鬼灯の視線

江間陽翔

鬼灯の視線

 月見酒があるなら月見煙草があっても良いのではとよく思う。夜空にとける煙草の煙をながめながら美夜子はまたくだらないことを考えていた。今日は酒より煙草の気分だったからというだけなのだが。仕事終わりの金曜夜11時。今日は晩酌してから寝るので明日の起床はきっと12時ごろ。ロングスリーパーの美夜子の朝は遅い。明日は夜に親友との約束がある。昼頃には起きてとりあえず洗濯と洗い物、風呂掃除だけはしておこう。ギリギリ人間としての生活を保ちたい。掃除は月に一度月末だけなので明日はまだやらなくても良い。土日の計画を立てながらまた一吸い。そろそろ火が尽きそうだ。咥えていたココアシガレットがタバコに変わって早8年。恋人も家族もいない美夜子の生活はそこそこ快適だった。

 予想の12時起床は夢のまた夢。結局起きたのは午後3時だった。ベランダで朝の煙草を吸いながら可愛がっている家庭菜園に目をやる。シソが大きくなって独特の香りがしてきた。トマトも少しずつ赤く色づき始めている。親友に譲ってもらった苗を育て始めて約2ヶ月。ひとりぼっちの美夜子にとって植物は家族だった。現実の家族との間にはいい思い出がないので、言葉がなくただそこにあるだけの植物の存在は心地いい。植物が成長してくれると自分も成長している気がするのでいい。勘違いでも構わない。それだけで生きていけるから。いつも通りにルーティーンをこなしていると少し気分が上がってきた。今日は苗をくれた親友に会いに行く。早く支度をしてお礼のお菓子を買って行かねば。彼女が大好きな、オレンジピール入りのチョコレートを。最後の一吸いをして吸い殻を灰皿に押し付ける。のろのろと部屋に戻る美夜子を、鬼灯色のトマトが見守っていた。



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鬼灯の視線 江間陽翔 @harutoema

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