第10話 鋼の女
『これで、第1ゲーム、数比べを終了する』
マイクをオフにしてから、ふうう……と大きなため息をついた。肺を絞るように、最後の1ccまで吐き出して椅子の上で脱力する。
本当に。本当に疲れた。
おかしい。こんなはずじゃなかったのに。本当なら第1ゲームが終わった時点でワインのグラスでも傾けながらモニターの向こうで義憤に燃えるプレイヤー達を眺めて高笑いを決めているはずだったのに。
プシュッとスト□ングゼロのタブを開けて酒をあおる。飲まなきゃやってられん。なんで主催者がこんなにプレイヤーに気を遣わなきゃならんのだ。第1ゲームで唯一思い通りにいったのはおかっぱこと牧村香の『引き分け理論』の解明くらいか。しかしよりによってあの人非人の牧村とは。先が思いやられる。
一息ついて酒を飲んでる間もモニターからは目を離さない。いや、離せないのだ。いつ、何がきっかけになって人が死ぬか分からないからな。
「あ、あの~……」
プレイヤー達を見ていると一人、モニターに向かって話しかけてくる奴がいた。黒髪ストレートの、背の高い女だ。こんな奴いたか?
「わ、私、まだゲームやってないんですけど……」
は? どういうことだ? 何でゲームやってない奴がいるんだよ!!
俺はすぐに資料の束を手元に寄せて確認をする。バタバタしてて忘れていたが、死んだ奴にはちゃんと印付けておかないとな。上田
声を上げたのは菊川
一、二、三……十七枚。参加者は十七名だ。間違いない。最初に警告で一人殺して、偶数になったところで一対一のカードゲームを始める予定だったからな。だが、そのあといろいろと、本当にいろいろあった。もう一度事実をまとめてみよう。
まず一人、プレイヤー達が目覚め始めて、高齢の男が一人憤死した。憤死て。
その後、非常口に人が殺到して一人が圧死、三人が非常口のセンサーに引っかかって爆死した。これで死者は5人。さらに俺がトイレに行っている間に山梨県民の田中
さて、この時点であまりにも死者が多いので対戦表を組みなおしたわけだが……この時点で6人死んでるから……となると、そうだ、思い出した。人数が奇数になったから一人ゲームを組めなかったんだ。
だから一人、シードというか、余る人が出たんだけど、それが彼女だな。
……っていうことはだよ? その後結局おかっぱの対戦相手の木村
「あ、あの~……」
『あ、ああ! ハイハイ?』
「それで、私はどうすれば……」
どうすれば、って……相手がいないんだからどうしようもないよな。
『まあ……シード選手ってことで……』
「シードっていうことで……?」
チッ、こいつもやっぱり察しの悪い奴だな。ゲーム無しで次のステージに行くに決まってんだろうが。いちいち説明させんなよ。
『まあ、第1ゲームでの試合は無しです』
「つまり、不戦勝……?」
不戦勝? 不戦勝ではないだろ。戦ってないんだから勝ちも負けもねえよ。何言ってんだこいつ?
「チップ……は?」
そういうことか。
分かったわ。おかっぱがゲームせずに無傷でチップ二十枚手に入れたから自分も、ってことか。なんて図々しい奴だ。こういう奴にはガツンと言ってやらなきゃいけないな。
『あのなあ、お前。戦ってもいないのにチップがもらえるわけないだろ! そのチップは一枚が1億円の価値があるんだぞ。何もしてない奴がそんなもの貰えるとでも思ってんのか』
少し強い口調で叱ると瑠美は小さくうめき声をあげて肩をすくめた。この気の弱さでよく噛みついてきたなこいつ。
「ひっ……す、すみません。でも、牧村さんはもらいましたよね……?」
え、なんなんコイツ。噛みついたら離さんやん。でも相変わらず弱弱しい感じだし、もう少し押せば折れそうな気はする。ここはさらに強く出てみるか。
『他人は関係ないだろ! 今お前の話をしてるんだよ!! 相手が死んで不戦勝になったのと最初からシードだったのが同じわけないだろうが!!』
これでどうだ。思いきり怒鳴りつけてやればこんな存在感の薄い女、すぐに折れるだろう。しかも言ってる内容は正論だ。反論の余地もない。低学歴め。
「ひぃ、すいません、すいません……でもですね?」
え、マジでなんなんだよこいつ。まだ続けるの?
「私がお願いしてシードにしてもらったわけじゃないじゃないですか。いわば、勝手にシードにされちゃったわけで……」
なんなんだよコイツ。物腰は弱いけど絶対に折れないじゃん。一番
『不利益ってなんだよ。生き残って次のゲームに進めるっていうのにそれ以上を望むのか? そもそも自ら望んだわけじゃないからって何もしてないお前が十枚ものチップを手に入れるのはどう考えてもおかしいだろ!?』
「す、すいません。でもですね? このまま次のゲームに進むと、私、チップ十枚での参加になるじゃないですか。他の人はみんなゲームに勝利してるから、少なくとも十一枚以上は持ってるわけで……私だけが不利になりますよね?」
……たしかに。
「自ら望んでシードになったわけじゃないのに、それでプレイヤーが不利益をこうむるのは明らかにおかしいですよね?」
あ、ハイ。
あれ……なんか……俺が間違ってる? これ。
「じゃあ……すいません、チップ貰いますね。ホントすいません」
低姿勢ながらも菊川瑠美は堂々とチップを入れてあった箱に手を突っ込み、十枚、数えて自分のものにしてしまった。
……十枚はもらいすぎじゃないかなあ。
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