第11話 迷宮

「建物の中に……こんな広い空間が……?」


 田中イクサは目の前の光景に圧倒されているようだった。


 彼らの目の前に現れたのは巨大な迷宮。といっても俯瞰して見ることができないので実際に彼らが見ているのは高い天井と、迷宮の外殻となる一番外の部屋の壁だけではあるが。


 この空間の実際の広さは屋内であるということを加味しなければそれほど広大というわけではない。慣れ親しんだ単位で表現すると東京ドーム2個程度。ただ、それが屋内にあるということで随分と大きく感じるではあろうが。


 それだけのスペースに直径1.5メートルほどの六角形の部屋がハチの巣ハニカム式にびっしりと敷き詰められている。それぞれの部屋を隔てている壁の高さは3メートルほど。足がかりになるものはなく、昇ったり乗り越えたりすることはできない。


『第2ゲームは、この“悪魔の館”だ。君達にはこの迷宮をゴールまで駆け抜けてもらう』

「よしッ、まずは俺から!!」

『待て、待て待てッ! おい、止めろ! おかっぱ! 菊川! そいつを押さえつけて止めろ!!』


 説明も聞かずに田中軍が入り口に向かって走り出した。こいつの辞書には「躊躇」の二文字はないのか? おかっぱこと牧村香と菊川瑠美はこちらの指示にもかかわらずぼーっとしていて役に立たなかったので俺は慌てて遠隔で入り口のカギをロックした。


「あれ? クソ、開かないぞ! ぐっ、むんッ、クソ、こうなったら体当たりで無理やり……」

『やめろ! 俺がロックしたんだよ!! 一旦止まれ! 話を聞け!!』


 本当に怖い。こいつら何をするかわからない。なんで毎回毎回ゲームマスターのことを無視してデスゲームを進めようとするんだよ。命を何だと思ってやがるんだ。死ぬのが怖くないのか。


『いいか、この迷宮の各部屋には命を落としかねない罠がいくつも仕掛けてある。さらに“番人”と呼ばれる武装した悪魔(実際ヤクザ)が6人いて、お前らの命を狙っている。無計画に突っ込めば死、あるのみ、だ』


 ぶっちゃけて言うと風雲た〇し城の悪魔の館と映画の『Cube』を足した感じの迷宮だ。まあ簡単に言えば「銃で武装した敵と罠がある部屋に入ると死ぬから、それを避けて出口まで行ってね」というだけのデスゲームだ。


 そして映画のCubeよろしく各部屋には番号が割り振ってあって、正解の番号の部屋には罠も番人もいない。


 もしプレイヤーの中に映画を見ていた人がいたら速攻で見抜かれるんじゃないか? と、思うだろう。まあそもそもちょっと古い映画でこいつらは世代じゃないしな。さらに「正解の部屋」のパターンは映画とは変えてある。「そのパターンってなんなんだ?」って気になるだろうか? だがそれを教えても意味はない。



 なぜなら今この迷宮には、番人もいなければ罠も作動してないからだ……



 わかるだろう? こいつら相手にそんな手の込んだトラップ仕掛けたら、まず間違いなく全滅するから、罠をすべて解除したんだよ。ゲームはあくまでも、対戦型みたいな感じにして一定数は確実に生き残る仕様にしないと、こいつらは生き残れない。


 ……いや、それでも全滅する可能性はあるだろう。


 滑って転んで頭を打って死ぬかもしれないし、仲間割れを起こして同士討ちになるかもしれない。はたまた水分補給をしようとしてペットボトルの中の水が気管に入って溺れ死ぬかもしれない。何が起こるかわからないんだ。念には念を入れて、生存率は少しでも上げておきたい。


 それともう一つ、田中軍の存在。トイレに行っていたほんの数分のうちに、上田十十ジェットを殴り殺した身体能力。武装しているとはいえ番人はただの人間だ。もし彼らを田中が返り討ちにして殺したりしたら、非常に面倒なことになる。ヤクザだからな!


『じゃあ、ロックを解除するから、ゆっくり中に入るんだぞ? 指示のない行動を勝手にとるなよ? いいな?』


「はーい」


 俺の声とともに6人が部屋に入る。


 ……随分と減っちゃったなあ。本当ならせっかく第1ゲームを生き残ったメンバーが、ここでゴミクズのように殺されるショッキングなシーンが見られるはずだったんだけど……ゲーム始める前に勝手にゴミクズみたいに死んでくんだもんなぁ。


「あの~……」

『ああ、その部屋は左から二番目のドアを開けて』


 罠は解除してあるが、一応正解のルートを案内する。


『次はまっすぐ。その次は一番右ね』


 罠は止めてあるが、こいつらのことだ。すでに停止している罠に突っ込んで勝手に死ぬ、なんてことがないとは限らない。慎重に慎重を期すべきだろう。


「あの……」


 迷宮の案内を続けていると、田中が話しかけてきた。


「これって……どういうデスゲームなんですか?」


 まあ……そらそうなるわな。


 命を落としかねない危険な迷宮のはずが、なぜかゲームマスターが迷宮の道案内してくれるんだからな。


『えっとねぇ……』


 どう答えようかな……「お前らほっといたら勝手に死ぬからだよ」とは面と向かって言いにくいな。ヘソ曲げられたらいやだし。


『フフフ、やっているうちに分かるだろう。今はおとなしく指示に従った方が身のためだぞ』


 とりあえずこれで誤魔化そう。ゴールまで行っちまえばこっちのもんよ。どっちにしろこのゲームはチップの獲得もできないし、生きてゴールにたどり着ければ文句もないだろう。


『あ、次左から2番目ね』


 訝しがりながらもプレイヤー達は案内に従ってくれている。やっぱり人間素直が一番だよ。渡る世間に鬼は無し、ってね。


 三十分ほどもかけてゆっくりと迷宮の中を進み、ようやくプレイヤー達は迷宮のゴールまでたどり着くことができた。一人も欠けず、誰も死なず、けが人も出さず、みんなでゴールすることができた。素晴らしい。「生きる」ということの尊さを、俺は今全身で噛み締めている。


「一人……足りない」

『は?』


 田中の言葉に思わず変な声を出してしまった。ウソだろ? しかし慌てて人数を数えてみると、確かに5人しかいない。迷宮に入る前には6人いたはずなのに。どういうことだ?


「これが……狙いだったのか!」


 なにが?


 え、なんか知らんけど田中めちゃ怒ってる。なんで?


「協力的だと思わせて油断させておいて、確実に殺るのが目的だったんだな!?」


 ほっといたら勝手に死ぬ奴らを「確実に殺るために」とか言われてもなあ。きみ、自己評価が高すぎない?


「ゲームをすべて終える前にプレイヤーが全滅してしまえば賞金も払わなくて済むわ。最初から、私達を生きて帰す気なんてさらさらないってことね?」


 おかっぱ……お前自分の心が汚れてるからって他人までそうだと思うなよ。


 しかし、迷子……いやまさか遭難者が出るとは思ってもいなかった。実を言うと少し気にはなっていたんだが。本来ならこのゲームは一人ずつ迷宮に挑戦して、前の人が終わるまで次の人は待っているスタイルで、全員同時にチャレンジするものじゃない。


 今回は道案内してパスさせるつもりだったから全員同時にやらせたが。


 しかしそうすると各部屋の大きさ、直径1.5メートルというのは小さすぎる。2~3部屋に跨って移動することになる。もちろん、このデスゲームを十二分に楽しむために(当初はそういうつもりだったんだよ……)各部屋には監視カメラが設置してはあるが、全員を監視するには複数のカメラをモニタリングしないといけない。しかもカメラを順次切り替えながら。


 簡単に言うとほぼ先頭の田中しか見てなかったってことだ。


 どうやら、列の一番後ろにいた奴が、迷子になったらしい……どうせいっちゅーねん。

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