第9話 キングとジャック

『……それでは、第1ゲーム最終試合を開始する』


 とりあえず、まだ第1ゲームの試合が一試合だけ残っている。今のおかっぱこと牧村香の話を踏まえたうえで、試合を進めてもらうことにした。


 「ことにした」っていうか他に方法なんかないんだけどな。


『第1ゲーム、数比べ、第5試合。絹村大翔ひろと対大羽しょう、二人ともテーブルに着席』


 なんかアレだよね。最近の若い人ってやたらこの『翔』って文字好きだよね。あと大羽翔って『羽』が被ってるからね。名前考えるときは苗字も含めた全体のバランスを考えようね。

 ……まあいいや。もう名前にあれこれ文句を言うのはやめよう。こいつらだって好きでこんな名前になったわけじゃないし、一生懸命生きてるんだからな。


 最初に二人が一枚ずつカードを引き、数字の大きい方がディーラーを務める。今回のディーラーは絹村。まずは彼が一枚カードを引き、次に大羽がカードを引く。


 互いにカードを場に出したりはせず、とりあえず自分だけが確認し、複雑な表情を浮かべた。まだ、この先どうするかを決めかねてるんだろう。もしくはさっきのおかっぱの話を理解してないか。なんとなく後者のような気がするが。


「二人とも。みんなで生きてここを出ようというんなら、カードの内容を相手に伝えるべきです」


 横で見ていたおかっぱがそうアドバイスした。理解しているのかいないのか、二人はカードの内容を宣言した。絹村はハートの8、大羽はクローバーの4。


 ここで宣言をしたということは、「引き分け作戦」に同意したということ。もしくは同意したと見せかけて相手を罠にはめようとしているということだ。


「一枚、チェンジ」


 ポーカーじゃねえんだから一枚しかねえよ。大羽が一枚チェンジを宣言して、場に手数料のチップを一枚出す。このチップは勝者総取りになるルールだ。引き分けでなければ。


「え? じゃあ、俺もチェンジで」


「ちょっと絹村さん!」


「えっ? え? え?」


 やっぱりなにも理解してなかった。おかっぱが絹村の肩を強く掴むと彼は狼狽した表情を見せる。


「あなたもカードをチェンジしたらいつまでたっても数字を合わせられないじゃないですか!! あなたはホールドでいいんですよ!!」


「え? え?」


 心配になってきた。まあ、二人ともカードをチェンジしてたまたま同じ数を引く可能性もないとは言えないけれども。効率が悪すぎる。


 スタート時、互いにチップを十枚持っているから、参加料を引くと、子は9回、ディーラーは十回。計十九回カードをチェンジするチャンスがある。そのチャンスの間に数を揃えられれば、1ゲーム消費し、互いに手元に十枚のチップが戻ってくる。


 これが十ゲーム消化すれば、めでたく引き分けになり、互いに十枚のチップを保持したまま第2ゲームに進めるっていうわけだ。手札の数に嘘が無ければ、の話だが。


 このゲームは、相手がこちらのことを信頼している状態で嘘の申告をすれば、いとも簡単に勝ちが転がり込んでくる。そして一度でも勝利すれば、次のゲームで相手のチェンジできる回数は激減する。そもそも「カードの数を宣言する」という行為自体が成り立たなくなるだろう。


 だが2ゲーム、3ゲームと進んでも、おかっぱの指導の下ではあるが、絹村と大羽は引き分けをし続けた。お前らおかっぱのラジコンか。ちっとは自分で考えて行動しろよ。


 この引き分けが続く状態。おかっぱからすれば笑いが止まらないだろう。


 二人が引き分けてチップ十枚で終了すれば、相対的に次のゲームで既に二十枚を保持している自分が有利になる。彼女からすればチップを二十枚手に入れたライバルが生まれる方がよほど嫌に決まってるのだから。


 理想的なことを言えばプレイヤー達が一致団結してゲームマスターに立ち向かうような流れになってほしかったんだけど、この流れだと「おかっぱ対他のプレイヤー」って構図になりそうだな。


 それも対等な戦いじゃなくて一方的な「狩り」だ。何か対策を打たないといけないかもしれん。おかっぱだけが不利になるようなルール改正……そんなことできるのか?


「ふう……これで十ゲーム目か。オープンします。ダイヤのキングです」


 そうこうしているうちにもう十ゲーム目まで来ていたようだ。ちょっと見てなかったけどここまですべて引き分け。たぶん。そして絹村の開示したカードはキング。まあ、問題はないだろう。正直言ってこいつらに他人を欺いて自分が有利になるような知恵はない。しかしすなわち善良であるかといえばそういうわけでもない。せめてどちらかであれば俺も贔屓してでも助けようという気にもなろうものだが。


ボンッ!!


 しかし次の瞬間全く予想外のことが起きた。カードを開示した大羽の首が吹っ飛んだのだ。


『えっ!?』

「え?」


 誰もが状況を把握しかねて戸惑っている。それはおかっぱもそうであったし、対戦相手だった絹村も同じだ。奴らが何か仕掛けたということじゃないのか?


 俺にも状況が分からない。特別な時を除いて首輪の爆弾は手動で起動しているわけじゃない。事前に用意したゲームのルールに従って、画像判定やチップの移動を以てAIが自動判定で勝敗を判断し、首輪を爆破させている。


 ゲームの結果に俺自身のバイアスがかからないようにするためだが。だからこそ俺にも何が起きたのか分からなかった。


 ちぎれかけた首をぶら下げたまま椅子に座っている大羽の死体の手元には一枚のカードがある。


 ハートの……ジャックだ。まさか。


「どういうこと? おっさんの絵札とおっさんの絵札で引き分けじゃないの?」


 おいおい大丈夫かこいつら。ていうか……え? 嘘だろ? そこから必要だった? ルール説明。トランプのカードの解説から始めるべきだった?


 今の絹村の発言からすると、こいつらはどうやら「おっさんの絵札」ということでキングとジャックを同じカードだと思っていた? いやそんな馬鹿な。「J」と「K」は明らかに違うだろう。確かに絵だけ見ると似てなくもないけれども。


 いや……まさか? 絵札を間違えたふりをして、絹村がわざと嘘の宣言をしたとしたら……?


 そう思って録画をすぐに見返してみると、最終ゲーム、確かに絹村は十三を宣言していた。ということは死んだ大羽の方が自分の持ってるジャックをキングだと思い込んでカードオープンをした結果、敗北したっていうことか……頭悪めの自殺じゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る