第13話 デスフラッグス

 チップをなくしやがった。それも全員。


「ない……ないッ!! いったい誰が!?」


 ズボンのポケットを探しながら半狂乱で叫ぶおかっぱこと牧村香まきむらかおり


 「誰が」じゃねえよ。お前らが勝手に忘れたんだろうが。録画を見直してみたら確かに全員、最初の部屋を出るときにテーブルの上にチップを置いたまま次のステージに進んでいった姿を確認できた。


 誰かが盗んだわけでもなければ、俺が何か罠を仕掛けたわけでもない。


 お前らもうちょっと真面目にやれや。あれだけゴネて、十枚のチップをせしめた菊川瑠美ルミも合計二十枚のチップをそっくりそのまま放置している。それ一枚一億円だって言ったよな? 3歩歩くと記憶が無くなるのかこいつらは。


『ちょっと待ってろ』


 参加者達の不満は何故かゲームマスターである俺に向けられた。曰く、「最初から賞金を出すつもりはない」だの「やりがい搾取」だの「上級国民」だの、根拠もなしに言いたい放題だ。お前らがもうちょっとしっかりしてりゃ俺もこんな苦労せずに済んだのによ。


 しかしバカどもに反論しても何も得るものはないので俺は録画のチェックを始める。当然、誰が何枚手に入れていたかの確認だ。


 生存者、5名。

・牧村香、二十枚

・田中イクサ、十六枚

木間このましげる、十四枚

・絹村大翔ひろと、十四枚

・菊川瑠美、二十枚


 もう一人越智おちというやつが二十枚だったが、こいつは『悪魔の館』で迷子になって、依然見つかっていない。


『今言った自分の枚数、よく覚えとけよ。こっちもエク〇ルでメモ取ったけど、基本問い合わせには応じないからな!!(めんどくさいから)』


「エ〇セル……? エク〇ルをメモ帳代わりに……?」


 うるせーなエク〇ルだろうが―太郎だろうが何でもいいだろうがよ。どうでもいいことにいちいち噛みつくな。


 しかしこうやって見てみると意外と女性陣が頑張ってるんだな、と一瞬思ったが二人ともノーゲームでゴネてチップせしめてるからな。これじゃまじめにゲームやった奴がバカみたいじゃん。なんなのこれ。


『それでは、デスフラッグスを開始する』

「デスフラッグス……いったいどんなゲームなんだ……」


 新しい情報が入ると古い情報が抜け落ちちゃうのかな、この人達は。もう説明なんかしないからな。義務教育じゃないんだから。


『制限時間は二十四時間。生存者が三名以下になった時点でもゲームは終了とする。では、スタート』


 俺の合図とともにスタート地点を示していた赤のランプが消灯し、ゲームが開始される。


 プレイヤーの最初にとる行動は大きく分けて二つ。一つは自らの身を守るためにフィールド端のシェルターに向かう。もう一つは他のプレイヤーとの戦いを有利にするためにフィールド中央の丘の頂上に向かう。


 正直言うとこいつらのことだからこっちの予想外の全く違う第三の行動を起こす奴がいてもおかしくはないかもと思っていたが、プレイヤーの行動ははっきりこの二つに分かれた。


 田中、菊川、絹村、木間の四人はシェルター側に向かって走……というか、中央に向かったのは牧村一人だけか。


 これ、全員がシェルターに向かうとゲームが膠着するけど、一人だけが武器を取りに行っても同じように膠着するよな。


 というかさ、あれだけ『引き分け理論』を自信満々に披露しておいて、チップの数に偏りがあれば(全ゲーム終了後に)チップの譲渡も考えているとまで言っていた奴がいの一番に武器取りに行くとかどうなの。


 殺意マンマンやんけ。今までの言動との整合性がなくなっちゃうとか気にしないの? この女は。


 ……まあ、そんな短期記憶を保持できるような連中じゃないか。こいつら全員。


「取った!! 武器は私のものよ!!」


 早くもおかっぱは中央の武器置き場に到着したところだったが、他の全プレイヤーも時を同じくしてシェルターに到着する。距離が同じなんだからそらそうなるわな。


シェルターの扉は鋼鉄製になっていて、焼付塗装を施した2ミリほどの板を張り合わせた中空構造になっている。まあ、難しい言い方をしたけど、ごくごく普通の公共施設でよく見る金属製の扉だ。しかし対物ライフルでもない限り、小銃や手りゅう弾の爆発程度ならビクともしない。穴はあくが。


「逃げるな卑怯者!!」


 シェルターの中に入って扉を閉めようとする他のプレイヤーに向けておかっぱはマシンガンを乱射した。この女躊躇が無さ過ぎてマジで怖いんですけど。


 とはいうものの、おかっぱと他のプレイヤー達の距離は百メートル近くあるうえに、すでにシェルターのドアが閉まっているか、閉まりかけているところ。いくらこいつらが死にやすいスペランカー体質といえども、さすがにこの距離があれば弾が当たることはなかった。


 すべてのシェルターが閉まり、おかっぱ以外のプレイヤーが姿を消す。銃を乱射していたおかっぱもすぐに無駄だと分かったらしく、引き金を引くのをやめた。


 二丁あったオートマチック式ハンドガンのうち一つを背中側のズボンの間に挟み、もう一丁のマガジンを引き抜くと弾丸だけをポケットの中に入れてマガジンを元に戻した。さらに驚くことに弾を抜いた銃の引き金を一回だけ引いて弾倉の中を空にした。


 オートマチック式の銃はマガジンを抜いても弾倉の中に一発だけ弾丸が残る。それをおかっぱは知っていたのか? こいつ、もしかしてここにいちゃいけないレベルの化け物なんじゃないのか?


 そして弾を抜いたハンドガンを元の位置に戻す。これは、おそらく「エサ」ということだろう。見た目では、弾が入っているかどうかなど分からない。おかっぱがここを離れた隙に武器を取りにくれば、まんまと罠にはまることになる。丘の頂上には当然ながら遮蔽物などないのだから。


 そして彼女はもう一つ罠を仕掛けた。手りゅう弾の安全ピンを引き抜いて、レバーを下に向けて置き、石で固定したのだ。武器を取りに来て、もしこれを蹴飛ばしてしまったりすると数秒後に爆発する。簡易的な地雷である。


 マジでなんなのこの女? 俺は彼女の履歴書を読み返す。もしかしてジョン・ウィックみたいな暗殺者か何か?


 しかし履歴書を改めて見てもそんな経歴はない。普通の、公立学校の女子高生だ。いや当たり前なんだけどさ。銃器の扱いもはっきりといえば映画や漫画で知ることができる程度の知識だ。


 だが「知ることができる」のと「実行できる」の間には深く大きな溝がある。さらにその先の「実行する」にはもっと大きな溝。だが彼女は容赦なくマシンガンを乱射していた。


 ジョン・ウィックレベルじゃないのは間違いないにしても、このボンクラ集団の中にいると羊の群れの中に混じった狼のような存在だ。いや、ハムスターの群れに混じったチワワくらいかな?


「チッ……手間かけさせやがって」


 おかっぱは、ゆっくりと丘から降り始める。

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