5 二人っきりの帰り道

 昇降口から外に出る。次の瞬間、ばらぱらと雨が降り始めた。

「うそ……っ!?」

 ランドセルの中を一応探ってみるけど、折りたたみ傘もない。

 今になって、今朝お母さんが「今日は雨が降るから傘持っていきなさいよー」と言われていたことを思い出す。

 わたしのバカバカ! 出る直前までは覚えていたのに!

 いっつも、そうなんだよね。ニワトリみたいに、1歩歩いたら、すぽーんと忘れてしまうんだ。

 まだ小雨だし、しばらくしたら止む……よね?

 一応ランドセルを頭の上に掲げる。そのまま、小雨の中へ突撃しようとした、そのとき。

「なにをしているんだ」

 呆れを含んだ、低い声が聞こえてきた。

「アオくん!?」

 振り返ると、アオくんが折りたたみ傘を差そうとしているところだった。

「また傘を忘れたんだろ」

 ぎくり。図星だ。

柚月ゆづきさんに傘を持っていけって言われているのに、忘れたんだろ、どうせ」

 ぎくりぎくり。

 さすがは、幼なじみ。わたしのことをすべて分かっていらっしゃる。柚月さん──お母さんに言われたところまで、当てている。

「ほれ」

 ずいっと折りたたみ傘を差し出されて、首をかしげる。

「俺は走ってかえるから。陽依はこれを使って」

「いや、一緒に入ろうよ!」

 間髪入れずにわたしが言うと、なぜかアオくんは顔を赤らめた。

「おまえっ、それっ、意味分かってんのか」

 明らかに、動転している。かなり挙動不審だ。

「……?」

「はぁー。いいよ、一緒に傘に入ろ。明日、ウワサになっても知らねーからな」

 ぶつぶつと言いながらも、傘に入れてくれる。

 口は悪いけど、なんだかんだで優しいんだよね。

「ありがとう、碧くん!」

「……まぁな」

 アオくんが、頬を掻いた。これは、アオくんが照れた時にやるクセだ。

 思わず「ふふっ」と笑ったら、ギロッとにらまれちゃった。

「ダラダラとしてんじゃねぇ。行くぞ」

 アオくんが傘を差してくれて、わたしはその中に入る。

 小さな折りたたみ傘だからか、アオくんとの距離がかなり近い。

 歩くたびに、肩がぶつかりあって、ちょっと緊張してしちゃう。

 何気なく、アオくんの方を盗み見る。

 やっぱり、キレイな顔立ちをしているなぁ。

 クラスのみんなが「カッコいい!」って騒ぐ気持ちがよく分かる。

 カッコいいし、頭もいいし、運動神経も抜群。まるで、少女マンガの世界から飛び出してきたみたいなイケメンだもんね。

 対してわたしは、元気なことだけが取り柄のいたってふつうの女子小学生。

 どうして、こんなわたしを生徒会に迎え入れてくれたんだろう?

 ふと、そんな疑問が湧いた。

「ねぇ、アオくん。なんで、わたしなんかを臨時の書記に任命したの?」

 なるべく、さりげなく聞いてみる。

「それは、ナイショだ」

 ふいっと顔をそらして、アオくんが言った。

「えーっ!? なんでよ、イジワル!」

「お前が“あのこと”を忘れているのがいけない」

「……あのこと?」

 なんのことだろう。全然覚えていないよ。

「まぁ、陽依は覚えてねーだろうな。忘れっぽいから」

 にやりとした笑みを浮かべている。

 見透かされている気がして、むぅっとしてしまう。アオくんの言う通りだから、余計に。

「あと、『わたしなんか』って自分を卑下するなよ。それ、お前の悪いクセだぞ」

「え、そんなこと言ったっけ……」

 多分、無意識のうちに言っていたんだと思う。アオくんに指摘されなかったら、気づかなかったよ。

「俺は、陽依だから臨時の書記を任せたんだよ。っ、俺にこんなことを言わせんな」

「ありがとう、アオくん……っ!」

 じーんと胸を打たれる。

 美咲ちゃんといい、なんていい友だちを持ったんだろう。

 本当は美咲ちゃんの時みたいに抱きついたいところだけど、がまんがまん。

 どこでアオくんのファンの子が見ているか分からないもんね。

 その時、わたしたちの家の前についた。

 アオくんに「傘貸してくれてありがとう」ってお礼を言う。

「お前が濡れて風邪でも引いたら後味がわるいからな。次の会議までにいい案を出しておけよな」

 アオくんが、まくしたてる様に言った。また、頬を掻いている。

 ぱさっと勢いよく傘を閉じると、逃げるように家の中に入ってしまった。

 その姿を見送って、わたしも自分の家の中に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

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