り返った。
「おはよう、ひよ。昨日はどうだった?」
「生徒会の会議に参加してきたよ!」
「それは、分かってるわ。こんな調子で臨時の書記は務まるのかしら……」
「大丈夫! アオッ……氷高先輩が『わたしだから臨時の書記を任せた』って言ってくれたし」
ドンッと胸を張る。勢いよくやりすぎて、ゲホッゲホッと咳き込んじゃった。
「まあ、氷高先輩と一緒なら大丈夫ね。幼なじみだしひよのことをよく分かっているだろうし。もし、なにか困ったことがあったら、エンリョなく私に相談してね」
「ありがとう、美咲ちゃん!」
それから、昨日見たテレビの話だったり、SNSで話題のスイーツの話だったり。美咲ちゃんと、いっぱい話す。
美咲ちゃんといると落ち着くなぁ。
昨日芽生えかけたネガティブなわたしが浄化されていくのが分かる。また、頑張ろう!って思える。
話は尽きないけど、先生が教室にやってきて、おしゃべりはお開きになった。
*
時が流れて、放課後になった。
今日も生徒会の会議があるみたい。競技の案を出す期限が近いんだって。
生徒会室に向かっていると、かれんさんと蓮見先輩とばったり会った。
「氷高くん、先生に呼ばれたから遅れてるって言ってたから、先に行きましょうか」
「はい!」
ふたりの先輩とともに、廊下を歩く。
そういえば、ふたりは付き合っているんだっけ。
わたしってお邪魔なんじゃ……。そう思って、声をかける。
「あー、忘れ物をしたかも。急いで取りに行ってきます!」
ウソって苦手かも。またもや、棒読みになっちゃった。
「待った。もしかして、勘違いしていない? オレたち、付き合ってないし。第一、」
そこで言葉が途切れた。蓮見先輩が苦しそうに顔を歪ませた。どうしたんだろう?
「ふふっ、わたしたちは幼なじみなのよ。断じて、恋人なんかではないわ」
やけに『恋人』の部分を強調しながら、かれんさんが言った。
「幼なじみ……。そうなんですね!」
知らなかった。
「陽依ちゃんと碧も幼なじみなんだよね」
「はい! ってアレ? わたしたちが幼なじみって言いましたっけ?」
「碧から聞いたんだよ。よく愚痴を聞いていたからその流れで」
「愚痴?」
「いや、なんでもない。今のは忘れて。あー、しくじった」
頭の中がハテナマークで埋め尽くされる。首を傾げていると、
「いいの、陽依ちゃんは気にしなくて。ほんっと、司ってば口が軽いんだから。……あ」
いつものふんわりとした口調じゃない。
かれんさんは、誤魔化す様に、「ふふ」と笑った。
「それが本当のかれんさんなんですか?」
そう聞くと、かれんさんが、わたしから視線を逸らした。
「そうそう、こいつ、普段はかなりカザツな性格なんだよ」
「司は黙ってて!」
かれんさんが、鋭く叫んだ。キッと蓮見先輩のことをニラんでいる。
「あー、こわいこわい」
「司だってナルシストぶってるけど、本当は小心者のくせに!」
ギャアギャアと言い合っているふたり。
どうしよう……!
かれんさんと蓮見先輩の間を、アワアワと交互に見る。
こうしている間も、ふたりの言い合いは加速している。
途方に暮れていると、うしろから声がかかった。
「なにをしてんだ、道の真ん中で」
振り返ると、アオくんが立っていた。不思議そうにわたしたちのことを見つめている。
「ふふ、なんでもないのよ。このバカ……いや、司がねえ……」
「誰がバカだって!?」
「うるさい。一回黙れ」
アオくんの、低い声。凄みがある。
「さっさと生徒会室に行くぞ」
そう告げると、アオくんは大股で歩き出す。
生徒会室の前に着くと、先に入るように促した。
「よし、会議を始めるぞ」
みんなが席に座ったことを確認するなり、アオくんが告げた。
「ねえ。わたし、クッキー焼いてきたけど食べる?」
「すまん、せっかく焼いてくれたところ悪いが、今日は時間がないんだ。すべてが終わってから食べよう」
ええ〜っ。クッキー食べながら、会議したかったなぁ……。昨日のスコーンも美味しかったから、今日のスコーンも絶対美味しいだろう。
「先生の勘違いで、種目の案の提出日が今日だったらしい」
「まあ、ササセンならあり得るな」
蓮見先輩が、『納得』といった表情を浮かべている。
おずおずとみんなに聞いてみる。
「あ、陽依ちゃんはまだ会ったことないか。ササセンっていうのは愛称で、本名は佐々木(ささき)健人(たけと)先生。オレのクラス──6年1組の担任をしているんだ。で、生徒会の顧問でもある人。昨年赴任してきたばかりだから、5年生のひよりちゃんは知らなかったか」
なるほど。6年生の担任となんて、滅多に関わる機会がないし、分からなかった。
それに先生が紹介されていた時は、宿題疲れのせいで夢とリアルの間を行ったり来たりしていたから。覚えてないんだよね。
「その話は、またあとでしよう。あと2時間で下校時間になる。さっさと決めよう」
アオくんがゴホン、と咳払いをした。
「今出ている案は、ダンスと借り物競走、そして障害物競走〜ファイナル〜だな」
「「ファイナル?」」
ふたりの先輩の声が重なった。きょとんとした表情を浮かべている。
そりゃあ、そんな反応になるよね。わたしも最初に聞いた時は「ナニソレ」って思ったし。
「障害物競走ー〜ファイナル〜っていうのだな……」
あっ、ヤバい! そのままじゃ、夜まで競技のことについて語っていそうだ。
「あ、わたしのアイデアを聞いてもらってもいいかな!?」
急いで話題を変える。
「宝探しゲームと障害物競争を合わせた種目なんかはどうかな? 学校中に“宝”となるものを隠す。宝に辿り着くまでには様々な障害物を置くの。そしてお宝にはお題となる単語がかかれていて、そのお題に沿ったものを学校内から探すの。実は、お題は何個かかぶっていて、ソレを何人かで取り合う、とかどう………かな?」
おそるおそる提案をする。
自分からなにか案を出すことははじめてで、心臓がドキドキと高鳴っている。
ヘンな案とかって思われていないよね?
「……いいんじゃないか」
アオくんが発した言葉がやけにクリアに聞こえた。
「オレもいい案だと思う。よく考えたね、陽依ちゃん」
「わたしもそう思うわ。とてもいいアイデア! 聞いているだけでワクワクしちゃう!」
絶賛の嵐に、照れてしまう。チョロいから、調子に乗っちゃうよ。
「よし、その案で行くか。みんな、異論はあるか」
「「ないでーす」」
認められた気がして嬉しい。胸の中がポカポカと暖かくなる。羽があったら、どこまでも飛んでいけるかも。
「陽依、このノートにざっくりとした概要をまとめてもらってもいいか。予算は大体この辺だな」
アオくんに渡されたノートに、ペンを走らす。ノートには『生徒会議録No.34』と記されている。これが書記としてのはじめてのお仕事だ。
アオくんに指示を貰いつつ、ページを埋めていく。もう少しで完成する、といったその時。
──キーンコーンカーンコン……。十七時を回りました。学内にいる生徒は速やかに帰ってください。繰り返します。十六時半を回りました……。
生徒会室のスピーカーから、放送委員の心地の良い声が聞こえてくる。
「俺たちは先生に陽依の案を伝えに行くから、先に帰っててくれ。あ、花園、クッキーを配ってくれないか」
「分かった。ちょっと待っててね……」
ランドセルから、クッキーの入った小袋を取り出した。バターのいい香りがする。チョコが入っているのかな。
かれんさんからクッキーの小袋を受け取り、帰り支度をし始める。帰ったら、バラエティー番組を観ながら食べよう!
そんなことを考えながら、何気なく外の方を見る。空が茜色に染まっていた。
みんなと一緒に、生徒会室をあとにするのだった。
歩くたびに、床がキュッと鳴る。
さっき先輩たちと別れて、アオくんと一緒に職員室に向かっているところ。
「……誰かに認めてもらえるって嬉しいね」
ぽつりと、呟く。
「だろ? 俺も自分のしたことを認めてもらうと嬉しい」
今までのことを思い出しているのか、アオくんは遠くの方を見ている。
「早く行かないと先生が帰っちまうな。急ぐぞ」
「うん!」
早足で歩き出したアオくんのうしろを追いかける。
「失礼いたします。6年3組の氷高碧です。佐々木先生に用事が会ってきました」
「5年1組の小原陽依です。失礼いたしますっ」
アオくんのあとに着いて、教員室に入る。
めったに入ることがないせいか、ドキドキする。なんだか、悪いことをしている気分だ。
「おお、ふたりとも来たか。悪いねえ、ぼくの勘違いのせいで、迷惑をかけて」
のんびりとした声がかかる。
佐々木先生は、20前半のイケメンさんだった。黒縁のメガネをくいっとさせる。
「もしかして、君が小原さん?」
「はいっ。はじめまして、5年1年生の小原陽依です。よろしくお願いします!」
ちょっと声が裏返っちゃった。恥ずかしい!
佐々木先生の方を見てみると、メガネの奥の瞳を細めた。
「はじめまして。ぼくは、佐々木健人といいます。今は、6年1組の担任をしていて、生徒会の顧問も担当しています。これからよろしくね、小原さん」
「よろしくお願いします!」
「ふふ、小原さんは元気いっぱいだねえ。……あ、氷高くん、なんの用事でここに来たの?」
「体育祭の案を出しに来たんです。僕らの案は、学校中に宝物を隠して、それを見つける種目です。その宝物にはお題となる単語が書かれてあり、そのお題をクリアする。というのが概要です。いかがでしょうか」
アオくんが分かりやすく説明してくれた。予算などをまとめたノートを佐々木先生に渡している。
先生はノートを受け取ると、ぱらぱらとめくった。
アゴに親指と人差し指を添えると、「うん」と声を上げた。
「いいアイデアだね。この案は誰が考えたの?」
「あの、その案はわたしが考えました」
おずおずと、片手を上げる。
「そっか、小原さんが考えたんだ。これは、将来有望だね」
「ありがとうございます」
「この案で進めようと思います。ふたりとも、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
佐々木先生が、にっこりと笑みを浮かべた。
教員室の入り口で、アオくんと「おじゃましました」と告げる。
そのまま、昇降口へと向かうのだった。
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