天川学園生徒会

泉水

1 波乱の始業式

 ぽかぽかとした4月の風を感じながら、天川(あまかわ)学園の門をくぐり抜ける。

 わたしは、小原(こはら)陽依(ひより)。

 身長と勉強は平均的な新・小学5年生。運動はかなりかなーり苦手かな。

「わぁ、すごい人だかり!」

 学校の敷地内に入った瞬間、人だかりが出来ていることに気付く。

 今日は、始業式。もしかしたら、クラス替えの張り紙の前に集まっているのかなぁ、なんて思いながら、ぴょんーっと大きくジャンプをする。

 ジャンプするたびにトレードマークのサイドテールが揺れる。

 他の子より背が小さいから、こうしないと高いところはよく見えないんだよね。

 もう少し背が高かったらよかったのにな。ほら、人だかりの中心にいるあの人みたいに──。

 ぱちり、と中心にいる男の子と視線が交わりあう。

 え、ウソッ……!

 おどろきのあまり、ジャンプするのをやめて、目を大きく見開く。

 そこにいたのは、わたしのひとつ上の幼なじみ・氷高(ひだか)碧(あお)──アオくん、だった。

 アオくんはわたしとは違って、他の子たちよりも頭一個分大きくて。

 頭もよくて、運動神経も抜群。その上、顔も芸能人みたいに整っている。

 そんな彼が、人気者にならないはずがなく。

 気がつけば、雲の上の上の上の人になってしまったんだ。

 ……あれ? アオくんが、口を動かしている。えーと、なんだろう。

 陽依、ひさしぶり……って、言っているような気がする。

 続けて、アオくんが口を動かした。

 ご、め、ん。

 んんっ? アオくんが謝るようなこと、していないよね? わたしが謝ることは数え切れないぐらいあるけど。

 アオくんが「ごめん」と言った理由を考えていたら。

「おーい、ひよ。寝てるー? ダメよ、立ったまま寝たら」

 って、だれかに肩をゆすられて、ハッと我に返る。

「あれ? ここはどこ? わたしはだれ?」

 うう、頭がぼーっとする。普段、頭を使わないからなぁ。キャパオーバーだ。

「もう、なにを言っているのよ。あなたは、小原陽依でしょ?」

「はっ……! そうだった! って、あれ? なんで、美咲(みさき)ちゃんがここにいるの?」

 ぼんやりとしていた頭が、はっきりとしてくる。

 目の前で、大親友の葛西(かさい)美咲ちゃんが仁王立ちをしたまま、わたしの方をじーっと見つめていた。

「あなたが全然教室に来ないから探しに来たのよ。びっくりしたわ。まさか、掲示板の前で寝ているだなんて」

「ね、寝ていないよ! そういえば、アオ……氷高先輩はどこにいったの?」

「氷高先輩? 自分の教室にいるんじゃないかしら。あと5分で始業式始まるし」

「えっ、もう始業式が始まるの!?」

 わりとギリギリに学校に着いたから、約1分間近くもぼーっとしていたってことになる。

 ぼんやりしすぎでしょ、わたし! ……なんて、心の中でツッコミを入れている暇もない。

 5分間の間に、自分の教室に向かって、カバンを置かなくてはいけないんだから。

 うちの学園では、自分の学年の数字イコール階数だから、わたしの教室は5階にあることになる。

 うう、わたし、運動苦手なんだけどなぁ。

 けど、そんな弱音を吐いている暇もない!

 新学期初日から、遅刻するわけにはいかないよ。

「よーし、美咲ちゃん、ダッシュするよ!」

「ちょっと待ってよ、ひよ!」

 教室に向かって、走り出す。

 美咲ちゃんの元にもどって、「わたしってどこのクラスだっけ?」って聞くのは、少し後の話だ。



「ゼーハー、ゼーハー」

 息を整える間もなく、カバンを放り投げるようにロッカーに入れて、自分の席に着く。

 ……のと同時に、先生が教室に入って来た。

 ふうー、ギリギリセーフ。あと1秒でも教室に入るのが遅かったら、先生と鉢合わせていたかも。

「はーい、これから始業式が始まるので、廊下に出席番号順に並んでくださいー」

 若い女の先生が、指示を飛ばしてくる。

「なんか、ほんわかとした雰囲気をまとった先生だよね。優しそう」

「まだ分からないわ。ほんとは怖い先生かもよ? 『宿題忘れた子は廊下に立ってなさい!』って言うかも」

 始業式が行われる講堂まで、美咲ちゃんと話しながら歩く。

 美咲ちゃんと出席番号が近くてよかった。親友と一緒だと、遠い講堂までの道のりがあっという間に感じるよ。

 ステンドガラスが綺麗な講堂に入ると、先生から体育座りするように指示を受ける。

 校長先生のながーい話やら、生活指導の先生の「気を抜かないように!」だとかなんとかありがたーいお話を、ぼんやりとしながら聞く。

「次は、生徒会長からのお話です」

 司会をしていた先生が「生徒会長」という名前を出した瞬間、講堂内が騒がしくなる。

「今から、氷高くんが出てくるんだって!」「きゃーっ、楽しみ!」

 近くに座っている女子生徒の声が耳に届く。

 まるで、これからアイドルが登場するかのような騒ぎよう。

 はじめのころは、先生が注意をしていたけど、このころは諦めたみたいだ。

「……っ!」

 ぴりっと講堂内の雰囲気が引き締まったのがわかる。

 ステージの方を見ていると、モデルのように背筋を伸ばしながら歩くアオくんの姿があった。

「みなさん、春休みは楽しめたでしょうか。わたしたち6年生は──」

 低い声変わりしたての声が、講堂内に響き渡る。

 あまりにも気持ちの良い声だから、眠くなってきた。

 アオくんには悪いけど、すこしだけ眠ろうかな。

 昨日も、日付が変わる少し前まで春休みの宿題をやっていて、睡眠不足なんだ。

 うーん、あともう少しで眠りそう。まぶたが重くなっていく。

 ごめんなさい、と心の中でつぶやいて、夢の世界に飛び込みかけた、そのとき。

「キャ────ッ!!」

 耳を壊れるじゃないか、ってぐらいの黄色い歓声が、講堂内に響いた。

 なにごと!?

 あたりをキョロキョロする。みんなの視線は、ある一点に注がれていた。

 わたしもみんなに倣って、そっちの方を向いた。

 ステージでは、みんなの憧れの的・生徒会のメンバーがずらりと整列している。

 中心にいるのは、生徒会長であるアオくん。

 そして、右隣にいるのは、副会長・花園(はなぞの)かれん先輩。

 茶色に染めた髪をふんわりと巻いていて、まるでお人形みたいに可愛らしい。

 ステージの真下では、かれん先輩のファンの子たちが、「アイラブ、かれん──!!」って叫んでいる。

 そんなファンたちをちらりと見やったあと、かれん先輩はふわ……っと花が咲くように笑った。

 次の瞬間。かれん先輩のファンたちがばたんばたんと倒れ始めた。

 かなり不思議な光景だけど、これはいつものこと。すぐにファンの子たちは起き上がるから、先生たちもスルーしている。

 そして、アオくんの左隣にいるのは、会計を担当している蓮見(はすみ)司(つかさ)先輩。

 茶髪でマッシュというオシャレな先輩で、アオくんに次ぐ人気を獲得しているんだ。

 正統派なイケメンのアオくんと比べると、司先輩はチャラい印象がある。

 いまもほら、パッチーン⭐︎とアイドルみたいにウィンクを決めて、女子生徒たちのハートを掴んでいる。

「蓮見先輩もイケメンだけどさ、あたしはノエルくん推し!」

 わたしの後ろで体育座りをしていた石川(いしかわ)凛音(りんね)ちゃんが、呟いた。

「凛音ちゃんは、ノエルくん推しなんだね」

 ノエルくんっていうのは、最後の生徒会役員で書記を担当しているんだ。

 この春から留学をしていて、夏まで学校に来ていないらしい。

 約3ヶ月間の間書記が不在だけど、どうするんだろう?

 そんな疑問が、頭の中に浮かんだ、そのとき。

「みなさんもご存知だとは思いますが、書記を担当している渋谷(しぶや)ノエルくんが春から留学をしており夏頃まで帰って来ません。我々で渋谷くんの仕事を分担するというアイデアも出たのですが、各々の仕事を鑑みるに厳しいということになり、代理でとある人に頼むことにしました」

 ──ざわっ。

 またもや、講堂内が騒がしくなる。

 みんな、ヒソヒソ声で誰が代打なのかと会話をしている。

 どんな子が代理の書記になるのかなぁ、ってぼんやりとステージの方を見たら。

 アオくんと視線が交わり合った。

 ご、め、ん、な。またもやアオくんが、口だけ動かした。

「生徒会役員で議論を重ねた結果、5年3組の小原陽依さんが適任だという結果になりました」

 いきなり名指しで呼ばれて、肩がぴくりと上がった。

「小原陽依さん?」

 一気にわたしに視線が集まる。

 ドキドキドキドキと、心臓がありえないぐらいの速さで脈打ち始めた。

 今朝のアオくんとの出来事を思い出す。

 ごめん、ってこういう意味だったの!?

 心の中で、叫ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る