2 アオくんのお迎え

「今朝よりもやつれたんじゃない? 給食は食べた?」

「食べれるわけないよ〜〜!」

今朝の衝撃的な出来事があってから、約4時間が経った。

 いつもなら、何杯もおかわりをする白いご飯や大好物の鮭も全然喉を通らなくって。

 ぎゅるるるーっと盛大にお腹が鳴っているけど、どうすることもできない。

 だって、もう掃除の時間になってしまったから。

「この掃除が終われば、もう帰れるでしょ? あともう少しだから、頑張って」

「ううっ、ありがとう、美咲ちゃん〜〜!」

 鼻水をだらだらと垂らしながら、美咲ちゃんに抱きつこうとするけれども。

「汚いわよ」と一蹴されて、華麗にスルーされてしまった。行き場を失った身体はそのままずどん!!と壁に激突する。

 そのまま、へなへなと床に突っ伏す。なんとか顔だけあげて、美咲ちゃんにじとーっと恨みのこもった視線を送る。

「ごめんなさい。いま着ている服、新しいやつだから汚したくなくて。ほら、ティッシュで鼻をかんで」

 さらっとひどいことを言われた気がするけど、気にしないことにする。

 美咲ちゃんが差し出してくれたポケットティッシュから1枚抜いて、ちーんと鼻をかむ。

 あの出来事があってから、休み時間になるたびにいろんな子(同じ学年の子から先輩や後輩も!)から質問攻めにあって、辟易していたけど。

 うん、鼻をかんだら少し気持ちが落ち着いてきたかも。

「ありがとう、美咲ちゃん。なんか落ち着いてきたよ」

「そう? ひよの役に立ててなによりだわ。また悩みごとがあったら私に相談してね」

「っっ……! 美咲ちゃん、大好き!」

「ふふっ、私もよ、ひよ」

 クールでちょっぴり毒舌な美咲ちゃん。わたしは、なんていい親友を持っただろう!

 じーんと感動していると、「あのぉ……」とクラスメイトの女の子がおそるおそる近づいてきた。

「小原さん、氷高先輩が来ているよ!」

 女の子はほおを染めながら、入り口の方を指差している。

 きっと、この子もアオくんのファンなんだろうな。アオくんは、天然人たらしだと思う。

「教えてくれてありがとう!」

 女の子にお礼を言って、アオくんの元に駆け寄る。

 にこーっと笑みを浮かべているけど、幼なじみのわたしにはお見通し。

 これは、『俺に逆らうとどうなるか分かっているよな?』って思っている時の表情だ。

「小原さん、今日は学校終わり空いているかな?」

「ハイッ、空いてます」

「よかった。学校終わりに生徒会室に生徒会役員で集まる予定だったから、小原さんもぜひ参加してね」

「ハイッ、わかりました」

 キーンコーンカーンコーン。

 掃除の時間の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。

「あ、もう時間みたいだね。じゃあ、また放課後会おう」

 フレグランスな香りを残して、アオくんは去っていった。

「ふ、ふぅ〜〜、なんか、緊張した!」

 久しぶりに面と向かってアオくんと喋ったせいか、いつもより、心拍数が上がっている気がする。

 緊張しすぎたのか、ロボットみたいな返答になっていたし。

 何度も息を吸って吐いてを繰り返しているけど、胸のドキドキは治りそうもない。

 ほんと、どうしちゃったんだろう、わたし。

 こんな調子で、臨時の生徒会役員は務まるのかなぁ。

 一抹の不安を抱えてながら、掃除用具をロッカーに閉まって、担任の先生が来るのを待つのだった。



「連絡事項は以上です。それでは、さようなら」

「さようなら!」

 帰りの会が終わった瞬間、クラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 これから友達とゲームしたりするんだろうな。いいなぁ、わたしも遊びたい。

 でも……。

「今さっきぶりだね、小原さん」

 放課後になっても衰えることのないキラキラオーラを撒き散らしながら、アオくんが近づいてきた。

「かばん、もしよかったら僕が持つよ」

「ハイッ、アリガトウゴザイマス」

 ロボットみたいな口調になりながらも、返答をする。

 なんで、あんな平凡な子が生徒会長に荷物持ちをさせているのよ。そう言わんばかりの鋭い視線が突き刺さっているけど、無視を決め込む。

 歩きながら教室の方を振り返ると、美咲ちゃんががんばれ、って口パクで伝えてくれた。

 うう、わたしも頑張ってくるね、って意味を込めてグッと親指を立てるのだった。


 人気がなくなると、アオくんが歩くスピードを早めた。

 運動が苦手なわたしは、あっという間に引き離されていく。

「ちょっ、ちょっと待ってよ、アオッ……氷高先輩!」

 どこにアオくんファンがいるか分からないから、苗字で呼ぶ。

 すると。

 つかつかとわたしの方まで戻ってきて、「ふーん」と不機嫌な声を上げた。

 顔をじーっと近づかせて、わたしを見つめている。

 アオくんの顔があまりにもきれいだから、ドキドキしてきたよ……っ!

「な、なにかな? ア、アオくん!」

 あっ、名前呼びをしちゃった。アオくんファンの子いないよね?

「ふぅーん」

 すこし機嫌がよくなったみたいで、口角が上がった。

 なんだったんだろう。昔からたまーに、よく分かんない行動を取ることがあるんだよね。

「なにぼさっとしてんだ、さっさと生徒会室に行くぞ」

 超俺様な態度だ。

 いつもの王子様みたいな態度は、わたしの知ってるアオくんらしくないから、むずむずしていてたんだ。こっちの方がアオくん、って感じがするよ。

「あ、待って、アオくん!」

 またもや歩くスピードを早めたアオくんを追っかけるのだった。

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