第12話 忘れ物

『どうやら……館の悪魔に食われてしまったようだな』


 誤魔化すことにした。


 簡単に経緯を説明しよう。この巨大な屋内迷宮『悪魔の館』、これをこいつらにクリアさせるのは不可能と判断した俺は正解ルートを道案内して全員生還を目指したのだが、どうやら最後列にいた奴が迷子になったようだった。


 正直言って、そんなとこまで面倒見切れん。


 これが幼稚園の引率の先生だったら巨大迷路で迷子になった生徒を探すため監視カメラの記録を確認するところだが、百個以上もある監視カメラ、確認するだけでもえらい時間がかかる。無線だからカメラの切り替えも時間がかかるし、手元にある8個のモニターのうちカメラの確認に使えるのは4つ。やってられん。


 というわけで「全部計算通りだよ」風を装うことにした。これ言ってる間に後から追いついてきたりしたら赤っ恥だけど。どうせどっかで機能停止してる罠に引っかかって死んでるんだろ。分かってんだよこっちゃ。切り替えていこ。切り替えて。


 アホは無視して次のステージへ。


「くそ、人の命を、なんだと思ってやがるんだ」


 田中イクサ……富士山がどうのこうのでプレイヤーを殴り殺してるお前にだけは言われたくねえんだよ。黙ってろ。とにかく気を取り直して次のゲームだ。悪魔の館を抜けてしばらく廊下を進むとこれまただだっ広いフィールドにたどり着く。


 野球場ほどの広さに、おびただしい数の瓦礫が積み重なっており、フィールドの中央は小高い丘になっている。イメージは爆撃を受けた都市といった感じで、遮蔽物の多い場所だ。これも金かかったんだよな。


『赤いランプのついている場所がスタート位置になる。場所による有利不利はない。好きな場所にそれぞれ移動したまえ』


 ランプのついている場所は六箇所。


 当初の予定では最初のゲームで十六人→八人に減り、今の悪魔の館で六~四人程度に減る予定だったから、今の五人生存というのは実を言うとそれほど悪い数字でもない。


 問題なのはむしろここまでまともにゲームをやってないことだ。まあ、それは今更嘆いても仕方ない。


『よし、所定の位置についたな? では第3ゲーム、“デスフラッグス”の説明を始める』


 五人がそれぞれ適当な位置についてからアナウンスを再開する。


『中央の小高い丘が見えるか? その頂上を中心に諸君は円周上に配置されている』


 まあ要するに中央の丘から等距離にいるってことなんだけど、大丈夫かな? 伝わっただろうか? こいつらに「円周上」とか言って通じるのかな。


『丘の頂上にはこのゲームで勝つための武器がいくつか置いてある。自動小銃からナイフまで、さまざまだ』


 プレイヤーは一斉に中央に視線をやる。そこに乱雑に置かれているのは言葉の通り武器だ。機関銃一丁にハンドガンが二丁、手りゅう弾が四つにナイフが四振り。数に意味はない。ただ、殺し合いをするには十分な数、というだけだ。


『ゲーム形式はバトルロワイアル。単純に、君達にはこのフィールドと、そこにある物を自由に使って、制限時間中、チップを奪い合ってほしい』


「妙だな……」


 田中イクサが呟く。ほう、何か気づいたか。


「ゲーム名が『デスフラッグス』なのに、旗がどこにもない……」


 ビーチフラッグスみたいにゲーム開始したら急いで中央の武器を取りに行くってとこから何となく名付けただけだよ。そこ突っ込むな。


「多分、ゲーム開始したら急いで武器を取りに飛びつくことになるから……」


 おかっぱの解説が入った。まあ、その通りなんだけどそこは考察しないでほしい。何となく名付けただけなんだってば。


「その飛びつく姿がカエルみたいだからフラッグスなんじゃないかしら」


 カエルはフロッグだよバカ。


「あの……殺しあう、じゃなくて『チップを奪い合う』……?」


 質問してきたのは引っ込み思案だが絶対折れない鋼の女、菊川瑠美ルミだ。意外といいとこに気づいたな。


『そうだ。武器と場所は提供する。だがそれを使って何をするかは君たちの自由だ。殺し合いをしてチップを全て奪ってしまってもいいし、時間いっぱいまでみんなでパーティーを楽しんでもいい。好きにするがいい』


 相手にチップを支払って用心棒になってもらってもいいし、チップを渡す代わりに命乞いをしたっていい。そもそもチップの奪い合いなど最初からせず、おかっぱの言った『引き分け理論』でゲームを放棄したってかまわない。


 だが、全員が殺し合いを放棄した状態で、誰か一人だけがマシンガンを手に入れたらどうなるか? 当然ながら一方的な虐殺が始まる。それが怖いから、殺す気はなくても抑止力として武装したい奴もいるだろう。

 そして、殺意がないと分かっていても、武装している奴を恐れる者もいるだろう。どう動くかは、プレイヤー次第だ。


「武器と、瓦礫の他には、何かあるのか?」


 田中軍の、いい質問だ。場の把握、情報を手に入れることは、最強の武器となり得る。


『君たちが今いるスタート地点は、中心の丘と、部屋の内壁の中間地点に位置する。そこから中央ではなく外側に走ると、スタート地点と同じ数、6つの簡易シェルターが設置されている。拠点として活用するといい』


 アナウンスを聞くとプレイヤー達はフィールドの中央と、外側の内壁を見比べる。これが運命の分かれ道だ。もし全員が中央の武器を手に入れれば、中央にて全員の正面衝突の殺し合いが始まる。


 だがもし、全員がスタートと同時にシェルターに避難したらどうか? そしてそこで、時間いっぱいまで籠城したらどうなるか? 武器取得組と、避難組に分かれたら? 避難してる奴が途中で翻心ほんしんして武器を取りに行ったら? 何が起こるかはすべて、プレイヤー次第だ。


『そしてもう一つ』


 そう言って俺は場内アナウンスを切って、個別スピーカーに切り替える。


「ん? 首輪から、声が……」


『プレイヤーは、首輪の前面にあるボタンを押すとゲームマスターと個別の通信ができる。この通信を使い、チップを支払うことでゲームに役立つ“便利アイテム”を購入することができる』


 チップを多く持っていれば、のちのゲームは有利に展開する。当然ながらこのバトルロワイヤルも例外ではない。しかしプレイヤー間を移動するチップと違い、ここで支払ったものは主催者の懐に消える。一枚一億円のチップをどう使うかが、このゲームのカギにもなり得る。


 しかし、談合してゲームをボイコットすれば、誰も死なないし、チップも無駄に消えない。増えもしないが。


「チップを支払って……ん? あれ? チップ?」


 田中軍が独り言を言った後ズボンのポケットをバンバン叩きながらせわしなく体を動かし始める。


 それを見た他のプレイヤーも同様に、ズボンのポケットや上着のポケットにしきりに手を入れ始めた。


 まさか……まさかとは思うが。


「チップ……最初の部屋に全部置いてきちゃった」


 お前ら本当いい加減にしろよ!!

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