第14話 ◯ごとバナナ

「開けろやオラァ!!」

「ひいッ!?」


 おかっぱこと牧村香が最初に目を付けたのは菊川瑠美ルミの避難したシェルターだった。全参加者の中で一番体格が小さいのはおかっぱだが、その次に非力そうな菊川に目を付けたのか、それとも偶然なのか。


「ひぃぃ、開けないで!!」


 ロックのかかってない扉のノブをぐいぐいと外から引っ張るおかっぱ。開けられまいと内側から引っ張る菊川。いきなりの力勝負だ。


「マスター! マスター!!」


 わしゃ喫茶店の店主か。


「マスター! なんか便利アイテム! 便利アイテム!!」


 意外にも菊川はゲーム開始前のルール説明をちゃんと覚えていたらしい。必死でドアノブを引っ張りながら首輪の通話ボタンを押して助けを求めてきた。応えないわけにはいくまい。


『チップ一枚と引き換えに、ドアロックを……』

「払います! 払います!!」


 躊躇というものがないのか。チップ一枚一億円だぞ? 一億円払えばドアに鍵かけてやるとか、とんでもない暴利にも関わらず菊川は即答した。


 ガチャリとロック音がして扉が動かなくなる。しばらくはおかっぱが外からドアを蹴ったり、発砲する音が聞こえたものの、しばらくすると舌打ちとともに気配が消えた。


「ふ、ふぅぅ……助かった……」


 とりあえずは当面の危機を乗り越えた菊川。寿命が縮まる思いだっただろう。


「安心したら甘いものが欲しくなってきちゃった。チップ払いますから何か甘いもの貰えません? あとお茶も」


 バカなの?


『分かった……ドローンで届けさせるから牧村が扉から十分離れたら品物を受け取れ』


 とはいえ、応じないわけにはいかないしな。〇ごとバナナとコーヒーのペットボトルをドローンで扉の前まで運ぶと、近くにおかっぱがいないことを確認してから菊川はドアを開けてそれをシェルターの中に入れた。


「あ、もう一回カギかけてもらえます? チップは払いますから」


 もっかい言うけどバカなの?


『いいけど……もうこれでお前チップの残りが十七枚だぞ? お前本当にそれでいいのか?』


「いいのかって、何がですか? ……あ、でも、確かに……」


 菊川は、食べかけの〇ごとバナナを見つめる。美味いか? 一億円の〇ごとバナナだからな。よく味わえよ。


「コーヒーには、〇ごとバナナよりはドーナッツとかの方が合ったかも……」


 そういうことじゃねえんだよ。


「あのさあ、ゲームマスターさん」


 生産性のない話を菊川としていると別の通信が入った。これは……おかっぱからだ。音声が混入しないように菊川の方の通信を切る。どうせろくな事喋らんし。


「便利アイテムって、どんなのがあるの?」


 当然の質問だ。っていうかなんで当然の質問を誰もしてこねえんだよ。これが決め手になるんじゃないの?


『いろいろあるが……食糧、水、新しい武器、弾薬の補充とかだな。他にもリクエストがあれば答える』


「ふぅん、じゃあ例えば扉のロック……あっ」


 通信の途中でおかっぱが何かを見つけたのか。GPSを見ると走り出したようだ。獲物を見つけたか。


 ……これ、よくよく考えたらGPS機能を使えば行方不明になった越智おちを見つけられるな。そう思って越智のステータスを確認したが、バイタルのモニタリングが停止していたので、どうやらすでに死んでいるようだった。


 そんなことよりは狂犬おかっぱが何してるかだ。フィールドのカメラを映し出してみると、どうやら絹村が中央の丘に武器を取りに行こうとして見つかったようだった。


「待て! 動くな!」


 叫びながらおかっぱは追いかけるが、当然ながら絹村はシェルターに再び避難する。不思議なことにおかっぱは追いかけながら発砲はしていなかったのだが、またも扉の向こう側に逃げられ、閉められてしまう。


「ねえ、開けて! 絹村さん! 私は敵じゃないわ!!」


 懐柔策に出ようっていうのか。しかし発砲してなくてもマシンガンを抱えた敵を信じる奴はいないだろう。


「ねえゲームマスター、こういう時にいいアイテムとかないの? バールとか!」


 通信ボタンを再び押しておかっぱが話しかけてくるが、今アイテムが必要なのは明らかにおかっぱの方じゃなくて絹村の方だろう。俺はおかっぱとの通信を切って、絹村と繋ぐ。


『もし扉にロックが必要なら、チップ一枚と引き換えに……』

「ロックします! ロックします!!」


 どいつもこいつも躊躇がないな。一億円って本当に分かってるのかな。


「ねえマスター! このロック解除して! チップ二枚払うから!! 聞こえてるんでしょ!?」


 ドア越しにおかっぱの声が聞こえてくる。こいつはこいつでなりふり構わないな。通信ボタンもさっきから連打してるが、無視だ。


「ゲームマスター! あの悪魔を滅ぼす力を!! あいつの心臓を止めて!!」


 一方の絹村も無茶苦茶言い出したわ。ゲームマスターを何だと思ってるんだ。


「ちょっと! 聞いてます!? ゲームマスター様!! あの悪魔を追い払って!!」


 リクエストが具体的じゃない。とりあえずこいつも通信ボタンを連打し始めたが、無視だ。その前に他のメンバー宛にアナウンスすることにしよう。現況の簡単な説明と、菊川や絹村が何を要求して、その要求にどう俺が応えたか。


『田中、木間、チップの使い方を説明しよう……』


 通信ボタンを連打しながら大声で何か喚いているおかっぱと絹村を無視してアナウンスをする。うるさいので二人のスピーカーもオフ。会話ができん。


 シェルター内のカメラを映してみると、二人はおかっぱと絹村の大騒ぎを遠くに聞きながら、シェルターの隅で震えていた……弱弱しすぎる。


 おかっぱは自分から俺に通信をしてきたが、他の奴らには無理だ。ここまでに三人がどういう要求をして、応えられることと応えられないこと、そしてどんな使い方をすればいいのか、そこまで丁寧に説明してやらないとまともな勝負にならないだろう。


 というか、現状『おかっぱVS他のメンバー全員』の構図になりつつあるな。


 ……いや、その方がいいのか? 実力のバランス的には、それでちょうどいいくらいなんじゃないのか? 全員で実力を合わせて、おかっぱから生き延びる。そういうゲーム形式に変更しようか。


 それがいいな。さもなくばこいつらに生き延びる道はないだろう。


 十数分ほどかけてチップの使用方法を伝えてから、俺は改めておかっぱ以外の全員と通信をつないだ。


『牧村以外の全員に提案する……君たち全員の力を合わせて、彼女を倒すべきじゃないか?』


 さすがに作戦指示までするつもりはない。そこまでやると全体を俯瞰して見れている分あまりにもこちら側が有利になりすぎるからな。あくまでもルール内で、おかっぱ以外の四人に共闘を呼び掛けてみた。


「ふぅん……そういうことしちゃうんだ」


 ……この声は!! おかっぱ!?

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